3、森の主を探して
窓ガラスが開き、ナナが眠そうな顔を見せた。ヘイは姿が見えないので、まだ寝ているか、もう遊んでいるのかもしれない。
『『『おはよう』』』
「おはよう、ございます? あれ、なんか夢でも見てるのかな。なんか小さい? ん?」
寝ぼけているのか何度も瞬きをして、完全に開いていない目で私たちを確認していた。
『小さくなったんだ』
『夢じゃないよ』
『可愛いでしょ』
エマとエルマはくるくると回転して、全身を見せてあげている。
私は恥ずかしくてそんなことはやりたくもないので、そっとナナたちのいる窓の近くに行った。
「あらあら、エマとエルマはなんだか言葉もお上手になって。素敵ですね」
ナナは笑いながらまだゴロゴロしているヘイの方を見る。
「こっちはまだまだ赤ちゃんですねー」
ヘイは目を覚ましているのに、まだ寝床から出たくないようで、布団に包まって寝たふりをしているらしい。
私はヘイのいる布団のそばに降りて、そっと手を伸ばして布団をめくり、ヘイの顔を見た。
『ねむい〜』
こちらもまだ眠そうな顔で、少し不機嫌そうな目つきだった。
『今日は天気が悪い、ヘイには辛いかもしれない』
「天気? ヘイは具合悪くなるの?」
『そういう訳でもないんだが』
ナナも心配そうに近づいてきた。ヘイはのろのろと這いつくばって動き出して、ナナの膝の上に頭を乗せた。
『今日は嫌な気配がするから』
『力の流れが気持ち悪い感じだね』
エマとエルマも部屋の中に入ってきて、外を指さした。
ナナはヘイを抱っこして窓のそばまで行くと、空を見たり、あたりを見回してみたり、キョロキョロして確認してみていた。
『わかったのか?』
「うーん。なんとなく、かな? ちょっとぞわぞわするっていうか、不安になる感じ?」
とても自信がなさそうな、よくわかっていなそうな顔をしていた。
『まあ私たちの感覚だからね、わからなくても仕方がないだろう』
『そうだよね。私たちのいた元の場所はいつもこんな空だったよ』
『そうだね。ずっと夜みたいな薄暗い、荒れた空だった』
「そうなんだ」
ナナはやっと意識がはっきりしたようなスッキリした顔になってきた。
『今日は森に隠れているもう1人のところに行くんだろう?』
「そうそう。そのためにミナミを預けてきたのよ」
ナナは窓を閉めてこちらを振り返り、大きく目を見開いて固まった。
『どうしたの?』
『ナナは変だね』
エマとエルマが笑っている。
「やっちまった。そりゃそうだよ。君たち外で寝泊まりしてるんだもの、そりゃ泥だらけだわ」
ナナは布団を指さしていた。私が足元を見ると、確かに泥、砂が散らばり布団についていた。
『ナナたちは室内では靴を脱ぐんだったね。忘れていたよ』
私とエマとエルマは3人でナナに怒られた。これから室内に入るときは身体を綺麗にしてから、そして布団はさらに気を遣って汚さないようにと注意された。
ナナは軽くご飯を食べて、そして私たちは布団の掃除をしてから、私だけ元の大きさに戻り、みんなを乗せて出発した。
もう1人の森にいた小さなドラゴンとやらは、隣の県との間の森の中の泉のそばで目撃したらしい。この世界の地理はちょっと意識を除いた程度では理解できるものではかった。何というか細かい、規模が小さい、世界が小さいのかもしれない。
そもそも生き物たちの身体の大きさも違う。
私たちの世界にいた人間たちもこんなに小さかったのだろうか、そう思うくらいにはこの世界の人間は小さい。私たちも身体の大きさが変わっているからなんとも言えないんだが。私もだいぶ生きてきたほうだが、人間にはこの世界に来るまで出会ったことがないから比較することもできない。
私はナナの指示通りに飛んでいくと、思ったよりも早くついた。私たちが降り立った場所のような広い川があるわけではなく、細い川と大きな森林がある場所だった。ところどころ森が、木たちが避けているような場所があるので、元は人間たちが住んでいた場所なのかもしれない。
『近いんだね』
「そうなの? 15分くらいかな。車だと1時間はかかるからね」
ナナは想定通りのようだった。時間や距離の間隔は、私たちとナナたちではうまく噛み合わない。そもそもこの世界の感覚に馴染める日が来るのかはわからないが。
「降りてみましょう。あっちは下流で森も拓けているから。昔は人が住んでたから道らしきものもあると思うんだけど」
川の下流の方へ降りていくと、確かに何かの気配が感じられた。昔懐かしい、たくさんの生き物たちのいる気配。そした私たちと同じような力の気配、しかしとても小さな力のようだ。
『ナナ、何かいるよ。この森』
『降りない方がいいかもね』
エマとエルマが先に声をかけていた。
そっと私の身体から離れていき、2人も元の大きさになった。
ナナは少し不安そうに、私の背中にある手に力がこもる。
「なんかやばそうなの?」
『そういうのではないけど。私たちの世界のものたちが隠れ家にしているのかもしれない』
ヘイも何かを感じ取ったのか、ナナの近くに寄って身体を丸くする。少し怯えているようだ。
「待っていれば出てきてくれるかな、ドラゴンちゃん」
ナナはどうしようかと唸っていた。
私たちの世界の生き物がいたとしても、そうでなくてもこの世界の生き物たちがいる、勝手に入るのはまずいだろう。縄張り意識というものはどこでもあるはず。
エマとエルマが私の方を見た。何とかできるだろうという眼をしていた。
『ちょっとやってみるか』
私は眼を閉じて意識を澄まし、川の持つ力の流れを確認する。この川にはほとんど力はなく、森の力で生まれた水のようだった。
仕方なく大気の水の力を借りて、川を流れる水を少し持ち上げて念を込めた。私たちは敵ではないから、話をさせて欲しいと。
その水の塊を小さく分散させて、上空に持ってきて森に雨のように降らせてみた。
「何したの?」
眼を開けると同時に、ナナが聞いてきた。ナナは私が集中したり力を使っているときは話しかけてこない。邪魔をしないように気を遣っているのだろう。
『少し呼びかけてみただけだよ、出てきてくれと』
「そうなんだ、すごいね。この川は最近枯れそうだって言われてたんだけど、水がちゃんと流れてて良かったね」
『そうか』
この川はおそらく、本来のこの世界ではもう消えるはずだったはずものだろう。森の力が増して、水の力に影響が出た為に流れているだけだ。もしかしたらここにいる緑のドラゴンが力を貸しているのかもしれない。
『ディーネはね、これでも結構すごい人なんだよ』
『そうそう。私たちはいつも怒られてる』
「そうなのね、大丈夫よ。私はディーネのことちゃんとすごいと思ってるわよ」
3人は噛み合っているかいないか、よく分からない会話をしていた。
『くる』
ヘイが突然声を出した。
確かに集中して気配を探ってみると、何かが近づいてきているようだった。私も分からなかったのに、よく気がついたものだ。エマとエルマも分からなかったらしく、少し驚いてあたりを見回していた。
ナナもキョロキョロしているが、私たちのように気配を感じることはできないから視覚に頼るしかない。
『姿が見えないな』
『まだ出てこないんだね』
『そうだね、近くにいる気がするんだけど』
背中にいたヘイがすっと離れていき、1人で飛び始めた。
『こっち。まってる』
ヘイには気配が分かるのか、別の何かを感じているのかわからないが、迷うことなく飛んでいく。
「ヘイの後ついていきましょ。危なくないといいんだけど」
ナナは少々不安そうな声で言った。
『そうだね』
私には気配が小さすぎて追えないのかもしれない。ヘイはまだ子どもだから、小さな気配も敏感に感じ取れるのかもしれない。
『仕方ないね』
『先に行くよ』
エマとエルマがすぐに追いかけていき、私たちもその後を追った。




