10、あやめちゃんの怒り
「私は近所に住んでるので、本当に生まれた時から知ってるんですよ」
管理者らしからぬ、まとまりもなくあっちこっちに逸れながら長々と話した内容を要約すると、この家族みんなと仲良くさせてもらっているから、私はマリイちゃんの家族といってもいいくらいなんだよという感じだった。私はあの子が大好きなの、とっても大切なのばかり言っていた。
「私はここ以外にも介護施設もやってるんですけど。彼女のおばあちゃんが入っていて、よくお話しさせていただいていて。今年の初めに転んで骨折したのが悪く響いて、そのまま亡くなったんですけど。マリイちゃん寂しくなっちゃったのか、私たちには見えないお友達のことを、時々持ち出していて。昨日今日なんかはずっとその事ばかりで。お友達にはいじめられちゃうし、可哀想ですよ、ホント」
「はあ」
「しかしあんな生き物、初めて見ましたね。目に見えないものは信じられませんが、あれは。信じるしかないですね、困りました。ドラゴンですかね? 子供たちは好きそうな、おかしな生き物ですよね。絵本から、そうまるで出てきたような。不思議な感じですね、全く」
「ええ」
「そういえば地震はすごかったですね? これまで感じたことのないような、音みたいな? 響く地震でしたね。この辺の被害はさほどではなさそうですけど、助けはないし、放送すら入らないし、行政は一体何をしているんでしょうね」
「あの、すみません。私も忙しいので要点だけ教えてもらっても?」
私はもう我慢の限界が来て、ついに話を遮って声を上げてしまった。
この人がドラゴンのことを受け入れたくはないことと、あやめちゃんの存在は信じないということは分かった。そして責任者の立場だけれど、助けを待つだけでなんとかしようとはしないということも。
「そういえば私は何の話をしようとしていたのかしらね?」
と言う始末。このおばさんは一体何がしたいのだろう。私と話がしたいだけなのだろか。それなら他の人に代わっていただきたい。私はとにかくやることが多いのだから、こんなところで長話に付き合っている暇はない。
『あの人、嘘ついてるからね』
すぐ後ろにあやめちゃんがいた。私は気配を全く感じられなかったので、軽く飛び退いた。
『マリイのおばあちゃんは殺されたのよ。あのおばさんにね、気をつけなさい』
あやめの声は園長には聞こえないので、こっちはこっちで話を続けてきた。
「私はあの子が言ってる通りお父さん、お母さんが死んでしまっているなら、引き取ってあげたいと思ってるのよ」
『だめよ、事故に見せかけて階段から突き落としたのよ』
あやちゃんは少女の顔には似合わない、怖い顔をしている。
そして話続ける園長は満面の笑みでいる。このおばさんの笑顔は、全てを隠そうとしている笑顔なのかもしれないと感じた。私に会った瞬間から今まで、この笑顔の印象が変わらない。つまりずっと同じ顔をしているのだ。
あやめちゃんがわざわざ嘘を言うとも思えない。少し煽ってみようか。
「そうなんですか。マリイちゃんが言ってることは本当ですよ。とても力のある精霊が一緒にいますから。今までのこともよく知ってるようですし、これから先とても力になってくれると思います」
園長先生は少し驚いたような顔をしたが、やはりさっきの笑顔に戻り少し皺を深くした。
「あの子には精霊がついてるんですか?」
『ずっといるって言ってるじゃない。このおばさん頭悪いでしょ』
食いついてきたようだ。
それにしてもあやめちゃん口が悪い。私は少し笑ってしまったけれど、言い過ぎじゃないかな。
「ええ、この街の中ならどこにでもいるそうですよ。なんでも草の精霊らしいですから、緑のあるところなら、なんでも見えてるらしいので。悪いことはできませんね」
「まあそれはすごいですね。その精霊さんは何か言ってますか?」
あやめちゃんの方を向くと、ビシッと指を刺して言った。
『おばあちゃんの部屋にはいつもお花があったのよ。マリイが持っていくの、庭に生えてるお花。お花屋さんだからね。だから私はあの施設の中でもいたよ!』
早く言ってやれと、顎をしゃくってアピールしている。
「マリイちゃんのおばあちゃんの部屋には、いつもお花が飾ってあったそうです。マリイちゃんがお庭から持っていって飾っている。だから私はいつも見ていたと言っていますよ」
目を細めて一見穏やかそうな顔つきだが、先程より確実に顔がこわばっている。言葉もなくただ続きを待っていた。
『殺したのも1人だけじゃない。あの施設はおかしいのよ、みんなで悪さしてるわ。その方がお金になるって』
「あやめちゃん、ごめんそれはちょっと私からは言えない」
あやめちゃんの方に内緒話をするようなち小さな声で言った。園長先生には聞こえてないと思う、よっぽどの地獄耳でない限り。
『何よもう! 役立たず! マリイには言えなかったこと、やっと言えたのに!』
あやめちゃんは狂ったように叫び、私に怒りをぶつける。本当にぶつかっているのか、なんだか静電気がパチパチするような、皮膚が地味に痛い感覚があった。
「なんだかとても怒っているようですけど、何かありましたか?」
釘を刺すには十分だろうか。私まで殺されたりすると恐ろしいので、決定的な言葉は避けた。
しかし困ったものだ、娘を通わせていたのに園長先生が人殺しとは。他の先生たちの話を聞いてみても、いい人だと思っていたのに残念だ。もうここに子供を預ける事はないだろう。マリイちゃんのこともそうだし、ここにいる子どもたちも一体どうしたものか。
園長先生はにっこり笑顔のまま、次の言葉を探っている様子だった。私はもう何も言えなくなったのかと思い、こちらから切り出してみることにした。
「生き残っている人たちはみんな学校に運んでいるんですけど、どうするのか決めてもらえますか? ここは一応違う地区なので。こちらの自治体に任せますか? 助けがいつ来るかはちょっと分かりませんけど」
知らないうちに私たちのすぐ後ろに、何人かの先生が様子を伺いに来ていた。その後ろから覗いていた先生の1人が答える。
「私たちは子供たちの安全を優先させたほうがいいと思います。親御さんも迎えに来れていませんし、もう食べ物もほとんどありません。この場所が安全かよく分かっていない状況で、私たちだけで過ごすのは得策ではないと思います」
園長先生は急に立ち上がって、すぐ後ろを向いた。どうやら私のことはもう相手にしたくないようだ。
「みなさん向かってください。私は誰かここにくると行き違いになって大変なので、1人で残ります。1人が生きるくらいなら物資は足りますよ」
つまりここにあるものは置いていって、あなたたちはどこかへ行けと言っているのだ。
「分かりました、すぐに準備します。園長先生も頑張ってくださいね」
先ほど話した先生だった。園長先生にお辞儀をして、後ろの先生たちにテキパキ指示をしている。園長先生はというと、やっぱり私の見ることなく建物の中へと入っていった。
指示を出した先生以外はみんな私にお辞儀をして、各自準備に行ってしまった。1人残った先生は、私の方へ来て小声で話し始めた。
「マリイちゃんの担任の関と言います。私はどうやらあやめちゃんの声が聞こえているんです。今までも時々聞こえたんですが、確証はなくて。でも今日ははっきり聞こえました。さっきの会話は全部聞こえています。だから私は今、とても混乱しています」
これはこれは、困ったことになった。やばい話を聞いてしまった人がもう1人いたようだ。
『私のこと見えないけど、分かるの?』
「声は聞こえるんだよ。あやめちゃん?」
あやめちゃんは反応が返ってきたことが嬉しかったようだ。きゃーっと騒いで、一瞬でふっと消えてしまった。
「そうですか、私も複雑な気持ちですけど、先生たちほどではないと思います」
「ここだけの話、嫌な噂はあったんです。でも実際何か知っている人は今まで会ったことなかったので」
「そうなんですね」
人間見た目では判断できないとよく言われるけれど、こんなふうに目の当たりにすることもなかなかないだろう。
「みんな移動できるんですか?」
関先生が確認する強い眼差しを向けてくる。
「大丈夫です、乗り物持ってきますよ。ゆっくり準備しててください」
「良かった、助かります。なんだかここに残っているのはちょっと」
そのちょっとはおそらく園長先生のことを示しているだろう。
「何か必要なものはありますか? 色々足りないって、学校の人たちにも言われていて」
この辺は田舎なので、大したものは見つけられないかもしれない。それでも探し回らないと。気分がいいことではないが、放置されているお店のものを盗ってこないと生きていけないだろう。
「困っているのはミルクです。うちは赤ちゃんも預かってるので、多少はあったんですけど。昨日からみんなでここにいて、大きい子たちの飲み物も足りなくて、少しずつ飲ませているので。もう明日には無くなるかもってくらいには」
「それはやばいですよね、すぐ探しに行かなきゃ」
関先生はちょっと待ってと建物に戻っていき、この辺りだとこことここのスーパーで買えますと地図を書いて教えてくれた。
「お願いがあります、すぐそこの壊れた橋を進んでいくと、もう一つ保育園があるんです。そこの子供たちも助けて欲しいんです」
「分かりました。行ってみますよ。誰かついてきてもらって、話をしてもらえると助かるんですけど」
「分かりました、それなら私が行きます。みんなには準備を任せてしまったので」
関先生が準備してきますねと、また戻っていった。
さて、私の方も動き出さないと。これだけの子どもを連れて行くとなると、学校側にも準備がいるだろう。1度戻ってなんとかしないと。
「ディーネ! 話って聞こえてた?」
座ったまま大きな声を出すと、ディーネが頷くのが見えた。どうやら遊びながらもこちらのことを気にかけてくれていたようだった。
私は子どもたちのところへ行って、ドラゴンたちはそろそろ行かなきゃだめなんだと伝える。案の定子どもたちは騒ぎ続け、それどころではない。先生たちが少しずつ引き剥がして、なんとか離れていく。
うちのミナミはヘイと一緒にディーネの頭に登っていた。
「ミナミ! じいじとばあばのところに行くから! ちょっと待ってるのよ!」
「わーい!」
『わーい!』
ヘイも真似して答えた。
先生たちにすみません、また来ますのでとりあえず行きますとお辞儀をする。子どもたちを抑え、部屋に戻すのでいっぱいいっぱいの先生たちに聞こえているのか微妙なところだ。
関先生が駆けてきて、他の先生たちに軽く話をしてこちらに向かってくる。
「行けます、よろしくお願いします」
関先生は、園長先生よりもしっかりしていてよっぽど責任者らしいと思った。
対して何もしない上司に対して、これまでも縁の下の力持ちだったのかもしれない。
私はディーネの背中に乗り、ミナミをお腹の下に固定した。関先生はディーネの手のひらに、ヘイには自分で飛ぶように伝えた。
子どもたちはみんな中に戻ったようだ、近くに姿は見えない。マリイちゃんとあやめちゃんの姿もなかった。きっとなんとかなるだろう、あやめちゃんはここにいるけど、他の場所にもいるようだから。
私たちは浮上して、もう1つの保育園に向かった。関先生を降ろすと、走って行ってすぐに話をつけてきた。やっぱり仕事のできる人らしかった。
こちらの保育園は規模が小さく、先生も子どもも多くはなさそうだった。先生を残し、またすぐ戻ると伝えて、私たちはひとまず実家の方面に向かった。ミナミを降ろしてからでないと、私も仕事にならないからだ。
今日もまた日暮れまで大忙しになるだろう。先が思いやられた。




