7、新しい生き方とは
目が覚めると、もうみんな起きた後だった。話し声が起こしてくれたようだった。
『おはよう』
「おはよう」
いつの間にかディーネが私のベッド代わりになっていたようで、動けずにいたみたい。慌ててどいて思わず落ちてしまう。
『寝ぼけているのか』
「いや、えっと。……そうかも。ごめんね」
ヘイが近寄ってきて顔を覗き込んでいた。
「ヘイもおはよう」
『おはよう』
声が聞こえた。思わずディーネの方を見たが声音が明らかに違った。ディーネは優しいママみたいな声、今のは少年のような、あまり低くなりきれていないくらいの声。
「ヘイが喋ったの?」
『ヘイが喋ったの?』
今度は真似して答えた。まだ子どもっぽい話し方だが、確実に言葉になっている。
『ナナがあんまり起きないから、色々教えてみたんだ』
ディーネの教え方も素晴らしいのかもしれない。それでも夜生まれたばかりなのに早すぎだ。人間の感覚とは異なりすぎて頭がおかしくなりそうだ。
エマとエルマが土のドームを崩して外が見えた。太陽がほぼ真上に見えるので、もう昼近いはずだ。
「やばい、寝過ぎた」
私は急いで学校へ向かうようにディーネに頼んだ。もしかして死んだことになってるんじゃないだろうか。
これからの対策を検討するためにも、まずは先生たちと連携を取らないとならない。
そしてこの子たちの住む場所もどうにかしないといけない。まだ会えていない娘にも早く会いにいきたい。やることは沢山ある。
学校のグランドへ降りると、何人か校舎の方から出て来た。昨日は1匹だったドラゴンがいきなり4匹になったら、誰が見ても驚くだろう。
私はディーネから降りてヘイの側に寄った。ヘイはまだ私から離れられないので、他の人に何かしでかしそうで怖い。
こちらに歩いて来たのは男が5人だった。富岡先生と、あとは知らない先生だった。
「おはようございます。心配しましたよ」
「おはようございます。すみません、色々ありまして」
先生たちは明らかに新しくきたドラゴンたちを見ている。
「こりゃまた増えましたね。とりあえずこちらの先生がたなんですけど……」
「あ、紹介はまた今度で。私もキャパオーバーで覚える自信がありません」
私が困って手を振っていると、富岡は少し笑って諦めた。目線は後ろに向いたり私を見たり、早く説明しろと訴えているようだった。
他の先生方は富岡先生より少し後ろに下がっていて、あまり近づいてこない。きっと怯えているのだろう、それか私たちを警戒しているのか。初めて見ただろうドラゴンにここまで近づくことも今までならありえないことだから。
「まずはこの子たちの紹介からですかね」
私と富岡先生とで話が始まった。
「この子たちはディーネの仲間です。あ、ディーネっていうのは昨日からいたこっちの青いドラゴンの名前です。黒いのがヘイで、そっくりな2匹はエマとエルマ。みんな私たちと仲良くしてくれます」
「襲ってくることはないってことですね」
後ろにいた男の1人が聞いてきた。他の人たちも気になっているようだ。
「それはありません。心配はないですよ」
私はヘイの頭を撫でた。猫のようにゴロゴロしている。頼むから誰にも噛み付いてくれるなよ。
「こんなにたくさんのドラゴンがいるんですね」
「昨日見つかったばかりですよ。元々は一緒にいた仲間らしいです」
「はぐれていたということですか?」
「そうです。なのでディーネはこの子たちを探していました」
こんなのが何匹もいるのかという小さな声が聞こえた。この中にも状況は話だけで聞いて、実際に何が起きているか理解できていない人がいるらしい。
富岡先生が連れて来たということは、少なくとも私たちに協力的な人たちだと思ったのだが。安易に気を許すとしっぺ返しをくらいそうだ。
「分かりました。この後はどうするんですか? あなたが帰ってこない間に、こちらでもたくさん話し合いが行われました。今も続いています。是非参加してもらいたいんですけど」
どうやら本題はそれだったらしい。
「それはそうなんでしょうけど、私はまだ生きている人や生き物を運びたいと思ってまして。ディーネたちも無闇に争いたくないと言ってますから。もし足りないものや欲しいものがあれば探して来ますよ、ついでに」
「食べ物はすぐに足りなくなります。水も、そしてこれ以上人が増えると、休む場所も足りません。これはあなたに話して、どうにかしてもらわないとならないという議論になっています」
私になんとかしてもらわないと、ときた。確かに私に頼むしかないんだろうけど、自分たちで少しは考えてくれてもいいのに。
この男の言葉のセンスなのかもしれない。詳しく他の人たちとの話を聞かないと、うまく立ち回れないだろう。なんだか先が思いやられた。
「そうですね、分かりました」
『水に関しては大丈夫。すぐできる』
ディーネが少し抑え気味な声で言った。
「あ、はい。ディーネ? さん? 昨日と同じく用意してもらって。ありがとうございます」
『またアレに入れるのか?』
腕を伸ばして校舎の上のタンクを示していた。
「はい、それでお願いします。その他にも何か考えないと、すぐに足りなくなってしまうでしょう」
「飲料にしないなら、プールに貯められるんじゃない?」
「プールは冬の間放置されてます。すごい汚いですよ」
当たり前のこと言わないでください、と顔に書いてある。どうにもこの富岡という男は私に合わないらしい。いちいちなんか引っかかる。
「じゃとりあえず今入ってる水抜いて、綺麗にしてもらって」
『水に関してなら操れるから、それくらいならやってあげるよ。人間には大変だろう』
私がここの人たちにやらせようとしていたら、ディーネから提案された。そこまでやってあげなくてもいい気はするけど、ディーネはとても優しい。私なら絶対やってやらないのに。
「そんなこともできるの? すごいなドラゴンは」
後ろの人たちもなんだか喜んでいた。
これから先、何でもかんでもやらされそうな気がして怖い。
とりあえず釘だけ刺しておかねば。
「ありがとう、ディーネ。この子は優しいドラゴンですよ、みんながやってくれるわけじゃないですからね」
私が言うとディーネが少し照れていた。
『ゴミを捨てる場所だけ決めてくれ』
「分かりました」
後ろの人たちは少し話をして、1人校舎の方へと帰っていった。
ディーネもとりあえずはタンクに水を入れてくると言って、飛んでいった。
「あと、建物とまではいかないけど、エマとエルマは土を操れるので、簡単なものなら作れるかも、かもですよ。期待しないでくださいね」
「そうなんですか! いやー話が早くて助かります」
富岡の目が輝いていく、問題解決のためか、ドラゴンに対する興味なのか。そういえば富岡は生物の先生だったような。そのうち実験とかされてしまうのだろうか。
他の人たちもホッとしているようだ。まだできるかどうか分からないと念押ししているのに。
「とりあえず対策本部ということで、色々な取り仕切りはそちらの方々でやってください。私はそういうの向いてないから。外で何かやるのはこの子たちと私に任せてください。あ、できないことは断りますよ。それから、こちらからもお願いがあります」
「なんでしょう?」
「異世界の生き物、今起きている現象に関して調べたり対策を取る必要もあると思うので、そっち関係もやれる方を募ってほしいです。今はとりあえず生活復旧で構いませんけど」
これに関しては、後ろの人たちから意義が出るかもしれないと思っていた。しかし反論は出なかった。
「分かりました。安全が確かなら、やる人はいると思いますよ。私はドラゴンにとても興味がある」
やっぱりこの人、ちょっとやばい人かもしれない。そう感じさせる目をしていた。
「そうですね。安全が分かるまではやらなくて大丈夫です。ゆくゆくは、という感じで構いません」
「分かりました」
「あと私はこの子たちと一緒に生活することになるので、ここじゃない場所で寝泊まりします」
また寝坊して今日みたいなことになりかねない。ここの人たちにもっとディーネたちが受け入れてもらえるなら、この場所にいても問題はなさそうなんだが。悲鳴が聞こえたり、こうして警戒心丸出しの人たちに出迎えたりされても心休まらない。
ここで生活するとなんでも頼まれて、力仕事は全部やらされそうだ。距離はある程度取っておかねば。
「なるほど、それは伝えておきます。しかしそんなに広い場所あります?」
「何とかします。家の近くは川なので、家が壊れてなければそこにいます」
「分かりました」
富岡はすっと体の向きを変えて、後ろの先生たちと話し始める。
職員室で持ち帰ってまた話をしてと、色々相談しているようだった。
ヘイは退屈してきたのか、エマとエルマの顔を交互に見て遊んでいた。エマとエルマも顔を振ったり、ヘイに手を出したり遊んでいて、なんだか兄弟のように見えた。
問題なく話が終わってよかった。やっとドラゴンに対して近づいてくる人が出てきたところで、ヘイに何かされたら益々やりづらくなるところだった。
私も人々を連れてきた責任はあるだろうが、死ぬまでずっと面倒を見るなんてことはできない。
ディーネにしても、本当は人間とどう生きていくのか交渉がしたいのかもしれない。でもまずはお互い無駄な争いをしないようにする為の作業で手一杯。そもそもこの町ではこんな事していても、世界のどこかでは殺し合いをしている可能性だってある。
そう考えてみて、急に不安になった。
私だって自分の家族との生活があるし、そっちの方が大切だ。いつの間にか契約したとはいえ、ディーネはもう友達みたいなものだ。私たちが世界の第1号かもしれないけれど。
これから先こんな優しい子を放り出すことはできない。きっとこれからずっと一緒にいると思う。最初こそ怖かったけれど、ディーネは私を守ってくれる。そして優しい心を持っている。私だって応えたいと思う。
ドラゴンを殺すと言う意見が世界に蔓延して、ディーネが狙われることになったら私はどうするべきなんだろう。
ここでこうして戯れているドラゴンを見て、私は殺すなんで可哀想だと思う。大きいけれど、その辺の猫と変わらない。そもそも圧倒的に強い子の子たちと戦って勝つことができるのかも分からない。
この世界はどうなってしまうのだろう。来てしまった以上、帰ることはできないのだろうし。これから共存の道を探らなければならないはず。しかし助けが来るのはいつになるのか、そして国は、世界はどうなっているのか知ることは難しい。
ディーネが戻ってきた。職員室へ行った人はまだ戻ってこないので、プールは後回しでいいだろう。
「それじゃ、私たちは行きましょ」
ディーネにまたがると、富岡たちは離れていった。
「いってらっしゃい」
富岡が手を振っていた。なんだから変な気分だったが、振り返さないのも角が立つので振っておくことにした。




