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彼女が昔ニンゲンだった時  作者: 志摩
1-1 異世界からの訪問者
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6、黒い卵







「ようやく! 運び終わった!」

『お疲れ様』

「それはこっちの台詞だよ、お疲れ様」

 病院からの運び出しは思ったより時間がかかった。物資やベッドなど運ぶものは相当あった。非常用にと、きちんと用意してあったことは評価されることだった。きちんとした病院が町にあったのは救いだとつくづく思った。





 今はディーネと2人、夜の散歩をしていた。

『まだ少し、私たちの世界ものがいるようだが、そもそも襲われる人間がいないようだし大丈夫だろう』

 暗い町並み、時々光る獣のような目、今まで聞いたことない鳴き声と見たことない生き物の姿。

 病院の電気ももう無い。壊れずに残ったソーラーシステムで動く街灯が、何個かついているだけ。この街はもう安全だった昨日までとは違う。

「残ってたとしても移動したくない人だし、もう自己責任でしょ」

 買いものをしていた人、実際に襲われた人それを見た人はほとんど避難したと思う。

 住宅街で私とディーネがバスを持って移動を促していたところは、先生たちに声かけしてもらったところで出てくる人は少なかった。

「もう真っ暗だよ。戻ろ、お腹すいた」

 町全体が暗いせいか星空が綺麗に見えた。

『そうだね、卵を見に行かないと』

「あー、そうだった。ご飯食べそこねるかな」

 私はとりあえず学校に戻るつもりでいたのだけれど、ディーネはそのまま卵を見に行くつもりだったらしい。私は少し忘れていた森の危険な卵。エマとエルマのところに行って様子を見なければ。

「さっきのご飯、少し取っておけばよかったなー」

 病院で非常食の段ボールを沢山運んだばかりだった。今日はお昼も食べ損ねているので、かなりお腹が空いている。

「ディーネは食べ物いらないの?」

『どちらでも、この世界の食べ物はまだ謎』

「まあそうか」

 ぐう、と大きな音が響いた。間違いなく私のお腹から聞こえた。

「学校へ行って、私たちはあと少し外回りしてくるから先寝ててって言ってくるよ、一応。あと簡単に食べられそうなものももらってくる」

『分かった』

 ディーネに今の音は何が鳴いたとさりげなく聞かれ、私は恥ずかしながら腹の虫の話を説明した。






 学校に向かってもらって、そっとグランドに降りた。暗いので誰にも見えなかったのか、悲鳴は聞こえなかった。

 ディーネにはそのまま待ってもらって、私は1人で職員室の勝手口へと向かった。

 蝋燭で室内が灯されており、何人かの先生がいた。ガラス戸をトントンすると1人がこちらに出てきてくれた。千波先生だった。

「どうした?」

「お腹が空いてしまって。すぐに食べられるものあります? あと果物みたいなものとか」

「用意してくる」

 千波先生はすぐに行ってしまう、途中で誰かのデスクの椅子の方を指さしていった。

 そっと部屋に入って、指差しされていた椅子に腰掛ける。

 キョロキョロと周りを見ると、氷之沢先生がこちらに向かってきた。後は何人か知らない顔が見える。

「ななちゃん。今ちょうどあなたの話してたのよ」

「それはお邪魔しました」

「そうじゃないよ。ドラゴン怖くないのかなっていう話」

 氷之沢先生の後ろからいきなり出てきて、話しかけてきたのは高校生くらいの女の子だった。

「彼女、1時間くらい前からちょっと変なものが見えるらしくて。あなたを待ってたの」

「勝田さくらって言うの。よろしく」

 短めの金髪が似合う、快活そうな女の子だった。

「よろしく」

 手を差し出すとすぐにギュッと握って、ブンブン振られた。

 氷之沢先生から話してみなさいと促され、恥ずかしそうに話し始める。



「なんかね、光の粒みたいなものが見えるの。時々なんだけどね」

「光の粒?」

「キラキラ? する光みたいなもの? 体の周りとか、空気の中とか浮いてる感じで。化粧品こぼして散らばっちゃったような感じ? 貧血で倒れる時に星が出るみたいな」

 本人もよく分かっていないせいだろうか、説明されても伝わってこない。どんなものなのかあまりイメージできない。

 ちゃんと伝わったとしても、私に答えはないだろう。私自身はみんなと変わらないただの人で、ディーネが色々教えてくれるからなんとかなっているだけだ。

「うーん、まだ私にも分かんないことばかりだから。何か分かったら教えるよ。とりあえずそんなことが起きてるってことは頭に入れておくから」

 私は顔の前で、指で小さくバツを作った。

「そうよね、なんだかあなたなら分かるかも知れないと思ったんだけど」

 氷之沢先生からの無茶振りだったようだ。

「ドラゴンに乗ってる人だもんね」

「そんなことを言われても、私はたまたま最初に出会った人間だったらしいから」

 条件のあった人間という意味でだが。

「いーなー、まるでおとぎ話だよね」

 さくらちゃんは口を尖らせて言う。羨ましいと思うなら変わって欲しい。私は怖い、自分が誰かを救う立場でいることが。

 困っていたタイミングで、ちょうど千波先生が帰って来てくれた。

 大きめのビニール袋を1つ、私のいた机の上に置いた。

 私は手を合わせてありがとうございますと小さく言った。

「またちょっと出てきます」

 立ち上がり、食べ物の袋を持って3人に手を振る。

「ちょっと頑張りすぎなんじゃない?」

「まだやることあるんだ。みんな寝ててください」

「そうなの、それは大変だわ。ほどよく休まないと、ダメよ。あなただって体を壊しちゃう。申し訳ないけれど、私たちは今の所あなただけが頼りなの。ドラゴンの救世主さん」

 氷之沢先生からありがたいお言葉を頂戴した。とても養護教諭らしい台詞だった。最後のよく分からないやつ以外は。

「ドラゴンの救世主?」

「女神とかも呼ばれてるよ」

「なにそれ、ふざけてる」

 私のことを担ぎ上げたいようだ。この人たちがなのか、他の皆さんがなのかは分からないけれど。なんとも嫌な感じだった。

 私は軽く手を振って部屋を後にした。

 急ぎ足でディーネのところまで行き、すぐ背に跨った。

『どうしたの?』

「なんでもないよ、ご飯もらったから。行こう」

 ディーネは敏感に何かを感じ取ったようだが、何も聞かないでいてくれた。







 エマとエルマのいる場所へ辿り着くと、卵は少し動いていて、今にも殻が割れそうな雰囲気だった。

「間に合ったね」

『まだしばらくかかるよ』

 ディーネが言った後、卵の動きは止まってしまう。こうやって動いたり止まったり繰り返しながらだんだんひび割れていくらしい。

 エマとエルマもなんだかそわそわして、頭を上げたり横にしたりしている。

 私はお弁当を食べようと袋の中身を出してみた。バナナが3本とおにぎりが2個だった。

 バナナを食べてみるか聞くと、ディーネもエマもエルマも首を振る。まだお腹が空かないらしい。私はありがたくおにぎりをいただいた。

「どんなドラゴンが生まれるんだろう」

 私はディーネとエマとエルマの3匹を見た。エマとエルマは双子みたいにそっくりだから2種類? という考えであっているのだろうか。

『ちゃんとドラゴンの形ではない可能性もあるよ』

「ネズミとかってこと?」

『得体の知れない、形のないものとかってことかな』

 更に想像が難しくなった。

 右にはディーネ、左にはエマとエルマ、その間には卵。何度見てもこれは夢じゃないかと、目覚めたら普通の朝が来るのではないかと思ってしまう。 

「ディーネの世界はさ、ドラゴンっていっぱいいるの?」

『この世界の人間ほどではないよ。まあ少なくはなかったけど。ただ世界が壊れ始めて、環境が荒れていくと力が強いものばかりが残っていった。だからドラゴンの割合は多いだろうね』

「ふーん。元々は何がいっぱいいたの?」

『何が、というのは難しいな。見せることができないから。たくさんの種類のものがそれぞれたくさんいたよ。君たちみたいな人間とかね』

 ディーネはいろんな話をしてくれた。今いるような森や緑があったこと。燃える大地や、海や川、空に浮かぶ島や建物。そしてドラゴンでもその果てに届かないほどの高い空。

 しかしその自然は少しずつバランスが崩れていった。世界のほとんどの水がなくなり、植物は育たず、砂や岩ばかりになっていた。そんな場所を好むものたちに取っては問題なかったそうだか、自然のバランスが崩れて、力が出なくなったそうだ。おそらく私たちの世界にはなかった魔力のことだろう。

 雨は降っても地上にはなかなか残らず、暑かったり寒かったり天候も定まらず、地震が起きて大地が割れていく。

 

 ゴッ!


 大きな音がしてみんな一斉に卵を見た。

 いつの間にか横に転がっていた卵はひび割れ、爪のようなものが出て来ていた。

 まだまだかと見ていると、少しの間をおいてぐっと手が出てきた。次の一瞬には卵の半分ほどは割れて飛んでいき、中から黒いドラゴンが出てきた。

 暗いせいであまり見えないが目が合った、ような気がした。

 卵と同じで、せいぜい私と同じくらいの大きさかと思っていたら、2倍くらいはあった。エマとエルマとそんなに差はないだろう。まだ細く弱々しいが、すぐに大きくなりそうだった。

「生まれたね」

『あぁ、強いな』

「分かるの?」

『まとっている力の量が多い。それだけ操れる力も大きくだろう』

「そうなんだ」

 多分魔法のことなのだろう。

 私の目の前まで顔を持ってくると、ぺろぺろと顔を舐め始めた。ドラゴンのスキンシップのようだ。

 何か見つけたのか地面の方へ顔を向け、手で触ろうとしていた。私の側にあったバナナが気になるようだ。

「これ? 食べる?」

 私は手で掴んで口のところに出してやると、大きな口を開けた。

「あー! 手まで!」

 丸ごと口に入れられてしまって慌てて手を引っ張り出した。どうやらお気に召したようで、残りの2個も食べてしまった。

 まだまだお腹が空いているのか、その辺に生えている草を口に入れ始めた。

『名前をつけてやるといい。きっとナナを親だと思っているから』

「そう言われる気がしてたんだよ」

 ディーネは少し笑っていた。

 草を食べていることに対しては何も注意していないので、問題ないことらしい。

「考えてありますよ! ヘイ! 平和のヘイ!」

『ほう、そう来たか』

「そうお願いを込めて名前つけてもいいでしょ! こんな何が起きるか分からない状況だしね。ね、ヘイ!」

『ーー!』

 ヘイは返事をしてくれたようだった。そしてそのまま私に飛びついて来た。鼻の部分が胸に当たり、一瞬息ができなくなった。

 こうしてみるとただの子どもドラゴンという感じで恐ろしいものという感じはなかった。ただなんとなく、ディーネが強いといった感覚は分かる気がする。言葉にはできないが、肌で感じる何か。

『教えることはたくさんある。みんなで一緒に頑張ろう』

「そうだね」

 その晩は私が学校へ帰ろうとするとヘイが大暴れしてしまい中々帰れず、もう諦めて野宿することになった。

 エマとエルマが土のドームのようなものを作ってくれて、みんなでその中で丸まって眠った。

 ヘイは私にくっついて離れず、抱きしめて眠っていた。生まれたばかりだからなのか、肌触りはほとんど人と変わらないような柔らかいものだった。

 土の上で寝るのは抵抗があったが、思ったよりもふかふかして温かく、疲れもあってかいつの間にか眠っていた。



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