4.5、私たちのスタートライン
空になったバスを持って戻ると、バスに群がっていた人だかりは消えていた。全員バスに乗れたようだ。
運転手のおじさんはバス横で手を振っていた。準備はバッチリみたいだ。
空のバスはまた使えるかもしれないのでそのまま置いて、また学校へと飛んだ。
学校の上空へ着くと、グランドに何人か人影が見えた。
バスを降ろすと、1人がこちらに手を振って近づいてきた。イモコ先生だった。
バスに乗った人々はまた我先にと降りて行った。
私もディーネから降りて、イモコ先生に手を振って歩み寄っていく。
「いきなりこんなに運んできても、食べ物も水も不足してて。どうにかならない?」
ガシッと肩に両手を置かれ、目力強く訴えてきた。
私はピシッと敬礼のポーズを取り、警官のように答える。
「かしこまりました。生存者捜索続けながら策を考えます」
「お願いします」
同じく敬礼のポーズで答えるイモコ先生だった。
イモコ先生を見ていたら、なんだか少し肩の力が抜けた気がした。
「まだまだいると思うよ、生きている人。ここは安全らしいから、できればみんな連れてきてあげたいんだけど」
「もう第1体育館はいっぱいになってきてる。第2を開けてもすぐ限界が来るよ」
「分かったよ。とりあえずこっちの人たちでも何ができそうか考えてもらえると助かるんだけど」
私とディーネだけで救助を行って、それ以外も全てやるというのは到底不可能だった。今だって手探り状態なのに、こんなにやってほしいことがあるなんて。誰か手伝ってくれてもいいのに。
大きなため息を吐くと、イモコ先生が背中をかなり強めに叩いてきた。
「ここにきてくれた先生たちが手伝ってくれるって」
イモコ先生の側にいたのは学校の先生たちだったようだ。名前だけ簡単に紹介してくれた。
簡単に挨拶して、よろしくお願いしますと話す。
富岡先生、高等部生物担当。
30代くらいの年齢の男の人。ヒョロヒョロの眼鏡。
常盤先生、高等部国語。
定年間近のおじいちゃん先生。
千波先生、高等部体育。
40から50代くらいの背の低い男の人。小さいけどギュッと詰まっている、力ありそうな感じ。
飯富先生、中等部教頭。
顔の四角い50代くらいのおじさん。眉毛が垂れていて優しそうに見える。
氷之沢先生、高等部養護教諭。
細く、背の小さくて美人なおばさま。白衣の似合う50代くらい。
飯「電気は復旧しないし、電話も無理。救助は呼べない。避難してきた人たちの話を聞くと、おそらく助けは来ないものとして、こちらでも対応するしかないでしょう。私たちはあなたの手伝い、及び状況管理に徹します。責任者は私です。あなたは自由に動いてください。できるだけサポートします」
イ「各学部の校長先生は、そのまま学部単位の子供たちを担当、責任者とすることになりました。担任の先生たちがそれぞれのクラスの様子を見てるよ。他の先生たちもそれぞれが避難してきた人と、学校を生活拠点とする準備、物資の把握中」
氷「養護教諭達は保健室を救護室として使えるように準備しています。私は代表になります。よろしければ、病院の様子を見に行ってもらいたいです」
常「残りの私たちはスムーズに避難誘導ができるよう補助すること、力仕事などの手伝い要員です。よろしく」
私は、流石! 先生かっこいい! と頭が悪そうな感想を抱いた。やっぱり頭が良い人たちが集まると、色々なアイディアが出て行動も取れるのだろうか。私1人ではできない事も、思いつかない事も助けてもらえそうな気がしてきた。
「助かります、私1人では手が足りなくて。病院は明かりがついてました。これから行こうと思ってます」
『水ならすぐなんとかなるよ』
ディーネが小さな声で言った。怖がらせるかもと、遠慮しているようだった。
初めて近くで見るドラゴンに先生たちは少し戸惑っていた。イモコ先生は2回目だったけれど、1番ビビっていた。
「貯水タンクが3台あるけど、今1台しか入ってません。あと2台はほぼなくなってます。これは非常ようなので、元々あまり大きくはないです。すぐになくなってしまうでしょう」
飯富教頭が答えた。校舎の屋上についているタンクの方を指さしていた。
ここの学校は昔の小学校をそのまま残して、新しい中等部と高等部の校舎を別棟の形で作っていた。それぞれに1つずつ銀色のタンクが乗っていた。
『すぐ入れておくよ』
ディーネはふわっと浮き上がり、校舎の方へ飛んで行った。タンクの方へ手を伸ばして、触っているのかどうなのか、何かやっているような動きをしていた。水はすぐに用意してもらえるようだ。
「今ディーネが水を作ってくれます。あの子は水を操れるので」
「やっぱりドラゴンなんですよね? 魔法なんですか?」
富岡先生に聞かれた。目を輝かせて、とても興味があるようだった。
「私にもまだよく分かりません。地震のあったあとに私も助けられました。だからまだ会って数時間ですよ」
「そうなんですか」
少し残念そうだが、ディーネを観察している目は輝いたままだった。やはり生物の専門家には研究対象なのだろうか。
氷「それにしても大変なことになりましたね。助けが来ないなんて、今までの災害とは違うようですから」
千「これまで起きていた災害は、この予兆だったんですかね」
富「それはこれから調べてみないとなんとも言えないでしょう」
氷「まずは生き延びることからですね」
飯「そうですね。みんなで手を取り合わないと、生きることはとても大変でしょう」
みんながディーネを見つめていた。
慣れ親しんだこの場所も、今となっては未知の世界となってしまった。不安も多い。
「またすぐに行くの?」
イモコ先生に聞かれ、周りの先生たちも興味深そうに私に視線を移した。
「ディーネが終わったらね。すぐ行ってみるよ。まだ全部回れてないし、今日中に東町の方は終わりにしたいから」
「分かった、みんなが助けを待ってるもんね。ホント、どうして助けが来ないんだろう」
イモコ先生は小さなため息を吐く。
他の先生たちも不思議だと話していた。もしかすると救助の途中で何か強い生き物に出会い、やられてしまっているんだろうという話も出ていた。
そういえば私が飛び回っている間、警察も自衛隊も助けに来る様子はなかった。
「私たちも見てないな。まだ病院と、その周辺は詳しく見てないから、そっちにいるのかも」
「救急車もパトカーも、サイレンの音聞こえないよね。近くに来たら聞こえてもいいのに」
「そういえばそうだね」
消防署と警察署はそれぞれ東と西1箇所ずつあったはず。どちらの音も聞こえないなら、もうやられていると考えるしかないだろう。
ディーネが水の補充を終えたようで、私の元に戻ってきた。
「終わった?」
『問題ない』
地面に降り立って、当然だという顔をしていた。
「ありがとうございます」
飯富教頭はディーネの方を向いて頭を下げた。
ディーネは少し驚いたようだったが、ふんと鼻を鳴らしていた。
「じゃあ一緒に行きたい人はバスに乗ってもらって出発しましょ」
バスを見ると、運転席にはおじさんがまだ座っていた。降りずにずっといたようだ。
「運転手のおじさん。またついてきて手伝ってくれるの?」
「ええー、また行くの? せっかく安全な場所に着いたのに」
バスで待っていたくせに、迷っているふりをして笑っていた。もっとお願いされるのを望んでいるようだった。
「じゃあ、よろしくね」
私は手を振って軽くお願いしてみた。おじさんも笑ったまま手を振りかえしてきた。
イモコ先生以外の先生たちも、全員バスに乗り込んだようだった。
「行きますか」
『そうだね』
私はディーネに跨り、ディーネは先生たちと運転手の乗ったバスを1台手に乗せた。
もう夜が近い、今日の終わりが近づいてきていた。私たちはやっとひとつにまとまってきたところ。まだまだやらなければならない事が沢山ある。ようやくスタートラインに立てたような気がした。




