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聖夜のご褒美

作者: 東原そら

 美智はCITIZENの時計に目を落とす。

今日という日へのイメージカラーと、服のコーデに合わせた透明感溢れる白いベルトの腕時計は美智のお気に入りの一品だ。

 規則正しく動く秒針に目を合わせる。

 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……

 長針と短針が12の刻字で重なる。

 ふう、と白い靄を纏う息を吐き、静かに瞼を閉じる。

 雪が微かに舞う空を仰ぎ、目を開く。

 涙は出なかった。美智は心の動きを正確に把握した。

 思えば予感はあった。

 忙しい、という言葉がLINEに表示される度、彼の連絡の頻度は先程のカウントダウンを逆しまに辿るように、日の隔たりを長いものにした。

 今日のことも最後に連絡が来たのは三日前。それでも美智は可能性を信じ、約束の場所で佇み続けた。

 美智の視界を往来する人達は時が経つほどに、まばらになったが、それでも恋人達の夜はこれからだろう。

 ──みなさん、聖夜を楽しんで。

 恋人達へ祝福の思いを残し、美智はようやくその場を離れる決意をする。

 道がうっすらと白に染まり始めている。

 美智は家への帰路を辿りながら、滑らない歩きを心掛ける。

 20分程歩き、家近くの馴染みのコンビニに入る。

 深夜のアルバイト店員が感情がない声で美智を迎えてくれる。

 聖夜なのに大変ね、と美智は心の中で労いの言葉を掛け籠を取る。

 買うものはコンビニへの道中に頭でリスト化していたので、それを手早く籠に詰めていく。

 紙コップにワインとチーズ鱈、籠に目を落とし、いつぞやと同じだと自嘲の笑みを溢す。

 会計を済ませ通りに出ると、雪はすっかりと止んでいた。

 道にはうっすらと痕跡だけを残して、ホワイトクリスマスは他へ場所を移したようだ。

 コンビニの袋を抱え、美智はとことこと歩く。

 うっすらと積もった雪の上に足跡をギュッと残しながら、わたしが一番目だよと優越感を抱く。

 しかしすぐさま、子供か、と自らにツッコミも入れる。

 コンビニから5分程歩き、目的の場所に到着する。

 去年もお世話になった近所の公園だ。

 足を踏み入れ美智はブランコへ向かう。

 公園の遊具では美智はブランコが一番好きだ。風を切る心地よさも楽しみの一つだが、地面から離れることで、人や学校や社会やしがらみやそういったものから、自分はいま解放された世界へいると錯覚ができ、苦しみがすっと抜ける気がするのだ。

  27になったいまでも美智のストレス発散法はブランコだ。

 我ながら金がかからないストレス発散法と思っているが、社会人二年目を越えたあたりからはブランコで酒も嗜むようにもなったので、多少は金がかかるようになってしまった。

 ブランコの上にも、うっすらと雪が膜を張っている。少しだけさっと払いのけ、濡れても構うものかとガシャンと座る。

 コンビニの袋もそのまま地面に置き、ブランコの鎖を握ると、ひんやりとした冷たさに「ひゃっ」と声をあげてしまう。まぁそのうち温まるだろうと、ギュっと握ると緩やかにブランコを揺らし始める。

 キィキィと深夜では不気味に響く無機質な音も、いまの美智にはストレスを軽減させる心地よいBGMだ。

 去年に続き、今年のクリスマスもすっぽかされた。

 男には不自由はしていないが、クリスマスには不思議なほど縁がないと、美智は思う。

 待ちぼうけ、ドタキャン、相手や自分の仕事の都合など、まともにこの日に彼氏と過ごした記憶がない。

 唯一と言えば去年のことかと頭をよぎるが、あれは彼氏じゃないしと、自分の中で数に含めないことにした。

 初めてゆきずりで関係を持った名前も知らない男。

 この公園の滑り台の天辺にいた彼は膝を抱えて星を眺めていた。

 懐かしく感じ、公園の照明を浴びた滑り台に目をやると、「音がするからなにかと思えば、またあんたか」と、男がうっすらと微笑み美智を眺めていた。

 突然の声に驚き、美智は思わず転落しそうになった。

 体制を整え、「なんでいるの?」と声を掛ける。

「去年と同じ」

 男が苦笑して言う。

「また!?本当に!?」

 美智は偶然の重なりに驚きを隠せない。

 男の理由も美智と同じだ。

 去年は滑り台の上にいた男に美智が声を掛けた。その後、意気投合し酒の勢いも手伝って、美智の部屋で一夜を共にした。

 しかし朝が来ると男の姿はなく、美智もゆきずりの男なんて、こんなものかと考えていた。

「あんたはなんで?」

「わたしも同じ」

 男は噴き出す。

「マジか!?俺らよほどクリスマスに縁がないんだな」

「そうみたいね」と、美智も噴き出してしまう。「ねえ、こっち来て飲まない?」

「またワイン?」

「チーズ鱈もあるわよ」

 美智は袋から取り出して男にほらほらと見せつける。

「それも去年と同じじゃなかったっけ?」

「この組み合わせが最高なのよ」

「ま、否定はしない」

 そう言って男は滑り台を颯爽と滑り降り、足早に美智の隣のブランコに腰を下ろす。

 美智は紙コップを男に渡し、夜の色に紛れる色彩のワインを注ぐ。

 無音の乾杯をして、二人は喉を潤す。

「これ結構いいやつじゃん」

「むしゃくしゃしてたから、奮発しちゃった」

 男の笑い声が深夜の公園に響く。

「今年は何時まで待ったの?」

「同じよ。深夜0時まで」

「健気だねぇ。さっさと帰りゃいいのに」

「いいのよ、別に。クリスマスの雰囲気を楽しみたかったんだから」

「そっちは何時まで待ったの?」

「俺は11時には切り上げたよ」

「たいして変わらないじゃない」

 笑いを交えながら下らない話で小一時間程盛り上がると、美智は去年のことを尋ねてみることにした。

「去年はなんでわたしを置いて出てったの?」

 男は困惑したように頬を掻く。

「悪かったとは思ってるよ。ただあの時はまだ別れたわけじゃなかったからさ。素面に戻ったら、なんとなく自己嫌悪でさ」

「それって、わたしに失礼よね。せめて一言残すとか」

「悪かったって。ごめんなさい」

 男は深々と頭を下げた。

「その彼女は?」

「結局、別れたよ」

「今日の人は?」

「まだ付き合う前。オッケーって言ってたんだけどなぁ。女って怖ええわ」

「男だって、平気で約束破るわよ」

「どっちもどっちか」

「そうね」

 クスッと笑む美智に男は真っ直ぐ視線を注ぐ。美智がそれに気づき互いの視線が触れあうと、男は立ち上がり美智の前に立った。顎に手を添え、自分と強制的に視線を交わさせ、唇をそっと近づける。

「ダーメ!今日はそういう気分じゃないの」

 そう言うと美智は手で壁を作った。

「ちぇっ、いけそうだと思ったんだけどなあ」

「また寂しい朝を迎えたくはないからね」

「今日はしないぜ」

「だーめ」

「へえへえ」

 男は笑いながらブランコに戻る。

「でも、ありがとうね」

 星空が隠れている空を見上げ、美智は呟くように言う。

「なにが?」

「今年もいてくれたおかげで寂しいクリスマスにならなくてすんだから」

「こちらこそ、家に行けなくて残念だけど」

 二人は笑う。

 約束をすっぽかされた者同士での、二年連続クリスマスでの偶然の逢瀬。

 二度あることはなんとやら、という諺が美智の脳裏をかすめるが、さすがにその可能性は無いと苦笑する。

 奇跡を懇願する乙女心はとうの昔に成長というゴミ箱に捨ててしまった。

 いまは約束を反故にされる理不尽さも、それが人の世の常と受け入れて逞しく生きている。

 苦しいことや辛いことだらけで、この世は艱難辛苦だ。

 でも、たまにこんな風に奇跡のご褒美があるから人はがんばれるのかもしれない。

 それが聖夜の夜ならなおさらいい演出だ。

 けれど、奇跡は長くは続かない。

 道は自分で歩いていかなければならない。

 誰も通っていない真っ白な道に自分だけの足跡を残して。

 目の前の理不尽な問題は自分でどうにかするしかないのだ。

 明日からも一つ一つ解決していこう。

 今日の奇跡のご褒美で英気を養い、美智は明日をまた生きる活力を得た。

 とりあえず明日一番にやることは決まっている。

 自分勝手な理由で約束を破る彼氏に、別れを告げてやることだ。

 






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