大団円:メイメイとボルフ
「待たせたな」
完全に回復したハルクが、腕を組んで立っていた。
「あいつらを止めておけばいいんだな。でも状況説明が欲しいところだな。わかったんだろ? 真相が」
僕は自動筆記を開始して、用意した内容を読み上げさせる。
『いくつもの不可解があった。総統はどこにいたのか。総統はどこへ行ったのか。ヤーノはどこにいたのか。ヤーノはなぜ墓の中にいたのか。書記長の謎の死は何だったのか。墓場での、死霊術による襲撃の意味は何か』
その一方で術式を急速に組み立てる。
『誰も会うことがない総統とは何か。総統は、存在しない』
「ググ……我々ヲ、暴クカ」
ゾーラだったマグミンが妨害しようとする。神秘が付与された僕の術式が自動で迎撃した。
『幹部の何人かで演じて、存在するかのように見せかけていた。何の為に。未知という覆いで、神秘を持たせるためだ。世間であまり知られないその技を、僕の昔馴染みであるヤーノは知っていた。またヤーノは捜査官の側に潜り込んでいた。強制捜査に関与した。情報を組織に流さず、あえて組織を形式上壊滅させ、幹部を逃し守るため』
「ゲゲ……止メロ……」
ヨルダンだったマグミンが近寄るが、ハルクの舞踊による詠唱が弾き飛ばす。
『念の入った偽装死だった。墓場では死霊術が関わっていると誘導しようとした。真相に近づくのは簡単ではなかった』
「何故……力デ負ケル……神秘力ニハ大差ガ、真相開示程度デ埋マル筈ハ」
時間稼ぎは終わった。
術式は完成した。何しろ、火の巨人を解体したものとそう変わらない。
似たものを使ったことがあるだけに、神秘に関わる工程には苦労した。
だがこの相手ならそれほど本腰を入れて神秘を付与する必要もない。
「【分解せよ】。終わりだ。あっけなかったな。メラーの方がよほど手強かった」
マグミンたちが形を保てなくなる。
「何故……二億年相当ノ神秘ガ……」
「分からないか。分からないだろうな。数値化し神秘力という理解に落とし込まなければ取り扱えないお前は、そもそも根本で大きな勘違いをしていた」
崩れゆく二体に、敗因を解説する。
理解を進めるのが、神秘に対し唯一効果を持つ攻撃だからだ。
「神秘とは、分からないから神秘なのだ」
「グ……アア……」
こうして、戦いは終わった。
問題は山積みだ。組織は壊滅したものの、残党がいる可能性がある。捜査関係者に中にもだ。それに都市の変貌も、大きな混乱を招くだろう。
それでも、これが僕たちの一区切りとなる。
地下から出た僕たちを、セリナとメイメイが出迎えた。
「ボルフ!」「先生!」
メイメイが勢いよく抱きつく。
「えへへ。落ち着く匂いです」
そうだろうか。かなり汗をかいたはずだが。
「先生の匂いですか。いいですね。包まれていたいって思います」
その発言にはギョッとした。ハルクの方を見る。俺じゃない、と慌てて首を振る。
「え? どうかしましたか」
「あのね、その言い方はね、その、『絡み合う蔦のように求め合う』ためのサインというか」
セリナが説明しようとするが、伝わらない。
「なんで子ども相手みたいな喋り方するんですか。先生、どういうことでしょうか」
「……命に関する秘儀のことだよ」
ごまかしておいた。大きく感情が揺れ動いた時のメイメイの毒性にはまだ安定しない部分が大きいことだし……これは逃避か。
しばらく考えて、メイメイは言った。
「分かりませんけど、先生の言う神秘ってやつですね。分からないものなんですよね」
その後日のことだ。
僕たちは火山発生により街に湧いた【温泉】に浸かっていた。
街に、というか組織が打撃を受けた頃に買い戻していた僕の家の隣だ。
「なるほど。これが温泉ですか。酸が入っているようです。興味深いですね先生」
区分けされた湯のたまる池の、隣のものから、少し茹だったメイメイが話しかけてくる。湯着が肌に張り付いて、目に毒だ。こればかりは制御してもらうことができない。
「ああ、そろそろ湯を上がるといい。上気してるぞ」
「普通の人でも何ともないような酸ですよ」
「ボルフが言ってるのは多分熱の方だぞ」
ハルクも同調する。こいつの毛は水を弾くのだが、付き合いで入っている。
名残惜しそうなメイメイを引き上げて、セリナに渡す。
そのあと、座って涼んでいると、性別ごとに別れた換衣所からメイメイたちが合流してきた。
「二人とも可愛らしい浴衣だな」
「中身は?」「もちろん可愛いよ、メイメイ」「は? 私は?」
服を褒めた後、セリナの問いを受けてメイメイの方を向き即答する。
「メイメイ、ちょっと目を閉じて」「こうですか?」「そうそう、少し屈んで」
理由も聞くことなく従う。
その唇に自分の唇を重ねた。
メイメイが目を開いて驚く。苦くなったり酸っぱくなったりするが、毒性は薄い。
よく頑張ったな。撫でてから口を離そうとした。
離れない。引くと、押してくる。
仕方がないので鼻をつまんで剥がした。
「何するんですか……」
互いの唾が橋を繋ぐようになる。上気しているのは、湯のせいだけではあるまい。
これは不意打ちを非難されても仕方ない。
「そろそろ大丈夫かと思ったんだ。いつでもいい、って先日言ってたし。それと、したかったから」
「そこじゃありませんよ。なんで引き離すんですか」
薄々感づいていたが、メイメイは不意をつかれて不服なのではなかった。
不満気なのだった。
「……今はその辺にしないか? 俺とセリナもいるんだぜ。衆目もある」
じゃあもう一度、と思ったところでハルクが呆れ顔で止める。
その通りだ。
「関係ありませんよ。見せつけてあげましょう」
ところがメイメイは不意に膝に乗り、全体重を僕の体に預ける。耐えかねて後ろに倒れる。縦横に広い椅子に肩を打ちつける。目の前でメイメイが舌なめずりする。
要するに、僕は押し倒されていた。
「だーめ。そこから先はまだ早いよ」
セリナがメイメイを引き剥がした。
「あー! また分からないこと言いますね!?」
「なあボルフ、職業柄男女上下問わず色々あった俺から助言だ。彼女は機を見つけてはお前にせがむだろう。頑張れよ」
大変なことだった。
だが、こんな大変さなら、歓迎だった。
「僕を誰だと思ってる」
ここで世間の評判を引こうとして、どれもこの手のことには全く関係ないことに気づいた。
いや、一つあるか。冗談めかして言う。
実のところ、愛という最も古い神秘はとうてい手中にあるものではないが。
「至高の魔術師、闇を払う天才、そして【神秘を手に収める者】、ボルフ・ベイルフだぞ」
はなしは、おしまい。
お読みいただきありがとうございました。
面白かったという方はもちろん、途中から面白くなったという方も、途中までは面白かったという方も、あるいは最後まで読んでも面白くならなかったという方も、ありがとうございます。
書きたいものはいっぱいあるので、書けそうな時に書きます。
次回作にご期待ください。




