乾杯を生者と死者に、僕の本心を君に
「我々の勝利と、死者の平安に対して」
僕は杯を掲げる。
「乾杯」
「かんぱーい!」
皆も掲げ、宣言通りに中身を飲み干した。宴が始まる。
と言っても、内輪のささやかな宴だ。
「リズと申す。ここに来た経緯というのは少し湿っぽい話になるが」
「時々わからない風習ってありますよね。なにゆえ、好きこのんで毒を呷るのでしょうか」
「えっ! ハルクってあの変幻自在!?」「お前か、ボルフを励ましたのは」
「ところでセリナさんはどうしたんですか」「風に当たるって」「やはり理解できません。中毒症状が出ているんですよ」
「さて、ここで一番舞っていいか? ほろ酔いでしかできないのがあってだな」
「そんな耐毒魔法があるのなら、もっとメイメイに構ってやっておきなよ」「いえ、私は十分に」「魔法が切れる前に触れた部分を洗い流さないといけないんだ」
「それじゃリズさんは壊滅した村からはるばる仇を追ってきたんだ」「仇は討てなかった。だが今回は守ることができた」
「お待たせ。いい夜だよ」
それなりに盛り上がっていると、セリナが戻ってきた。風に当たると言って、露台に出ていたのだ。
「メイメイもどうかな? 夜風は」
「私ですか? 私には、酩酊毒が効きませんので」
「何も酔いを覚ますだけじゃない。いいもんだよ、月とかすかな灯を見て風を感じるというのは」
「暗くて冷たいだけです。何を見ても感動するぐらい酔ったのでしょう」
「いいから。人を酔わすのは毒だけじゃない。雰囲気に酔っていて、メイメイも感動するかもよ」
執拗にメイメイに、風に当たってこいと絡む。そんなに飲んだのか。
違うと思った。セリナは早い段階で席を外していた。
これは、ある狙いがあって勧めている。
「そんなに言うならちょっと行ってみますよ」
メイメイがとてとて歩いて露台へ向かう。セリナが僕に向かい片目を閉じて合図した。
「僕も少し飲みすぎたかな。失礼、外すよ」
すぐに僕も後を追う。
「おーっ! ついにか!」「何!? 何の話だ!?」「感情が高ぶると制御が甘くなるからな。あまり調子に乗るなよ」「だから、どういうことだ!?」
ハルクとリズが騒ぎ出す。
ペルペの方を見ると、彼は頷いて健闘祈願の合図を出してみせた。
リズ以外全員、これから何があるのか分かっているようだ。まあ、いいだろう。
露台に出て、メイメイの横に並ぶ。
「先生。意外といいものですね。それとも疲れて頭がぼんやりしているだけでしょうか」
月明かりが冷たく照る。
ほのかな灯だけが、ここが街であることを、僕たち二人の他にもどこかに人がいることを知らせてくれる。
「私、レージャ婆という人を見ました。悪人の集まりである組織でも御しきれない悪人、と聞いていた人です」
メイメイが、僕が戦っていた間のことを途切れ途切れに語る。人の死に立ち会ったのだ。深く尋ねることはしていなかった。
「部屋に入ると、あの人は泣き叫んでいました。痛いって、苦しいって……殺して、って。どんな状況だったかはご覧になりましたよね。私には、その痛みがわかる気がしました。同じ目に遭ったことはありませんけど」
「あの人は、ひどい目を見て当然のことをしてきたのかもしれません。私たちのことも家ごと吹き飛ばそうとしました。……でも、私はいてもたってもいられず、彼女を抱きしめ、血を飲ませようとしました。眠るように死にゆけるように。ためらっているうちに、リズさんに殺させてしまったのですが」
「先生は、私を優しいって言いますよね。その私は、進んで人を殺そうとしました。私、先生を裏切ったも同然です。先生の言葉を偽りにしてしまったんです」
僕はメイメイの手を握る。
「メイメイは優しいよ。そこに偽りはない」
「先生がついてくるなと言ったのは正しかった。ついて行かなければ、優しくない自分のこと、知らずに済んだのに。先生だって結局、私がいなくても大丈夫だったんでしょう。あの人と戦ったのも一人だった……まあ、そのうちごまかしきれなくなりますよね」
メイメイが涙を落とす。それが触れた手すりの蔦が一瞬で枯れた。
「私は、先生のそばにいらない」
「いる」
僕は断言した。
「人の苦しみを自分のことのように感じた。最初に僕がしたように、レージャ婆を助けたいと思った。リズのことも気にかけた。優しいよ。そんなメイメイには人殺しは向かない。好んでもいないだろう? それに……!」
せき立てられるように必死に言葉を並べる。
「メイメイがいなければ、勝てなかった」
「気休めはやめてください」
「本当だ。思考を撹乱する罠の中で、僕はメイメイが握った手に救われた。心を落ち着ける薬、その残り香で僕は冷静に動けた。メイメイがいなければ、勝てなかった」
「あはは。あの薬は、森の中で効き目を失っていますよ。その作用は気のせいです。やっぱりそうだ。先生は一人で戦えた」
笑いながら、涙を溢れさせた。矢が刺さっても剣で斬られても泣かないメイメイは、僕の言葉に最も傷つけられていた。
「私はいらなかったんです」
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