一つの決着
初歩魔法をいくつか使う。その使い方は体に染み付いている。間違うことはない。
体が楽になり、思考がはっきりする。
「メラー。お前はこの部屋にたった一つの罠を仕掛けた」
そうだ。やつはこの部屋に確かに存在する。
「毒が効かないことはわかっていたはずだ。それでも毒を用意したのは、意識をそらすため。僕は体内に異物を取り込まないようにしていた。それを踏まえて、お前は『有害なものを取り込ませる』のではなく、『必要なものを取り込ませない』ようにした。そしてあからさまに毒を見せることで、それを悟られないようにしたんだ」
動物は呼吸をすることで、空気中の酸素を取り込む。酸素を薄くすることで、呼吸していても息苦しいような状態、酸欠にすることができる。
頭痛と目眩と魔法の不発は、それが理由だ。
それに気づいて、転移魔法陣を介して【換気】の魔法を行使し、また自身の眠気と傷を回復させ、メラーに必殺の一撃を放った。
「必殺の一撃ィ?」
「そうだ。その胸に刺したのが、お前が生み出した悲しみの報いだと思え」
メラーの胸に矢が刺さっている。
「ヒヒ……ヒーッヒッヒッヒ! 面白いことを言うねェー!!」
そう言って彼は服の下から魔導書を取り出す。それが矢を止めていた。
「君の矢はボクにかすり傷しかつけていないィ! これが悲しみの報いとは、笑わせるねェ! ちっぽけな悲しみだ! これから死ぬにしても、笑えることを聞いたよ! ヒッヒ……あ?」
メラーは、自分の体が動かないことに気づいたようだ。やがて痙攣を始める。
「その矢は」
「ア……ア……」
「ケンがメイメイに射掛けた矢だ」
「……ッ! ……ッ!」
「その毒は、お前がメイメイの全身に流した毒だ。笑って死ねると思うな」
「……! ……!」
「ちっぽけな悲しみ。その通りだ。お前のせいで生じた悲しみの、ほんの一部にすぎない」
「…………」
メラーは動かなくなる。速やかにその体を焼却した。
今回の作戦は勝利に終わった。
だが、使い捨てられ失われていった命が、戻るわけでもない。
もちろん、こいつを殺さないわけにはいかなかった。
それから、えらく沈み込んだメイメイとリズを連れて外に出た。レージャ婆を殺したとのことだ。確認と焼却もした。
「人を殺していい気分にはならないよね。でも、今はこれ以上被害が出なくてよかった、ってことにして食事と果実酒でもどうかな」
合流したセリナはそう言う。
「死者の分まで、死者になるまで、めいっぱい楽しんでやろうよ。悪いことして楽しむはずだった分も、いいことして楽しんでやるんだ」
セリナから時々出てくる、理屈があるようなないような言葉だ。「なんで?」と聞くと、大抵「その方が得だよ?」と返ってくる。
「それに、ご覧よ」
西を指差す。沈みゆく太陽の光線が、今日の神話めいた戦場の跡を照らす。
「人間が何をしようと、それを包み込んで自然は巡る。私たちが楽しくなってても悲しくなっててもお構い無しだ。綺麗で、残酷だよね」
セリナに、地学を学び祭官を目指す理由を聞いたことがある。金儲けのためなら他にもやり方はあるんじゃないか、と。その時も同じようなことを言っていた。答えになっていない、と文句をつけたものだ。
世俗の利益を至上と考えるものと思いきや意外にも、人間の作る一番高い尖塔より上にあるものに心を動かすような感受性を持つのか、と失礼なことも考えた。
付け加えれば、それにつられて人は否応なく爽やかにさせられたり鬱陶しくなったりするのだ。実に残酷な話だ。虚しい勝利だと思ったのに、すでに明日も頑張るぞという気分になりつつある。
「さあ」
いつまでも日の入りを見てはいられない。
「食事と果実酒が待っている。芸人と踊り子もな。……帰ろう」




