一人じゃない
僕はメラーの部屋に繋がる転移魔法を作り、それをくぐった。
その先は、誰もいない小部屋だった。
罠か。
机では謎の液体が置いてある。毒気を発生させるようだが、来る前に体内に入る有害な異物を排除できるようにしてある。
何もない小部屋への転移の名残をわざと残し、そこへ誘導したのか。毒の気体を発生させるということは、本物のメラーはここにおらず、逃げたか。焦りが湧く。
考え込むように手を口元に寄せた。不思議と焦りが鎮まってゆく。いや、不思議とではない。
『心を落ち着ける薬です』『気休め程度ですけど』
あの時メイメイが手を取ってくれた。その時の薬が残っていたのだ。
ありがとう、メイメイ。助かった。
そして僕は、戦うべき敵を見出す。
「そこだな」
部屋の一隅を睨む。視覚をごまかしても、魔法迷彩をかけても、それが神秘が付与されたものだとしてもごまかせないものがある。例えば、熱だ。それは火の魔法で検分した。呼吸もそうだ。風の魔法で検分した。
その上で「誰もいない」と判断した。
「念の入った隠れようだ。よほど恐れていると見える」
だが、高度な神秘を付与した探査魔法で、やっと引っかかった。
火の巨人を動かすのに使っていたレージャ婆の魔力をまだ搾り続けているようだ。それを使って熱を誤魔化した。さらに、口を覆う特殊な面を被っている。管が繋がっており、外気とは別のところから空気を吸っているのだろう。また、あれで毒気を吸わずに済んでいる。
「死ね」
必要にして十分な魔法を練り上げ、ぶつける。単純な投石だ。だがその速さは人間の認識を超える。さらに、それを囮にしてメイメイに刺さった矢をも投げる。
必殺を期した攻撃だった。
そのつもりだった
しかし、魔法は不発に終わる。
「あ、れ……」
頭が痛い。目眩で視界が定かでない。軽い錯乱状態にあるのを自覚する。
「ヒヒ……魔法に酔うのは初めてかね? 天才くん……。この叡智の深淵に発狂するがいい」
難解な魔法に触れることによる頭痛だとメラーが語りかける。
残念ながら、魔法に酔うのは経験済みだ。この頭痛は別物だとわかる。
「まア騙されないよねェ……。でもさっき吸った手はどうかなァ? このメラーが作った毒を、君は手で触れた。それを吸ったので中毒を起こした可能性は?」
デタラメを連ねている。メイメイが、薬だという自信もなく僕に施すことはない。
しかし、思い出してみる。強くすると眠ってしまわないか不安だ、と言ってはいなかったか。皮膚で触れるだけと想定したものを、吸ってしまったのがいけないのか。
有害な異物は排除できる。
有害でない異物として通過したかもしれない。
また、このメラーの声は幻聴ではないのか。本当にメラーはここにいるのか。探査魔法を使った時点で混乱していたかもしれない。
再び手を口元に寄せれば、回復するか。それとも、悪化するか。
僕は、メイメイを信じた。
手を口元に寄せる。それだけでなく、舐めた。
わずかにまぶたが重くなる。
口をずらし、手首を歯で引っ掻いた。
痛みが走り、眠気が一時的に引く。
そして、この眠気と錯乱とが別のものだと確信した。
メラーはここにいるのか。
メラーにどういう攻撃を受けたのか。
メラーをどのように殺害すればいいか。
全て、わかった。




