魔法芸人
職場から追い出され、住居がないので僧院を頼ったのだが、断られてしまった。かつての職場は不法ギルドだというのだった。同じ理由で知っている宿屋もみな宿泊を拒否した。
「僧院がダメとなると、哲学ギルドか」
かつての師匠からは、いつでも戻っておいで、君の実力と私の交渉経験を合わせれば資金の獲得は容易だ、こちらとしてはその方が助かるんだ、と暖かい言葉をもらっている。
「てつがくギルド? とは何をするところでしょうか」
「研究機関だね。つまり色々なことを知るために実験などをして、わかったことを……」
「けんきゅう、じっけん」
メイメイは震える声で繰り返す。まるで怯えているような……ああ。そうだ。僕はなんと迂闊だったことか。
お前は人の感情の機微がわからない、とはよく言われた。助手のメイメイのことは長い付き合いの中でわかってきたつもりだったが、それでもこんな簡単なことを配慮できなかった。
「ごめん! ごめんな。嫌なこと思い出すよな。大丈夫。怖い人はいないから」
腰を落として目線を合わせ、手を握って慰める。
メイメイは何度か深呼吸し、ようやく落ち着いた。
「……本当? 先生も誰かに怖いことしない?」
「しない、しないさ」
「哲学ギルドにも行かない?」
「メイメイが嫌なら、行かないよ」
これで行くあてがまた一つ潰れたわけだ。しかし、メイメイにとって安心できる場所でなければ意味がない。
「なんか楽しいものでも見るか? あっちに大道芸人がいるみたいだけど」
「はい!」
元気よく返事をする。本当に元気なのであればいいが、僕が無理をさせているのかもしれない。
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 究極の魔法使い・デゲローン様の魔性芸術をご覧あれ!」
「なあんだ、食いっぱぐれた魔法使いが芸人やってるだけみたいですよ。見なくていいんじゃないですか」
メイメイは冷めた様子だ。生意気なことを言う余裕はあると思っていいのか。
「うーん。僕も食いっぱぐれた魔法使いだしなあ。それに芸は芸で誰でもできるようなもんじゃない。魔法と芸能のどちらかだけでは食っていけないから組み合わせるというのは悪い選択肢ではないはずだよ」
「そんなものでしょうか」
そうしているうちにも芸人の魔法芸が一つ完成した。固形にした火を手玉に取って見せているのだ。芸人が投げ上げると、火は破裂するように消えた。一礼し、拍手と声援が上がる。冷めていたメイメイも感心している。
「それじゃあ次はアシスタントが必要なんだが……尻尾の生えたそこのお嬢ちゃん! どうかな? それとも体調悪そうかな?」
次の芸に移った魔法芸人が、メイメイを指名した。
「どうしましょうか、先生。行っていいでしょうか」
特に止める理由もなかった。危なそうになったら僕がなんとかしよう。
「さて、嬢ちゃんは可愛らしいね! 今の服もいいけど、こんな日はもっと豪華なのを着たっていいはずだ!」
こんな日、というのは聖休日なのを言っているのだろう。そして魔法芸人は僕のことも見ていた。妹か恋人に芸人から服を贈っても問題になりそうにない人物か見定めたのだろう。
場合によっては、その後もっといい贈り物を贈らざるを得なくなる。それは聖休日の市の売り上げにも貢献するという考えだろうか。
「取りいだしたるはこの巻物! 巻物がないと使えないような、すっごい魔法をかけちゃうよ!」
使おうとしている術式は変数が五十次元、長さが八百行といったところか。気の利いた魔法使いなら暗記して然るべき量だ。もっとも、彼が暗記できないと決めつけるのも早い。ハッタリとして巻物を見せて「すごい魔法を使った」と演出する意図もありえる。
それより気になるのが、術式の欠陥だ。
普通の元気な子どもなら問題は起きない程度ではある。
しかしメイメイは普通の元気な子どもとは言えない。
プロテクトは弱めだったので介入し、欠陥を修正するついでに近い箇所にあった文字列を少々置き換える。この程度の想定外も、芸人ならアドリブでなんとかするだろう。
「ア〜ダラ、ナ〜ダラ、ケケンポイ!」
デタラメな呪文を唱えてみせると、メイメイの足元から煙が起こり、それが散ると、それまでの簡単なワンピースの代わりに、と客には見えるだろうが実は上に、豪奢なドレスが着せられていた。大歓声とどよめきが上がる。
芸人の魔法だと庶民が祭礼の際に着るようなドレスが現れるはずだった。それが、貴族が作らせるようなものが現れている。
「うわ〜! とてもお似合いですよ! っていうか嬢ちゃんが可愛すぎて実力以上の結果が出ちゃいましたよ! 後でお連れさんに怒られちゃいますね、これよりすごいもの用意するハメになったぞって」
巻物を使ったとはいえ、芸人が用意したドレスにしては上等すぎる。気づいた観客もいたかもしれない。それをごまかすのに、即興にしては上出来だ。
「いえ、あの人なら余裕ですよ」
メイメイは冷静に指摘する。冷静ながらその様子は楽しそうだ。
「あ〜お兄さん、ごめんなさい! 後で食事おごるんで!」
手を合わせ、ウィンクして謝る。芝居がかっているが、内心焦っているようだった。
愉快に思いながら、僕はチャンスが巡ってきたかもしれないと考えていた。
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