ドブレ、死す
「片手間で悪いな。もしかしたら手加減できないかもしれない」
僕は目の前の大柄な男、ドブレに宣言する。
一二一行目以降の行末処理を狐式で行う。制限時間を設ける。呪文変更条件を設ける。
「抜かせっ! 複雑な術式を構築しながらの魔法行使なんて、俺は殴って消せるんだっ!」
「そうだな。【在れ】」
発句を唱え、先ほど組み立てた術式を呼び出す。
「一行目の宣言を圧縮、全文中五〇箇所に修正」
「召喚だと!? バカな、禁術中の禁術だぞ! 原理的に安全な実行が不可能なはずだ!」
召喚魔法を実行すれば、召喚獣に食い殺される。ここ百年で例外はない。
召喚魔法を生まれて初めて実行する人は当然、召喚獣の制御に慣れていない。それで制御に失敗し、死ぬのだ。
それでは高い魔法の力を持つ者が実行すれば召喚獣を力ずくで抑えることができるのではないか、というと、召喚獣は術者の力に応じた力を持つ。具体的には制御の技術なしでは抑えきれない程度の力だ。
僕とて、さすがにそれを試す気にはならない。今回召喚したのは、「いない狐」だ。
「二〇番、四三行目の修正完了、二一番、四四行目の修正完了」
「本当に召喚しやがった! 狐か……僧院内で神獣を呼び出し使役するなど、命知らずにもほどがある! 自滅するに決まってる!」
ドブレが叫ぶ。果たして、召喚獣は襲いかかってきた。だが、何をしても僕の体をすり抜ける。そのうち飽きて、ドブレの方へ向かった。
「二八番、五八行目の修正完了」
召喚魔法術式の一部を抜いてある。いない狐は実体を持たない。実体を持つものに干渉できない。
そんなものを呼び出しても何にもならないように思えるだろう。
しかし、遠当て使いが相手なら別だ。遠当て使いたちは実体を持たないものを使って殴ろうとする。また実体を持たないものを殴る。
実体を持たないものに干渉する彼らは、実体を持たないものから干渉を受けるのだ。
さっきのハルクの踊りが参考になった。
「三五番、一〇一行目の修正完了」
「大丈夫なのか? あれは安全か? 聞いていないか」
ガルハさんが心配する。あれはガルハさんにも干渉する恐れがある。
答えとして術式の一部をガルハさんに見せた。
「これは……? 祈祷術式を参照している? 私の理解と信仰とが、う、あ……」
ガルハさんが頭を抑える。まだ無理だったか。
「四三番、一三〇行目の修正完了」
「あがっ。ぐあっ」
ドブレはなんども宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「四八番、四十九番……全行修正完了」
召喚獣が消える。僕の術式完成が条件となっていた。
「結構時間がかかったな。すぐに戻って、は無理だったか」
「ハーッ! ハーッ! ボルフ! もう終わりか! 俺は耐えたぞ……!」
ボロボロになったドブレが立ち上がる。
「喜べ。もう片手間はやめだ。ようやくお前の相手をしてやれる」
とりあえず致命的な雷の術式を八つ作り出し、攻撃を引き金に発動する八つの囮とともに起動した。
「なに!?」
驚きながらもドブレの対応は速かった。五つを囮と判断し、残りの十一を小刻みな拳で叩き落とす。そのうち囮の三つが起動する。
「まだ囮があったか!」
一つを起動の際で払いのけ、一つは届く前に殴りつける。しかしもう一つはドブレに直撃した。
「グ……ウオーッ……!」
ドブレはまだ立っている。魔法への耐久力が高いのだろう。
拳を振りかぶったが、それが打ち付けられることはなかった。
巨体が横に吹き飛ぶ。ガルハさんが遠当てで蹴りつけたのだ。
もう立ち上がらない。
「安らかにあれ」
ガルハさんが手刀を振ると、ドブレの首の血管が切られた。
こうして、戦いは決着した。




