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組織のメラー師、逃亡する

 【五振りの剣】の二人、ドブレとネーイは刺客として僧院へ差し向けられた。

 レージャ婆は逃亡したまま発見されない。

 ゾーラ書記長は多重筆記を行なって大量の苦情を処理している。

 そんな時に、研究開発部の禁書閲覧が重なった。

 残りの一人、マラウが立ち会うことになった。主な仕事は禁書に飲み込まれそうになった者を正気に戻すことだ。


 本来なら監査役のヨルダンが立ち会うのだが、彼はボルフの後釜候補を面接しなければならなかった。


「さて、就いた場合やってもらう仕事の量はこのぐらいでしょうか。前任者は多すぎると申しておりましたが」


 ボルフが仕上げた術式の見本を数枚机の上に広げる。彼なら全て合わせて六刻で終わらせるが、並みの魔法使いなら丸一日かかるかもしれないという見積もりだ。


「うむ。一ヶ月分として標準的な範囲だな」


「え? 一週間分じゃないんですか? 前任者って至高の魔術師でしょう?」


「なんと。ならば確かに一週間でこうしたものをこなせても不思議ではないか」


 候補者のうち二人がそんなことを話し出すので、ヨルダンは声を荒げた。


「何を仰いますか! 一日でやってもらう量ということですよ!」


「一日で? 確かに、このうち簡単な右端のやつなら並みの魔法使いでも集中すれば半月で終わりそうですから、至高の魔術師なら一日でできるのかもしれませんね。我々には無理ですよ」


 ヨルダンは唖然とした。全て合わせて一日と思ったのが、一つだけで一ヶ月が普通だという。それに、右端が簡単というのも気になった。ボルフはこれが我ながら稀にみる力作だと主張したものだった。単純そうなボルフがそこで法螺を吹く意味がわからない。


「おい、簡単だと言ったが、よく見ると右端のは隠し構造があるぞ」


「えーっ。確かにそうですね。うわっめちゃくちゃ精密だ……これ普通半年はかかりますよ」


 明らかにおかしい。ボルフが入る前は、このペースで仕事をさせて回っていた。入ってから、魔法の力は確かに上がった。しかし、言われるような仕事の細かさに見合ってはいないように思える。

 ヨルダンが眉を寄せていると、部下が戸の外から声をかけてきた。


「ヨルダン監査役! こちらへ……」


 その報告にヨルダンは驚愕する。一刻前にメラー師が禁書を持って逃亡したという。


「なにっ!? どういうことだ!? なぜ一刻前に報告しない!? 立会人は何をして……」


 そこで気づく。普通なら無力化される前に叫んで逃亡を知らせるところだ。しかし、今日の立会人であるマラウは喋らない。


 報告によるとマラウは自ら頭を繰り返し壁に打ち付けて気絶した状態で発見された。おそらく研究開発部は禁書の精神への作用を使ってマラウを錯乱させ、その隙に逃げたということだった。

 今日はレージャ婆の捜索にも人員が割かれている。さらに、面接を行なうので静かにと厳命してあった。人々は重大さを判断できず、叫んで情報を広めることがなかった。あまりにも間が悪かった。


「いや、機会を伺っていたのか……!」


 ヨルダンは候補者の方を向いて言った。


「特別試験を行います。今ある限りの情報をお伝えするので、学者のメラー師を捕まえたら採用とします!」


「おや、追いかけっことは楽しそうですね」


 候補の一人が悠長にニヤつく。魔法使いという奴らは、本当にどうしようもない! ヨルダンは叫びたい気持ちでいっぱいだった。それでもなんとか冷静に説明し、候補者たちとともにメラーを追った。


「……候補者たちには進捗の報告も考慮に入れると言ってあります。上がってくる情報をゾーラ書記長のもとで総合的に考慮し、メラー師を捕らえますよ!」


 そうして追うこと一刻、【アナスタシス】はメラー師の位置を突き止め、そばにいた一人の候補者とともに追いつきつつあった。その先にはかつてメラー師が転移実験を繰り返した林がある。


「林に入らせてはいけない! あの中には転移魔法陣が敷かれている。どこにでも逃げられてしまうぞ!」


 先にはメラー師の格好をした者が三人いる。追っ手がかかることを想定していたか。


「受験番号三番! 貴様確か落とし穴を作れたな! あいつを足止めできるか!」


「うーん。ここで働いてもいいことなさそうだしな」


「この期に及んで貴様! ああもういい! 足止めしたら給料据え置きで仕事の量は一割にしてやる!」


「やーめた。全然割に合わないよ。前任者呼び戻したら? 僕は帰るから」


 三番はやる気をなくしていた。もうダメか。

 その時、前を行く三人が止まった。


「正直、私もこんなところで働くつもりはない。……ただ、メラー師のようなイカれ学者が野放しになっては何が起こるかわからんからな。首輪をつけておいてもらいたいのだ」


「受験番号四番! ……リズ!」


 リズと呼ばれた女は、右手をかざしている。その親指を除く四本の指が、何かを挟むように力んでいる。

 今のうちに確保を、と構成員たちが迫る。

 その時、三人のうち真ん中の者がその場に服を残して拘束を抜け出た。


「【空蝉】か! ということはあれはケン! 本物のメラー師は拘束されたままだ!」


 しかし、四本の指で三つのものを掴んでいるところから真ん中のものが抜ければ、残り二つの把持も緩んでしまう。

 残り二人は拘束を逃れ、林の中に入っていった。


「諦めるな! 追え!」


 その後林を調べさせたが誰も見つからなかった。転移の起動法もわからない。


 メラー師は、逃げおおせたのだった。

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