組織の【五振りの剣】
「フォッフォフォ……成功したぞい! 家の敷地丸ごと焦土だぞい!」
無数の鎖に繋がれた老婆が楽しそうに笑う。
彼女こそは【五振りの剣】の中で最大出力を発揮できる切り札、レージャ婆である。
辺境の森や村を派手に焼き払って指名手配されていたが、【アナスタシス】が捕らえた。
彼女は、地図上で場所を指定すれば、見えない場所でも爆撃することができる。
普段は厳重に封印しており、たまに使うときも部分的にしか解放しないのだが、今回は完全解放した。
いくら至高の魔術師ボルフといえどひとたまりもあるまい。
彼の本領である術式の書き換えを警戒し、認識の外で編んでおいた魔法を一瞬で解放した。どうやら成功したようだ。いざというときレージャ婆を抑えるため集まった【五振りの剣】の残り四人とヨルダンは胸を撫で下ろした。
その直後、レージャ婆が口から血を吐いた。
「ゴフッ……」
「どうしました婆さん、年甲斐もなく無茶しすぎましたか?」
ヨルダンが軽口を叩く。喋った拍子に口からよだれが垂れてしまう。みっともない、と思って拭うと、手にべっとりと血が付いていた。
「え」
「じゅ、呪詛返しだぞい」
ヒューヒューと音を立てて息を切らしながらレージャ婆が言う。爆撃した先から逆に反撃を受けた。実行したレージャ婆に加え、命じたヨルダンにも影響が及んだ。
「彼は、ボルフは死んでいないということか……」
信じられない、と思いつつヨルダンは認めざるを得なかった。魔力を探知すれば、確かにボルフがいるようだ。
「がはっ」
逆探知を受け、さらに血を吐く。目からも血が流れる。これ以上は危険だ。
「ともかく……ともかく、レージャ婆を再び封印して次の計画を……」
ヨルダンがレージャ婆の方を見ると、そこには誰もいなかった。鎖が全て解かれている。逃がしたか。とんでもない失態だ。確実に仕留めるべき目標は生きていて、危険人物を野に放ってしまった。
「やれやれ、レージャ婆が失敗し逃亡したか」
出し抜けに【五振りの剣】のドブレが言う。
「彼女は出力が高いだけで、我々の中でも最も小物ですからね」
ゾーラが続ける。
「元が犯罪者だし、五振りの剣の面汚しだね」
ネーイが罵る。もう一人のマラウは喋らない。
失敗した同僚を罵るのは薄情に見える。しかし、このように「あいつは特別弱かっただけ」と主張しておかなければ、予算を削られかねないのだ。
「なるほど。では五振りの剣の真価を問わせてもらおう」
ヨルダンは不機嫌そうに言った。
【五振りの剣】は内心では、あんな化け物と戦うなんて真っ平ごめんだと思っている。
ヨルダンもそれはわかっている。わかった上で無茶を振るのだ。
「ドブレ。行け。ボルフの首をとってこい」
ドブレはヨルダンと方針が対立することが多かった。ヨルダンは、ボルフを放っておいて力をつけるのが最適だと理解している。その上でこの期に乗じてドブレを始末しようというのだ。
「俺一人では荷が勝つ。万全を期して、ネーイを連れて行こう。面汚しではない五振りの剣として立派に戦ってくれるはずだ」
ドブレは敵対派閥のネーイを巻き添えにしようとした。いざとなれば自分だけ逃げる。
【アナスタシス】は落ち目だ。
武器は大量に失う。
危険薬物の依存性も嗜好品より少し上程度まで低まっている。
作り出す魔法商品はかつて貴族にも受けがよかったのが、ここ数日品質が落ちていると文句をつけられる。
落ち目であるにもかかわらず、内々で足の引っ張り合いをしていた。
あるいは、落ち目であるからこそ、なのかもしれない。