恐怖の夜
「セリナ・ネビアの家まであと二百聖歩だ。そろそろ発見されるぞ。いつ接敵、じゃない、ボルフ殿と遭遇して交渉することになってもいいよう構えておけ」
ボルフ呼び戻し作戦の実働隊長は振り返って驚愕した。自分に加え四十二人の編成のはずが、十数人しかいない。今日のこの辺りはいやに霧が深かったが、いつの間にはぐれたのか、あるいは。
「お、お前たちっ……」
点呼を考え、やめた。そんな悠長なことを言っている段ではない。炸裂の魔法を使う。最高レベルの警戒の合図だ。はぐれたのであっても音か光が全員に届く。
落ち着いて現状を確認する。あたりを見回し、兵たちを互いが視界内に収まるよう誘導する。全員で八人。これ以上減れば必ず気づくというわけだ。
霧も晴れたようだ。ツイている。
今いるこの六人で交渉に望む。おそらく、いや必ずボルフがいるはずだ。確信があった。
「至高の魔術師ボルフ・ベイルフ様! 私はヨモルと申します! こちらの四人はラメク、セデス、ケイム! ……失礼、三人でした!」
これはおかしい。隊長は疑問に思った。
なぜ私は人数を間違えたのか。ハナから、今回の作戦は四人という少数で臨むものだった。
「ヨモルさん、一人かな」
「申し上げたように、その通りであります」
「辺りを見てみるといい」
そのように言われたヨモル隊長は辺りを見渡す。
死屍累々だった。
数えなくてもわかる。その数は四十二人だ。全員が自分の剣で首を刎ねられている。
剣を奪われて斬られたのではない。自分で、自分の剣を振り、自分の首を刎ねたのだ。
異様だった。
ヨモルは全身の震えを感じた。
とっさに剣を捨てる。こうすれば、自ら首を刎ねることはない。
「何をやってるんだ? 敵を前にして武器を捨てるなど」
確かに、その通りだ。何をしていたのか。
ヨモルが混乱していると、「それ」は目の前に現れた。
見たことのある人影だ。【アナスタシス】で見かけたことが何度かある。
ボルフ・ベイルフは人間だ。人間は斬れば死ぬ。
ヨモルは、恐れていても剣を振る訓練を受けている。
体に刻み込まれた反射の回路にしたがって剣を振る動作をし、手に剣が握られていないことに気づいた。
「アア……ア……」
「これは全員に聞いてるんだけどさ」
目の前の人影が喋る。
「人を殺したことはあるか? どのぐらい? 無抵抗な相手は? 楽しかったか?」
答えを間違えれば死ぬ。そう直感した。
「ある! 確かにある! だが任務で仕方なくだ! 二、三十人殺したが、皆戦士として戦った上でだ! 殺すのはいつも心苦しかった」
最初以外嘘だ。数え切れないほどの人を殺してきた。その中では女子供の方がむしろ多かった。最初は心苦しかったものだが、ある時期からは作業あるいは悦楽として殺人をしている。
「七九人。そのうち四一人は無抵抗で、かなり楽しかったようだな。次の質問だ。僕は麻酔薬を作るための触媒を錬成したことがあった。あれは依存性が高く悪用の余地がある。知ってるか?」
「し、知っている。けど俺は関与してない!」
「どういう人に売った? それか使った?」
「知らないと言ったはずだ!」
「売ってはいないか。使ったのは攫った女とか無欲な村人とか、と」
「ア……ア……」
ヨモルは呼吸もままならない、もはや可哀想な状態だった。
いや、ボルフはそれを可哀想とは思っていなかった。
そして、ヨモルは直視する。ボルフの目を見てしまう。
「アアーーーーーッ!! アーーー!! アアーーーーーーーッ!!」
ヨモルは絶叫しながら走り出し、死ぬまで止まることがなかった。
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