プロローグ:追放
「【至高の魔術師】ボルフくん。我々は君を非常に有能な魔法使いと聞いていた」
十五行目に異同あり。アリフの一番の本が正しい。この誤詠唱はこの術式には影響を与えない。しかし聖字テー記号により参照がなされた場合に動作を予期できない。
「それゆえ三顧の礼で迎えたものだ。三顧の礼はわかるかな? 繰り返しお願いしたという意味だが」
二十二行目は改善可能である。諸本にないだけに副作用に注意が必要だろう。煩雑な神学ミル参照を使わなければ問題は生じないと思われる。神学ミル参照を使わずに書き、神秘付与の際の構文複雑化にあたって難しく書き直す。
「我々は魔法の改善と効率化を大いに期待したものだ。確かに魔法は改善された。しかしそれ以上に!」
第十四定義で変数名の参照先である神話は組み込むには危険すぎる。書き換え、落ちる威力は十二行目に呪符構文を足してカバーする。その際八、十三、四十二行目の聖称を一つ下げる。
「君の班からはミスの報告が従来比百倍になっているのだ! 百倍だぞ! 君は仕事で手を抜いているのではないか? あるいは我々の仕事を増やしたくてたまらないのか? おい! 聞いているのか!!」
手を止める。この部屋に誰かがいる気がした。
「誰だ? ああ、ヨルダン監査役ですね! 助手のメイメイは知らせてくれなかったのでしょうか。今日はなんの要件で……」
部屋に入ってきていた男ヨルダンは威嚇じみたため息をついた。そして大声を出す。
「至高の魔術師くん! 我々は! 君を! 非常に有能な魔法使いと聞いた!!」
世間ではそのようになっている。余計な謙遜をする気もない。自分の専門分野は若いなりに広く、とりわけ呪文校正に関しては右に出るものがない。それを教える道場を開いていたこともある。急に生徒たちが減り、道場も大風で損壊してしまい、困っていたところを幼なじみとその所属組織【アナスタシス】に拾われたのだ。
「ありがとうございます。できれば早めに要件に入ってくれると助かります」
「ところがそうではないようなのでクビにする」
「理由はなんですか?」
「それを! 先ほどから申し上げていたんですがねえ!」
「非常に申し訳ありません。集中しておりまして、聞いておりませんでした。メイメイに取り次いでもらっていれば最初からお話を聞く態勢でいられたのでしょうが……」
「私のせいだと言うのか? まあいい。その助手も先んじてクビにしたのは我々だしな。もう一度だけ言うからよく聞け。お前は尋常でない数のミスを連発しており、仕事の量を著しく増やしている」
仕事の量が多いのは気になっていた。彼ら【アナスタシス】は土地や建設の仕事を主にしているはずだが、なぜか夥しい数の魔法開発の仕事を受けるのだ。これほどの量をこなすのは僕程度の魔術師が各分野合わせて五十人はいなければ無理だ。
「仕事の量は私が増やしたのではありません。受注が多いのです」
「人のせいにするか! お前が来るまでの間は回っていたのだ。お前を入れればさらによく魔法開発ができるものだと思った。事実そういう面もあり、複数の貴族と契約を結ぶことにも成功した」
「おめでとうございます!」
「おめでとうではない!! お前のミスが多いせいで魔法開発に多大な労力を割かざるを得なくなっているというのだ!! だのに貴様は同僚メラー師の研究も妨害するし……」
「お言葉ですが、私はミスが少ない方と自負しております」
「たわけたことを! お前が来てからミスの報告は百倍にも増えたというのだ!! それを少ない方とは、自己認識が甘すぎる!! 期待して損したというものだ!!」
何があったのかは想像がつく。これまでそれ以上のミスがあったのを見逃していたのだろう。あるいはミスが少ないような平易で弱い魔法しか使ってこなかったか。ここで何を言っても無駄に思える。
「わかりました。出ていきましょう。これまでお世話になりました」
そうして、僕は【アナスタシス】から追い出された。