婚約者の性格が原作と違うのですが
「殿下に愛する方が出来ればいつでもおっしゃってくださいね」
「私は自分の立場を理解している。愛するのは君だけだよ」
「まあお上手ですこと。ですが、側室として迎えたい方が現れればお伝えください。余程の方でなければ反対など致しませんから」
「やむを得ない場合以外は、側室を迎えるつもりなどないさ」
「でしたらよろしいのですけど……。わたくしの意思だけは伝えておこうかと思いまして」
「君はいつもそう言うけれど、私との婚約は嫌なのかな?」
にこにこにこにこ。
こわい。こわいです。
お二人はとても素晴らしい笑顔なのですが、表情と会話の内容が一致していません。
なぜ婚約者同士の仲を深めるためのお茶会で側室の話をしているのですか。
僕は平民上がりで運よくクリスティーナお嬢さまの侍従になれたものですから、このような貴族さまの会話には慣れていなくていつも背筋が凍りそうです。
しかも今日は別に用事があるとかで先輩がいません。お嬢さまと王子殿下がどんな会話をしていようと表情を変えない先輩がいません。
先輩のこと鬼って言ってすみませんでした反省文二十枚提出するので助けてくださいせんぱい。
お二人がこのような会話をするのは初めてではないのです。三回に一回はしてます。
なんでこんな話が出るのかは謎です。もし知っているなら誰か僕に教えてください。
「嫌なわけございませんわ。殿下の婚約者に選ばれるなんて、身に余る光栄ですもの」
「それならばいいのだけれど」
「たとえ政略的なものでも、殿下とは良好な関係を築いていきたいと思っておりますわ」
「政略なんて言わずとも、私は君を愛しているよクリスティーナ嬢」
「嬉しいですわライモンド殿下、ほほほ」
お嬢さまお嬢さま、なぜそんなに喧嘩売るんですか!
僕は胃が潰れそうです。
はやくおわれ。このお茶会という名の冷凍庫から僕は脱出したいのです。
*
「お嬢さまぁ~」
「なぁに?」
「もう少し王子殿下と仲良く出来ないのですか?」
侍従のニコルが涙目でそう言った。
私だって王子と仲悪くなりたいわけではないのだ。
私は乙女ゲームの世界に転生した。正直言って乙女ゲームにあまり興味は無かったんだけど、このゲームには妹がハマっていた。
可愛い妹の話を聞かないという選択肢は私には無いため、ゲームのストーリーはほとんど把握している。
貴族の子息子女が通う学園を舞台に、光属性の莫大な魔力を持った元平民で男爵令嬢のヒロインが、持ち前の明るさと素直さで王子その他イケメンを攻略していく、という内容だった。
そして私が転生したのはその物語の悪役令嬢。
どうせなら可愛い妹をヒロインに転生させてあげたかった……。
悪役令嬢はメイン攻略対象である王子様の婚約者で、王子ルートはもちろん、その他のルートでも色々と首を突っ込んではヒロインをいじめて、最後には断罪される。
婚約破棄、平民落ち、国外追放、投獄、処刑などなど断罪のされ方は様々だが、まともに幸せになれるルートが一つもない。
私はそんなの絶対御免である。
私としてはそもそも王子の婚約者になりたくなかったのだが、それはどうしても回避出来なかった。
だから王子となるべく距離を置くことにしたのだ。
原作では悪役令嬢は王子にベタ惚れしていた。お世辞にも性格がいいとは言えない悪役令嬢に惚れられても王子としては嬉しくないというか、私が王子の立場だったら鬱陶しい。
そんな王子のためにも私は程良い距離で王子に接し、ヒロインが来ても反対しないから追い出さないでね、というアピールをしている。
……のだが一つだけ問題がある。
王子の性格が、原作と、ちがう!
あんな笑顔の裏になんか隠してそうな感じじゃなかった。
我が妹は確かに「爽やかで優しくて素直で、理想の王子様なんだぁ」と言っていた。
素直だと!? あの王子から最も遠い言葉だろう。アイツは相当捻くれている、と前世から培った私の勘が言っている。
私に向かって愛してるだのなんだの言ってくるが、言葉が全て薄っぺらい。絶対思ってないだろお前、って突っ込まない私は褒められてもいいと思う。
だから行動が読めないのだ。ヒロインにそう簡単に落ちそうなタイプでもないし、どちらかと言うと恋愛感情に振り回されずに理性的に判断するタイプのように見える。
この原作との差は一体何なんだ。
でも国の名前も王子の名前も貴族の名前も、設定の何もかもが乙女ゲームと一致するのだ。
いや、私が結構好き勝手出来てる時点で似て非なる世界なんだろうけど。
だからって王子だけ設定が全く違うとかありえるか? 他の設定は全て原作と同じなのに。
本当にわからない。
まだヒロインが登場していないけど、登場したらどうなるんだろうか。原作通りストーリーが進むのだろうか。私は破滅を回避できるのだろうか。
はぁ~。それが私の一番の悩みである。
「ニコル、殿下と仲良くなるのは難しいかもしれないわ」
「そんなぁ。頑張ってくださいお嬢さま僕のためにも」
「そうね、努力だけはしてみるわ」
「お嬢さまお言葉が軽く聞こえるのは僕の耳がおかしいんでしょうか」
「えぇ、ニコルの耳がおかしいだけよ」
「そうなんですかぁ」
首を捻っているニコルは素直でかわいいと思う。基本的に思っていることが全て口と顔に出る。
見習え捻くれ王子。
*
その頃、王宮内の一室のとある捻くれ王子殿下。
「くしゅん!」
「殿下、温かいものをお持ちしましょうか?」
「そうだね、よろしく頼むよ」
俺は心配そうに聞いてきた執事に笑顔でそう返した。
すると執事は優雅に、でもいつもより若干速く歩きながら部屋の外へ向かった。
おっかしいな、風邪ではないと思うんだけど。誰かに噂されてんのかもしれない。
今の立場じゃ四六時中噂されんのが当たり前だし。その割にくしゃみは出ねぇけど。
俺は前世の記憶というものを持っている。
前世はごく普通の日本人大学生で不幸にも若くして交通事故で死亡。そして何故か王子に転生し、今では立派に王子をやってる。
……それが普通の王子なら王族満喫出来たんだけどなぁ。
俺の転生先は乙女ゲームのメイン攻略対象だったのだ。
気付いた時は「嘘だろ!?」と王子にあるまじき言葉遣いで叫んだ。
前世の姉貴は俺のことを首振り人形だとでも思っていたのか、散々この乙女ゲームについて語ってきた。
その上見たくもないイケメンの映ったスチルもしょっちゅう見せつけられ、キャラとあらすじは覚えてしまった。
ヒロインは普通に可愛いと思う。いや、いい子だからこそヒロインなんだろうけど。
でも俺はゲーム通りにヒロインと恋愛したいかと聞かれれば否と答える。
だってめんどくさ過ぎる。
珍しい光属性の大きな魔力を持った平民上がりの男爵令嬢のヒロインが、様々な障害を乗り越えて王子または他の攻略対象と結ばれるというありきたりなストーリー。
でもその障害を解決するための労力はヒロインじゃなくて王子が負担してると思うんだよな。
愛の力なんてもの俺は信じちゃいない。それで全て解決するほど世の中甘くないのだ。
悪役令嬢との婚約破棄もそう簡単なものでもない。
他にもいきなりなんの教育も受けていない元平民を王妃にするなんてことになったら、ヒロインも勉強が大変だろうけどそれをフォローする俺も中々大変だ。
あと社交。これ貴族の中じゃかなり重要。
なんの繋がりも持っていない元平民がいきなり高位貴族の中に放り込まれて無事でいられるはずがない。
俺も社交デビューしたばかりの頃は四苦八苦していた。
この諸々の事情を踏まえた上で考えると、俺はこのまま悪役令嬢との婚約を維持するべきという結論に至った。
……というのにあの女は~っ!
なんであんなに側室の話ばっか振ってくんだよ!? そんなに俺との婚約が嫌なのかよ!?
大体アレが断罪される悪役令嬢とか絶対ないだろ!
アイツなら男爵令嬢一人始末するくらい証拠も残さずにサラッと終わらせる。学生で太刀打ち出来る訳がねぇ。
やっぱり中身が俺だからいけないんだろうか。
でもアイツが誰かにベタ惚れしてるトコなんて想像すら出来ねぇんだけど。
乙女ゲームでのアイツをほとんど知らないせいでどうやったら婚約破棄せずに済むかが全くわからん。
とりあえず他に目を向けるつもりはないってアピールしてんのに信用されてないのがありありと伝わってくるし。
俺ってそんな信用無くすようなことしたっけ? 全く記憶にないんだけど誰か教えて。
それに悪役やるような性格にも見えないんだよなぁ。
容姿端麗、頭脳明晰、魔力も多いのに下位貴族や使用人にも丁寧に接するため多くの貴族から慕われている。
完璧令嬢なんて呼ばれてるくらいだ。
アイツを差し置いて王妃になれるような令嬢などいないというのが社交界での共通の認識なので、今更俺が男爵令嬢に恋したところでその立場が揺らぐとは思えない。
せいぜいその男爵令嬢は側室になれるかなれないかと言ったところか。
側室でも十分面倒な事柄が多いのでやはりヒロインには恋しないという結論に達するのだが。
そんなアイツが嫉妬による見え透いた嫌がらせをするなんて……うん、どう頑張っても想像すらできない。
わからない。本当にわからない。
そう思ったところで全ての書類の処理を終え、それについて考えるのも止めた。
よし、出掛けるか。
断じて現実逃避ではない。
俺は転生してから鍛えた王子スマイルを貼り付け侍女に声をかけた。
「少し外出してくるよ」
「はい、かしこまりました」
王子に転生した時点で「本性隠さないとヤバい」と思ったので俺は人に接するときいつもこんな感じだ。
少なくとも王宮内では。
俺が今から行くのは城下町だ。
服装を変えて髪色を変えれば元一般庶民の俺は簡単に平民に馴染める。
いや、乙女ゲームの攻略対象に相応しいこのキラキラした顔は隠せないから浮くっちゃ浮くんだけども。
街に行くのが一番息抜き出来る。王子モードをオフに出来るっていうのが素晴らしい。
慣れてきたとはいえ疲れるもんは疲れるんだ。
「これとこれとこれ、十個ずつで。ガキどもにやるだけだから包まなくていいよ」
「また買ってあげるのかい」
「喜ぶからな」
店主のおばちゃんが呆れたようにそう言った。
ここは手作りお菓子を売っているお店だ。甘いものは高いので中心街から離れたところにこういう店は少ないのだが、ここは中心街に行けない人たちがちょっと特別なことがあった日に利用する。
王宮で出てくる高級菓子とはまた違った感じで美味しいのだ。
金は腐るほどあるのに特に使い道も思い浮かばないので、無駄にするよりはガキを喜ばせる為に使おうと思い立って毎回ここで土産に菓子を買っている。
「お陰で子供たちはあんたが来るのを心待ちにしてるよ」
「それはよかった」
「時々店にまで押し掛けるもんだから、親が必死に謝りに来るんだ」
「俺から注意しておくよ」
「いや子供が来るのは賑やかでいいんだけどね。親の方に謝らなくてもいいって伝えてくれないかい」
「わかった。でもあんまりガキどもが騒がしいようだったら言ってくれよ」
「あんたに言うまでもないさ」
なんかこの人男兄弟の母ちゃんやってそう。
実際そうだったのかもしれないなぁ、なんて思いながら会計を終える。
すると隣にもう一つ菓子が置かれた。
「ほら、これあんたの分だ」
「いいのか?」
「いいんだよ。いつも全部子供たちに取られてんだろう」
バレていたのか。流石だ。
これは執務中に食べるようにとっておこう。俺用にもらったんだからガキどもには絶対渡さん。
笑顔のおばちゃんに見送られ俺はいつもの場所へと向かう。
この辺にある屋台は安いのに美味いものが多くて時々買い食いしている。
執事に見られたら卒倒されそうだけど。
「ライー! こっちへ寄ってきなよ!」
「ライ! 今日はこれが安いぜ!」
「寄ってかないと呪うぞー」
ここらではすっかり名前を憶えられてしまっている。
どっかの露店の店主曰く「顔も愛想も金払いも良いんだから有名になって当然だろ」だそうだ。
……最後の人だけは言うことがいつも不穏だけど。
でもあの人の屋台で売ってるものはマジで美味いのだ。
パンに肉と野菜なんかを挟んだだけの屋台じゃ在り来たりなものだけど、他の店とは比べ物にならない。
なんであんな味が出せるのかがわからない。ぶっちゃけ俺的には王宮の料理より好みだったりする。
土下座してでもレシピを教えてもらいたいレベルだ。しないけど。
だからあんな店主でも行列が絶えないんだろう。あの人客商売が致命的に向いてないからな。
愛想笑いとか見たこと無い。
「悪い! ガキどもんとこ先に行くから、帰りに寄らせてくれ!」
俺がそう言うとみんな納得した顔で頷き、俺に向かって手を振った。
「待ってるわ!」
「良いの残しといてやるからな!」
「絶対だぞー」
俺も手を振り返してから、目的の場所へ向かう。
この屋台通りから少し抜けたところにある住宅街みたいなところだ。
そこにはヤンチャ盛りのガキどもがたくさんいる。
そいつらと本気で遊ぶのは意外と楽しい。王子モードのせいで溜まったストレス発散をさせてもらってるので、お礼として菓子を買ってっている訳だ。
「あっ、ライ兄だ!」
「ライにいちゃんだぁ!」
いつも通り外を駆け回っていた奴らが俺を見つけてパタパタと寄ってくる。
普段腹黒狸ばっかり相手にしてるからこういう純粋な目を見るとマジで癒される。
こいつら口と態度はかなり悪いけどな。
「彼女できたぁ?」
「いるっちゃいる」
「ほんとに?」
「……いや、いないに近い、かもしれない」
「だよね~」
「やっぱりね~」
「いくら顔がかっこよくてもライにいだもんね~」
お前ら乙女ゲームのメイン攻略対象であり今この国で一番モテてる王子殿下に向かって何を言ってるんだ。
あの女が特殊なだけ! 他のご令嬢にはキャーキャー言われてんだからな!
「でも彼女出来たらライにいちゃん、ここ来なくなっちゃうかもしれないからいや」
この中でも比較的年少の子が俺の服の裾を掴みながらそう言った。
やっぱ子供はこうあるべきだよな。かわいい。
「俺はお前らのために彼女を作ってないんだ。感謝しろよ」
「モテないのを人のせいにしてる~」
「そういうの良くないってお母さんいってた」
だからモテないわけじゃないんだってば! と叫びたい。
王子モードの俺は顔よし性格よし頭脳よし運動よし家柄よしのパーフェクトな優良物件なんだからな。
「ライ兄って大人げないもんね」
「肝心なところで失敗しそう」
「顔に釣られて来た人に中身知られたら即刻幻滅されそう」
中々的確なところを突いてくるなお前たち。
確かに王子モードがオフの時の俺の姿を見られたら、一体何人のご令嬢が幻滅するか俺にはわかりません。え、全員? 冗談でもそれはやめて。
「……次の鐘が鳴る前にお前ら全員俺が捕まえたら今日の菓子は無しだ」
「えぇー!?」
「それはひどいよ!」
「全部ひとりで食べたら太るよ」
「黙れ」
ガキどもがグズグズ言っているが、今の俺はこの菓子を全部やけ食いしたい気分なのだ。
子供だろうと容赦せん。
「五分後に俺は動くからな」
「あっこれライ兄本気だ」
「逃げるぞ!」
そしてこの勝負はあと少しで勝てると思ったところで捕まえたガキを全員解放され、俺は誰一人として捕まえていない状態で終わりを迎えた。
菓子は全てガキの胃袋に綺麗に収まったのだった。
俺は、認めない。
*
掲示板の周りには人だかりが出来ている。
それもそのはず、今日は期末試験の結果発表なのだ。
「お嬢さま、人が多いですし僕が見てきましょうか?」
「いいえ、これは自分の目で確かめたいもの」
試験勉強は前世と比べ物にならないくらいしている。
どうしても勝ちたい相手がいるからだ。
私が現れると、掲示板の前に出来ていた人だかりが割れて前へ通してくれる。
身分が高いとこういう時助かる。
私が見るのは一番上。そこに誰の名前が書かれているか。
「お、お嬢さま、どうでしたか……?」
「……やったわニコル」
一番上に書かれていたのは私の名前、しかも満点。完璧だ。
私は心の中で「っしゃおらああぁぁッ!」と叫びながらガッツポーズを決めた。
それはあくまで心の中で、表面上は令嬢らしい微笑を湛えている。
「おめでとうございます! 僕、夕食を豪華にしていただくように頼んでおきますね!」
表に出せない私の代わりにニコルが飛び跳ねて喜んでくれた。
なにせ私は、初等部から続くこの争いにおける白星の数が圧倒的に少ないのだ。
「クリスティーナ様! おめでとうございます!」
「流石ですわ!」
「ありがとうございます、みなさん」
近くで結果を確認していたご令嬢が口々にそう言った。
私はゲームの悪役令嬢のように取り巻きは作っていないが、それなりに親しくしているご令嬢は多くいる。
みなさんとても可愛らしいのだ。どうせなら攻略対象に生まれたかったなぁ。
そう思いながらご令嬢たちを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「おめでとう、クリスティーナ嬢」
振り返るといつもと同じように微笑んでいる我が婚約者殿がいた。
それを見たご令嬢たちは私からすすっと離れていく。
婚約者との時間を邪魔しないようにって配慮なんだろうけど、私はこの王子よりあなたたちと話していたい。
でもそんなこと口に出せるわけもなく、私は必死に笑顔を作って王子に返事を返した。
「ありがとうございますライモンド殿下」
「満点だなんて流石だね。私は少し間違えてしまったよ」
殿下は眉を下げて苦笑した。
……もうちょっと悔しそうな顔しろよ!
私だけこんなに喜んでるのがバカみたいじゃない! 大体間違えたって言ってもあんただって一点しか落としてないし。
私の勝負の相手はライモンド殿下だ。まぁこの様子を見ればわかると思うが、勝負と言っても私が勝手にそう思ってるだけ。
いつもサラリと満点やそれに近い点数を取っていくこの王子に負けたくなくて、全力で勉強しているのだ。
「今度、勉強会でも致しますか?」
「いいのかい? 君から誘ってくれるなんてとても嬉しいよ」
嫌味に決まってるのになんで断らないんだよ! 今僅差で負けた相手にそう言われて普通に喜ぶとかおかしいでしょ!
「……いえ、たまにはそういうのもいいかもしれないと思いまして」
「もちろんだよ! その時は私が間違えた問題、教えてくれるかな?」
教えてくれるかな? だと?
一点しか落としてないんだからどうせ凡ミスか何かだろ! 教えるまでもなくわかってんだろ!
ムカつく! なんでこいつこんな余裕な態度を崩さないの。
でも遠巻きに見ているご令嬢のみなさんはキャーキャー言ってるし、これは断れない。
「……もちろんですわ」
私は絞り出すようにそう言った。
表に出してはいけない。あくまで微笑んで、余裕そうにしなければ。
「ありがとう。私はそろそろ行くよ。日取りについてはまた今度話そう」
そう言って王子は掲示板の前から去っていった。
私たちもどかなければ。私がこんなところにいたら他の生徒が遠慮して結果を確認出来なくなってしまう。
「ニコル、私たちも行くわよ」
「はい! お嬢さま!」
まだふわふわと嬉しそうなニコルは、ハッとしたように表情を引き締めてこう言った。
「あっ、僕その勉強会の日はお休みを頂きたく思います!」
「ごめんねニコル、人手不足だから無理かもしれないわ」
逃すものか。道連れに決まっているだろう。
「ニコル、街へ出かけましょう」
「ええー! 僕は嫌ですよ!」
試験の結果が出た次の日、学園がお休みで他の予定もなかったので久々に空いた時間が出来た。
街には本当にたまにしか行けないので、このチャンスを逃す訳にはいかない。
そしてこういう時にお供をするのは平民出身であるニコルなのだ。
でもニコルは「お嬢さまの身に何か起こったらどうするんですか!」と言って行きたがらない。
隠れてはいるけど一応護衛が付いているのに。
「いいじゃない。そう頻繁な訳でもないのだし。もう決めたわ」
「そんなぁ……」
「ほら、支度をするわよ」
いやいやと言うニコルをせかしながら、私は私で服の用意をする。
どこかの商家のお嬢さんが来ていそうな服だ。それくらいにしておかないと、街娘みたいな恰好だと私の容姿に合わなさ過ぎて逆に浮く。
しばらく待っていると平民の服を着たニコルが現れた。
こちらはなんの違和感もなく似合っている。むしろこの部屋の内装に似合ってない。
「さあ行きましょうか」
「なるべく早く帰りますからね!」
まだグズグズと言っているニコルを連れて私は街に下りた。
「おーいそこの嬢ちゃーん」
街をふらふらと歩いていると、露店の店主から声をかけられた。
「なにかしら?」
「これ買ってけ」
「……え?」
別におかしなことではない。露店の店主が客に声をかけるのは当たり前のことだ。
でも、
「この行列を捌いてからの方がいいんじゃないの……?」
「いーのいーの。俺の勘がアンタに売っとけって言ってる」
え、それでいいの? この露店にはかなり長い行列が出来ている。
それを無視して私に売っていいの?
隣のニコルもどうすればいいのかわからないのかおろおろしている。
ここで素直に買うべきなのか、遠慮しておくべきなのかを悩んでいると、列の一番最初にいたおっちゃんが豪快に笑った。
「気にすんな嬢ちゃん! コイツの気まぐれはいつものことだからなぁ!」
「それでよくこんなに繁盛しているわね」
「コイツの性格を差し引いても買う価値があるってことよ!」
味は信頼できるらしい。せっかくだから買ってみようかな。
「では、二ついただけますか?」
「お嬢さま、僕の分は大丈夫です!」
「遠慮しなくていいわよ」
「で、ですが」
「そーだそーだ。買わなきゃ呪うぞー」
「ひっ」
客に向かって呪うって……。本当に、よく繁盛出来てるな……。
呪うという言葉を本気で信じているニコルは置いておいて、一周回って感心してしまった。
そんなことを考えていると、店主は驚くほどのスピードであっという間に完成させた。
「どぞー」
「ありがとう」
「また来てくれよー」
そう言ってさっさと次の客の分を作り始めてしまった。
……一体何だったんだろう?
釈然としない思いを抱えながら、今買ったものにかぶりついた。
「あら? 美味しい」
パンに肉や野菜を挟んだだけのもの。なのに肉や野菜の火の通し方が絶妙で、味付けに使っているソースも深みがあるためとても美味しい。
「お嬢さま、こんなに美味しいところは珍しいですよ!」
「これは当たりを引いたみたいね」
私が引いたっていうより向こうに引かれたって感じだったけど。
「また行きましょう」
「僕あんまりあの人に会いたくないのですが……」
それは私も同じなんだけど、この味はもう一度食べたくなる。あのおっちゃんの言った通りだ。
この通りには気さくな人が多く、富裕層の恰好をしている私にも物怖じせずに話しかけてくれた。
気分転換が目的だった私は大満足だ。
これを落ち着いて食べる為にこの通りを抜けた人の少ないところに向かい。段差になっているところに二人で座った。
「食べ終わったら帰りましょうか。まだ勉強しなければならないことがあるもの」
「わかりました! 今日は結構早く帰ってくださるようで僕はとても嬉しいです!」
露骨に喜ぶニコルに呆れていると、元気な子供の声が聞こえた。
「やばい、追いつかれる!」
「今日もお菓子かかってるんだからぜったいつかまるなよ! おれたちが最後なんだから!」
子供たちの軽い足音がする。
会話の内容からすると鬼ごっこでもやってるのだろうか。
懐かしい。転生してからは一度もやってないなぁ。
「子供は元気ね」
「僕も小さい頃はああやって遊んでましたよ」
「ニコルなら今もあの中に混ざっていても違和感はないと思うわ」
「そんな……!」
最後まで残った二人の子が鬼から逃げているようだ。
その後ろから子供よりは重い足音が聞こえてきて、どんどん近づいてくる。
「っしゃあ! 捕まえたぁ!」
「わーっ! あとちょっとだったのに!」
「今日は俺の勝ちだな!」
「ライ兄大人げない~」
「お菓子~」
「渡すものか! これは全部俺のもんだ!」
なんか私の知り合いの声に似てるなぁ。でもこんなところにいる訳ないから別人なんだろうなぁ。
「僕、一瞬殿下がいるのかと思ってしまいました」
「殿下がこんなところにいらっしゃる訳ないじゃない。言葉遣いも全く違うでしょう?」
「そうですよね! 殿下があんな大人げない真似をなさるとは思えませんし!」
あの裏のありそうな王子でも流石に子供からお菓子を取り上げるような真似はしないだろう。
声質は殿下にそっくりだ。こんなに似てる人がいるなんて、世界は広い。
「今日はライ兄の八つ当たりじゃん」
「そうだよ。なんか誰かに負けたって言ってさぁ」
「お前らにこの悔しさはわからねぇよ! 一点だぞ一点! なのにあいつはすました顔で勉強会とか言いやがってさぁ! 嫌味か! 俺がどんだけ死ぬ気で勉強したか知らねぇんだろ! せめてもうちょっと嬉しそうにしろっての!」
「荒れてるね~」
「荒れてる荒れてる」
「なんの話なのか全くわかんないけどね~」
「あ゛ー、思い出したらイラついてきた!」
……あれー? 私にも身に覚えがあるんだけど気のせいかな?
「あ、あの、たまたまですよね? 期末試験の話ではないですよね……?」
「当たり前、じゃない」
「そう、ですよね……」
すると突然あの大人げない人が何かに気づいたように声を上げた。
「なぁ、新入りのガキっている?」
「え、何言ってるのライ兄」
「とうとうボケた?」
「ちげーよこの歳でボケてたまるか。なんかあっちの方から知らない声がしたんだよなぁ」
それってもしかして私たちのことでは…?
「俺、ちょっと見てくるわ」
そう言って足音が近づいて来る。やばいやばい。いや本人ではないのだろうけど。
「ニコル、逃げるわよ!」
「はいお嬢さま!」
ニコルと二人で急いで立ち上がる。
まだ食べきってないけど、別の場所で食べればいいか。
そう思って立ち上がったが、低いところに長く座っていたせいで足がもつれてしまった。
「きゃっ」
「お嬢さま!?」
転ぶ! そう思って反射的に目を閉じた。
だがいつまでたっても衝撃は訪れず、代わりに抱き留められた感触があった。
「大丈夫か、お嬢さ、ん……?」
ゆっくりと目を開くと、間近に私を助けてくれた人の顔があった。
……そしてその顔に、酷く見覚えがあった。
平民の恰好。珍しくもない茶色の髪。
でもこのキラキラした顔を間違えるはずもない。
「ライモン――」
「人違いだ俺はごく普通の平民ライだ」
「見間違えるはずないでしょう!? 本気で誤魔化したいならその目立つ顔をどうにかしなさいよ!?」
「生まれつきの顔をどうにか出来るわけないだろ! お前はバカか!」
「はぁ!?」
そこまで反射的に喋ってしまったところで、お互いに気が付いた。
さて私たちの今の恰好は?
まず王子。ごく普通の平民の服。鬼ごっこのせいか所々泥で汚れている。しかしその上には攻略対象のイケメンの顔が乗っかっている。
不思議なことに馴染んでなくはないが、浮いていない訳ではない。
そして私。商家のお嬢さんのような服装。これはセーフだろう。
でも手に持っているのは露店で買ったパン。そして恐らく頬に少々ソースが付いてる。アウト。
私たちが固まっていると、情報を処理しきれずに混乱したニコルがブツブツと呟きだした。
「僕は何も見ていません聞いていません殿下に向かって大人げないとか言っていません」
「……言ったんだな?」
「……ニコル」
「ひえっ」
ニコルのお陰で王子と私は少し落ち着いたが、冷静になればなるほど逆に混乱してくる。
なに、この状況……?
王子、普段と違い過ぎない? 口調とか態度とか。
あの裏のありそうな微笑は一体どこへ行った。試験で負けたことを子供に八つ当たりするとか、私の中の王子像が一瞬にして崩れ去ったんだけど。
ていうか王子にこんな設定あったの? でもこんな設定あったら平民上がりのヒロインに物珍しさで近付こうなんて思うだろうか?
平民の子供を見慣れているのにヒロインには興味を示すとかなにその矛盾。
それに王子の皮を被った悪ガキがメイン攻略対象ってその乙女ゲーム需要あるの?
もっと妹の話をたくさん聞いておけばよかった。
「……あー、クリスティーナ嬢? こんなところでどうしたのかな?」
「今更笑顔作っても手遅れです殿下」
「さっきのことは忘れてもらえると嬉しいな」
「その言葉そのままお返し致します。しかしわたくしも忘れたいと思っているのですが、強烈過ぎて到底無理そうなのです」
「ブーメランだな」
「本性出したな悪ガキ王子」
「俺をガキどもと一緒にするな」
「むしろあの子たち以下よ」
いつもと違い過ぎる口調と態度に、ニコルはおろおろと私と殿下を交互に見ている。
睨みあう私たちの間に、突如高く明るい声が割り込んだ。
「遅いよライ兄!」
「お菓子ちょうだい!」
「あれ、おねえちゃんだぁれ?」
さっき王子と鬼ごっこをしていた子たちだ。
王子と、鬼ごっこ……。
「私はクリスというの。このお兄ちゃんのお友達よ」
「えー! ライにいこんな美人な友達いたの!?」
「おねえちゃんかわいい!」
「おじょうさまなの?」
「子供は素直でかわいいわね」
「おい……」
薄っぺらな誉め言葉しか言えないどこかの誰かと違って。
そう思っているのがバレたのか、王子は私を半目で見つめてきた。
私は何か言いたげな王子の様子を無視し、王子に話しかける。
「お話したいことがあるのですが」
「奇遇だな。喫茶に案内するから、それでいいか?」
「ええ、構いません」
私は頭がショートしているニコルの意識をどうにか戻し、移動することを伝える。
帰るのは遅くなりそう、と言ったらニコルは涙目になった。
王子は子供たちの頭を一度撫でてから、私が元来た方の道に向かって歩いて行く。
でも待て。お前は大事なことを忘れている。
「お待ちください」
「なんだ」
「子供たちに、お菓子を渡さないのですか?」
まさか本当にお菓子をあげないつもりではありませんよね?
王子殿下ともあろうお方が子供相手に八つ当たりする訳がありませんよね?
にっこり、イイ笑顔でそう言った私を見た王子は盛大に顔を顰め、渋々と言った様子で子供たちにお菓子を配ったのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
たくさんの方が評価してくださり、この度連載に踏み切ることに致しました。
評価、ブクマをしてくださった方、感想を書いてくださった方、本当にありがとうございます。
婚約者の性格が原作と違うのですが《連載版》の方も、どうかよろしくお願い致します。
追記(7/27)
7月27日発売の『悪役令嬢ですが、幸せになって見せますわ!アンソロジーコミック』の第三弾に、本作「婚約者の性格が原作と違うのですが」が掲載されました。
『悪役令嬢ですが、幸せになって見せますわ!アンソロジーコミック』には、「小説家になろう」発の短編が5本されております。どの作品もとても面白かったので、是非読んでみて頂きたいです。
詳しいことは活動報告に載せてあります。
サンプルとしてコミカライズの1ページ目も載せておいたので、ご興味のある方は是非ご覧ください。
この度コミカライズして頂けたのは、偏に応援してくださった皆様のお陰です。本当にありがとうございました。