08 屋敷(1年目)
ランチを食べ終わるとまずは生活雑貨店に入った。
生活に関わるたいていの物はダーミッシュ家から支給されるのだが、消耗品だけは自分でお店を見つけて買わなければいけない。
「ここのお店の石鹸は安くて香りが良いんです。私のオススメはりんごや桃の香りですが、どうですか?」
「りんごでお願いします」
ニーナさんオススメの店だけあって、ノートや鉛筆、髪止め紐に櫛など種類豊富で、どんどんテオの持つかごに入っていく。
ニーナさんが熟知しているお陰で買い物は早く終わりそうだ。
私服も数着購入し、次の店へ行く途中で見たことのある姿が目にはいる。新人護衛のカールがこちらを見ているのだ。
「あれ?なんでカールさんがいるんだろ。おーい」
「でも様子がおかしいですね。睨まれる覚えはないんだけど……怖いわ」
テオも気付き、手を振る。カールがこちらへ近づいてくるが、その顔は非常に暗くどこか危ういことに、私だけではなくニーナさんも怪しんだ。
私には心当たりがあり小声で伝える。
「テオは昨日、ニーナさんは朝の着替えで見たと思うんだけど……私のお腹の痣はカールさんに蹴られたからなんです。そのあと私怒っちゃって色々言ったから、そのせいかも」
「は?あんな痣になるほど強くか?」
「体が飛ぶほどに」
「カールさんが……っ!?信じられないわ」
カールがエミーリア様の誘拐に関わってる可能性や、剣まで抜かれたことは伏せておく。
それでもテオは驚き、ニーナさんの顔は歪む。カールが私たちのそばに来た時の空気は最悪だった。
言わない方が良かったかもしれない。
側まで来たカールは二人には目もくれず私を睨んできた。
「お前のせいで俺の立場がなくなったんだ。だというのにスラムのガキの癖に、お前が尊き貴族の使用人だと?お前はずっとスラムで過ごして餓えれば良いものの」
逆恨みも甚だしい。さて、なんて返そうかと考えている間にニーナさんが話し出す。
「これは旦那様のご判断です。子供相手に何を怒るのです」
「ニーナちゃん、テオ、君たちは悔しくないのかい?俺たちが苦労して手に入れた貴族の使用人の肩書きを、このガキは偶然そこにいただけで手に入れた」
「ダーミッシュ家が尊き貴族ならば、我々使用人は従うのみです。ここで、セリアを蔑むことは旦那様たちを蔑ろにすることになりませんか?言葉を慎しんだほうがよろしいかと」
「君は何も分かってない」
「子供を蹴るような人とは分かり合えなくて結構です。何があったんですか?私の知るカールさんは誰にでも優しい人でした」
「そうだよ!カールさんどうしたんだよ?」
「……」
カールは苦しげに口をつぐんだ。以前と今の彼の性格の違いにニーナさんとテオは戸惑っていた。
数秒見つめあっているとカールは頭を押さえだし、何か独り言を言い始めた。
「……の方が良いはずだ。……なんで……違う。そうじゃないんだ。俺は何を…」
私たちはハッキリとは聞こえないが、彼の顔は青ざめ苦しそうだ。ニーナさんが心配し、一歩近づくと、カールはハッとして「すまない」と言い残すと立ち去ってしまった。
「ごめんなさい」
この重い空気は私のせいではないかと思い、なんとなく謝ってしまう。
「いいえ、セリアに非はありません。今日はもう帰りましょう。今日のカールさんの様子を旦那様に報告したいですし、メイド長にはまたセリアと買い物に行けるよう頼んでおきます」
「良いんですか?」
「勿論です。今度は靴とかばんを買える革物屋を紹介します。それまでメイドシューズで我慢してください」
「俺もまた手伝うからな!遠慮するなよ」
「二人ともありがとうございます。大丈夫です!」
私たちは言葉数が少なく、そのまま重い雰囲気で屋敷に帰った。
翌日、朝礼でカールは急病でダーミッシュ家の領地で療養することになったと聞かされ、それ以降戻ってこなかった。
**********
数日後――――午後からはテオによる勉強会も始まった。
テオの両親はダーミッシュ家の領地で学校の教師をしており、テオも手伝いで小さい子たちに文字の読み書きを教えていた。小さな子が飽きない工夫がされており、私も楽しく学べている。
「テオさんは教えるのが上手いなです。楽しいです」
「勉強が楽しいとか変わってるな」
「知識は財産だ、です。お金が貯まってると思えばウハウハかと」
「おまえ字も知らないのに偉そうな単語は知ってるんだな」
「ダニエルさんが言ってた言葉です。神の言葉は忘れません」
「おいおい、セリアにとって執事長は神なのか」
実は午後の勉強が始まる前に、ダニエルさんが声をかけてくれたのだ。
「あなたの歳から勉強し、皆に追い付くのは大変でしょう。でも知識はどんな武器にもなる貴重な財産と思いなさい。あなたなら、勉強できる大切さがわかると思ってますよ」
おそらく、慣れない勉強を嫌にならないか心配してくれたのだ。この世には勉強したくても、できない人も多くいることを私は知っている。末端の新人にまで心配りをしてくれる、ダニエルさんの期待は裏切れない。
「よしセリア、5分休憩しよう!」
「はい。テオさん、その……今更なんですが、一昨日は見苦しいものを見せてしまって、ごめんなさい」
「──はぁ!?」
なかなか二人になれずタイミングを逃していたが、逆セクハラについてやっと謝れた。言いたくて仕方無かったから、スッキリする。
「あの事か。おまえは悪くないだろ……いや、女と申告しなかったから悪いのか?」
「そうです。だから謝りました」
「でも、まぁ、うん、そうだな。悪いと思ってるなら罰を与えよう」
「なんだと!?」
そんなに見たことが心の傷になっていたとは、申し訳ない。罪は償おう。神妙に頷く。
「俺のことテオって呼び捨てにして、休憩時間くらいはタメ口な?」
「――――?」
「ずっと気を使って丁寧語なんて疲れるだろ?俺も同世代がいなくてさ、気軽に話せる相手が欲しかったんだ。だからタメ口な!丁寧語はメイド仲間の会話で覚えろよ」
「分かった」
全く罰じゃない。うん、テオはお兄ちゃんなのだ!お兄ちゃんと呼んだら怒られるだろうか。
夕方には楽しい勉強会が終わり、仕事に戻って取り込まれた洗濯物の畳み方の練習をして、一日が終わった。
とても充実した平和な一日だった。こんな日が長く続くことを祈って、眠りについた。




