07 屋敷(1年目)
ドンドン!
(───襲撃!?)
「セリア朝ですよ!開けてください!」
晩夏の太陽が登ってきたばかりの朝、私は強めのノックの音で飛び起き、避難経路を確認してしまった。どうやら襲撃ではなく、起こしに来てくれたらしい。
すぐさまベッドから飛び起きて扉を開けると、扉の前には見知らぬメイドが立っていた。
彼女は16歳の先輩メイドのニーナさん。メイド長のスザンナさんの指示で私の世話係になったとのこと。
早番の使用人による朝礼があるようなので、顔を拭いてからメイド服に着替えるが、寝癖がついていたようでニーナさんが手早く直してくれる。
準備が終わり集合場所の厨房へ行くと、すでに集まっており、スザンナさんが隣に来るよう手招きをする。隣に立つとスザンナさんが2度手を叩くことで使用人の目線が集まる。
「皆さんおはようございます。本日よりメイドに新人が入ります。噂で聞いているでしょうが、お嬢様たっての願いで連れてきた者です。教育係にニーナをつけますが、皆さんもきちんと教えて下さい。さぁ」
スザンナさんに促され、一歩前にでる。
「セリアです。今日からお願いします」
「朝礼は以上です。本日も頑張りましょう」
「「「はい」」」
一斉に使用人たちは仕事場へと向かう。私はスザンナさんから個別の説明があると呼び止められた。
「本当は私が起こして後にニーナを紹介してから、彼女に任せるつもりだったんだけど許してね。1日のあなたのスケジュールはニーナに伝えてあります。ニーナは若いけどしっかりしているから、言うことを聞くように」
「はい」
「ニーナ、テオと一緒にセリアを頼みましたよ」
「承知いたしました」
そういってスザンナさんは忙しそうに、消えていった。スザンナさんはメイド長の他にリア様の侍女も兼任しているから多忙なのだ。
今日は特別に午後からは、ニーナさんとテオが日用品の買い物に連れてってくれるみたいだ。メイド服以外の着替えも何も持ってないからありがたいが、お金のことが心配だった。
「男爵家では就職祝にお金をくれるんですよ。貴族の使用人が貧しい格好で出歩いたら、品格が落ちてしまいますからね。だからみんなも最初は祝い金で新しい服を買ったりして、身なりを整えているのです」
「どんな服を買えば……」
「今回は私が服を選んであげます。そして、私も後輩であるあなたに対しても敬語を心掛けます。真似をして早く習得してください」
「ありがとうございます」
ニーナさんは言い切ると、歩き出してしまった。ニーナさんはクールで真面目な方のようだ。
初めてのメイド業は洗濯だった。服は丁寧に手洗いで綺麗にして、シーツやテーブルクロスは懐かしの2槽洗濯機に似た魔道具を使って分けて洗う。私がスラムで集めていた魔石は魔道具を動かすエネルギーで、前世で言うとバッテリーや電池の役割を持つ。魔道具は昭和中期~後期の家電ほどの発展具合だ。
魔石、魔道具と聞いていよいよファンタジー小説の世界に異世界転生かと期待をしたが、一部の優れた人でも生活魔術程度で奇跡の力と言われるレベルだった。
魔術でモンスターを倒せないかと聞いたら、「本だけの世界ですよ。想像力が豊かですね」って鼻で笑われてしまった。というよりモンスターが存在していなかった。夢を持ってもいいじゃないか……しゅん。
今日は昨日着ていた自分のメイド服とシーツを使い洗濯の練習をした。ニーナさんの許しが出れば、他の使用人の物も任せてもらえるようになるらしい。
そして洗濯物の後は屋敷での他のメイド業はどんなものがあるかを見せてもらった。
途中の廊下で、旦那様の執務室に入るエミーリア様を見かけたが今日も可愛らしく、目が癒される。彼女は今日も天使だ。
昼が近づくと遅番が出勤し、引き継ぎを行いつつ一緒に作業する。ダーミッシュ家の皆様のランチが終わった頃に、早番は昼休憩を頂くタイミングでテオが私たちと合流した。市井の雰囲気を知った方が良いと提案されたので、テオの案内で外で食べることにした。
メイド服で出掛けてもお使いにしか見えないそうなので、そのまま行くことになるが、黒髪黒目が気になると言うと、ニーナさんが帽子を貸してくれた。
商店街を歩くのは初めてで、ワクワクが止まらなかった。おしゃれな服屋、可愛いスイーツ屋、ゴージャスな宝石屋――――歩いている人たちもキラキラしている。
「ここは貴族の居住区が近いから高級店が多いけど、少し進むと平民も通う店が見えてくる。王都では一番の商店街さ。この通りを曲がると……ほら、見えてきたぞ!」
テオが指差す先に視線を向けると、通りには八百屋にアクセサリー店、カフェに生活雑貨店などがカラフルに入り乱れ、人も多く活気に満ち溢れていた。
「す、すごい!夢の世界だ……世界です!」
「な?知り合いの店もあるからそこで食べよう!」
「では、さっさと食べて買い物しましょうね。時間は限られてます!」
「はい!」
「ニーナさん、気合い入ってんなぁ」
少し歩くとテオおすすめの店に入る。テオは慣れた様子でメニューを頼んでくれた。勝手に厨房から水を取ってくる様子から、相当な常連客のようだ。
出てきたメニューは前世のオムライスそのままで、非常に美味しかった!また泣いてはダメだと、無心になって食べた。小説では異世界のご飯が合わないって書かれてるけど、そんなことはなく私には合っている。
テオは悲しそうな顔をして「大きくなれよ」と肉団子を分けてくれた。ガリガリの私がよほど心配らしく、まるでお兄ちゃんだ。
食べ終わるとさっそく動き出す。
「じゃあ行きますよ!テオ君、荷物持ち頼むわよ!」
「はーい」
「え?私持ちます!」
「セリア、良いのです。これは男の仕事なんです。ね?テオ君」
「……ソウデスネ」
そして、気合い十分のニーナさんに引きずられるように店をまわりはじめたのであった。