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56.5 卒業(アランフォード①)

 

「本当によろしかったの?わたくしと婚約して……」



 卒業パーティの入場を待っていると、美しい婚約者であるアンネッタが私に寄り添いながら聞いてくる。



「今更だろう。私はアンナと共に歩むことを決めたんだ」

「そうでしたわね」



 アンネッタは植物園でエルとセリアが結ばれようとしていた時も同じ事を聞いてきた。彼女は私よりも私の気持ちを分かっているかのような口振りだった。いや、実際そうなんだろう。



 私はきっとセリアに恋をしていたのかもしれない。アンネッタとの婚約を発表するこの日になって()()()()()()を自覚するとは、自分でも呆れる。





 私の容姿は他者から見れば随分と優れているらしい。幼い頃から『お友達』として紹介された令嬢たちは私の容姿を褒め、少しでも優しくしたら問題が起こる。



「アランフォード殿下は私に優しくしてくれたのよ!」

「それなら私だって。殿下は私を気に入ってるの」

「違うわ。皆さん馬鹿ね、婚約者候補は私よ」



 根拠のない喧嘩が始まり、各家の親は娘の妄言を真に受けて、へらへらと手を擦り合わせ近づいてくる。



 恐ろしくて社交辞令も言えやしない。私はすっかり女性不信になっていた。大丈夫な女性はクリスティーナやアンネッタなど血縁者の女性くらいだ。



 同性も似たようなものだ。少し仲良くなったと思ったら実力もないのに側近候補だと自慢し始める。子供ながらに私は冷めた目で見ていた。

 その中でも媚びることもなく、王子の私に遠慮することなく実力で対抗してきたエルンスト、ゲイル、ギュンター、グレンを気に入ってすぐに候補に引き込んだ。



 それでも尚、私の『友達探し』は続けられ、ある日お茶会の場で私は誘拐されそうになってしまう。誰もが怯えるなか、エルンストが私を捕らえていた犯人の腕を噛んで私を救い、代わりに連れ去られてしまった。



 エルンストは優秀な秘書官や文官を輩出するグレーザー家の次男。生真面目で勤勉だが人見知りが激しく、お茶会でも本を持ち込んで読んでいるような奴だった。


 そんなエルが勇気を出して私を助けてくれた。私の中で彼は小さな英雄となり、ひたすら誘拐犯から無事に戻ってくることをアンネッタと祈り続けた。

 数時間たっても進展がなく、もし私のせいで彼が死んでしまったら、私は……私は……と思い詰めていた頃――――



「アランフォード殿下、ただいま戻りました!救世主って本当にいるんですね!真っ黒で綺麗で強くて、それで俺は彼のようになります!」

「エ、エルンスト!?……あ、あはははははは!何だそれは」



 誘拐される前よりも元気で、性格もどこかぶっ飛んだ状態のエルンストが戻ってきた。あまりの変わりようが面白くて、落ち込んでいたことも忘れ笑ってしまったが仕方ないだろう。

 私とエルの距離はぐっと縮まり、側近候補の枠を越えて親友となった。



 それからエルは秘書官の道を捨て、騎士を目指すようになった。

 元々運動をしてこなかった貧相な体の少年だったのに一日のほとんどを鍛練に費やし、栄養学まで学んで体作りを行い、救世主である黒猫に祈りを捧げ……黒猫信者と化した彼はそれはもう凄まじい成長を遂げた。武人家系のギュンターを超えるほどに強くなった。

 真面目なエルは常に騎士らしく、私を優先し助け、時々予想外のことで笑わしてくれた。



 そして14歳になったころ、父である国王陛下より指示が出された。



「ここ数年、国内の貴族の間でよからぬ空気が漂っている。お前は学園に入学し令息令嬢の行動を監視せよ」

「承知しました」

「また婚約者候補をアンネッタと決めた。アランフォード、お前が自ら相手を見つければ無効になる。その時はエルンストをアンネッタと婚約させることになった。覚えておきなさい」

「はい、承知いたしました」




 そうして入学を果たしたが、学園では監視も何もできたもんじゃなかった。以前は子供の所業と許せたものの、成長しても令嬢たちは執拗にまとわりつき、令息は媚を押し付け見返りを求めようとする。


 だが、ここは平等を掲げる学園内で王子の権力を使って牽制も大っぴらにできず我慢の日々が続いた。満遍なく学園内を監視するために、エルたち側近候補は意識してバラバラに行動していた。



 進級し2年になったころ、追っかけは更に激化した。いつもは笑顔で全てをスルーするのだが、さすがに疲れ、誰も立ち寄らなさそうな植物園に逃げ込んだ。


 怪しいマーブル模様の木に、煙を出している灰色の花に、笑い声がする茶色い花のような何か……逃げ込んだものの気持ち悪さに躊躇してしまった。しかし追いかけてきた令嬢たちの声が聞こえ、悩んでいる時間はもうない。どの方向へと進もうか見渡すと、ある生徒と目が合う。



 その生徒はスカートをはいてるのにも関わらず木の上に登っており、そのまま飛び降りたため一瞬意味が解らなかった。彼女は足音をたてず私の所に来ると、冷静な眼差しで奥に行くよう指示して庇ってくれた。



「遂に殿下にこの植物園の素晴らしさを伝えるチャンスが来たのですね!あぁ虫をパクっと食べる姿が可愛いあの子や、血のような分泌物を出す美しいあの子をご紹介しなければ!」



 という狂った事を言って、令嬢たちを追い払ってくれた。想定外の追い払い方に私は笑いを堪えるのに必死だった。彼女の言葉を聞いて、改めて気持ち悪かったはずの植物を見ると可愛く見えてくるではないか。


 しかし見知らぬ女生徒に借を作ってしまった……どんな見返りを要求されるかと再び気持ちが沈みかけたが、彼女は見返りを求めず、名乗りもせず立ち去ってしまった。



 冷静に対応してくれたが彼女は緊張していたのだろう。ランチボックスも水筒もブレザーまで忘れていった。

 まぁ良いだろうとシートに寝転がると、いい香りがする。はしたないが香りがするランチボックスを覗くとドライフルーツ入りのスコーンが入っていた。そして私はまだ昼を食べてないことを思い出す。



「ここにあって野鳥に荒らされたら大変だよな。荒らされるくらいなら私が食べた方が良いよな!ということで、謎のレディすまない。いただきます」



 勝手に頂くと、お忍びで市井に行って買って食べた懐かしい味がした。子供の頃の思い出の味と言うのだろうか。国民に顔が知られてから市井にはもちろん足を運べないし、従者に頼んでも「殿下が食べるには相応しくありません」と断られていた。



「また来たら食べられるかな?」



 私はまたここに来ようと決め、植物園をあとにした。


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