56 卒業
「セリア、僕とも踊ろうよ。エルンスト、彼女を借りてもいいかな?」
「俺はかまわない」
そろそろ視線から抜けられると思ったら、エルンスト様との2曲目が終わったタイミングで笑顔のルイス様によってダンスの輪に連れ戻される。そしてエミーリア様はエルンスト様に誘われ踊り始めた。
「ルイス様、ご卒業おめでとうございます」
「うん、ありがとう。セリアのドレスとても似合ってるね。エルンストも喜んでるでしょ?」
「それが、ずっと困り顔なんです」
私は先程のやり取りをかい摘まんで話すと、ルイス様まで困り顔になってしまう。
「もう、セリアは鈍感すぎだなぁ。それはねセリアが想定よりも魅力的になって直視できないんだよ。エルンストも大変だね」
「そんなまさか……」
自分でドレスを選んでおいて直視できないとか……ルイス様に指摘され驚いてしまう。そんな私をくすくすと笑いながら曲の終盤に入る。
「セリア、僕は先に卒業しちゃうけどリアの事を頼んだよ」
「勿論です。ルイス様以外には渡しませんよ」
「え、僕の気持ちに気付いていたの?」
「え、どうみてもそうですよね?」
ルイス様は鈍感な私は知らないと思っていたらしく「参ったなぁ」と苦笑しながらダンスを終えた。自分のことには疎くても、エミーリア様とルイス様の事は徹底リサーチ済みである。
学園で色々な男性を見てきたが、ルイス様以上にエミーリア様に相応しい人は見つからない。エミーリア様も最近ルイス様を意識し始めたようなので、テオと手を組んでお二人をくっつける作戦を立てている。
エルンスト様の元に戻ると、彼は果実水のグラスを渡してくれ、乾いた喉を潤す。果実水の冷たさが火照った体を冷やしていった。私は思った以上に緊張していたみたいで、彼はその事に気付いていたようだ。
「ありがとうございます」
「良かった。あまり側を離れるなよ」
ルイス様の言っていたことは本当のようで、エルンスト様は平静に見えるが、少し耳が赤くなっている。硬派なイケメンなのに可愛らしくてじっと見つめると、更に耳が赤くなり何だかんだ癖になりそうだ。
「そうあまり見るな」
「いや、どんどん見ろセリア。エルが面白い」
「アラン……お前はまた」
エルンスト様が照れているとアランフォード殿下がからかいにきた。隣には婚約者のアンネッタ様が幸せそうに寄り添っている。
「アンネッタ様、ご卒業とご婚約おめでとうございます」
「ありがとうセリアさん。嬉しいわ」
アンネッタ様と挨拶をしていると、アランフォード殿下が私に手を差し出した事でまわりがざわめく。
「レディ、良かったら私と一曲いかがかな?」
「セリアさん、私からもお願いするわ」
「ぁ、はい。喜んで」
そして次は私はアランフォード殿下に連れられ、アンネッタ様はエルンスト様と共にダンスを踊り始める。王子と平民というあり得ない組み合わせに更に視線が集まるが、王子の足を踏むわけにはいかない。視線は無視することにした。
「本当にセリアがいると、新しいエルが見れて飽きないな」
「殿下はエルンスト様が大好きなんですね」
「なんか勘違いされそうな言い回しだが、一番の親友として好きだな。さて、もう少し遊んでみるか」
殿下の手が腰から少し上になり背中に添えられホールドが少し変わる。アランフォード殿下の意味ありげな目線を追いエルンスト様を見ると……冷気は出していないが睨まれてる。
「エルンスト様はどうしたのでしょうか」
「それは私がセリアの背中に触れているからだろう」
「……???」
「レース生地の上からとは言え素肌に近い。自分以外の男が触るのが気に入らないんだろ、あぁー怖い怖い。自分でこのドレスに決めたくせに」
アランフォード殿下は笑いを堪えながら手を腰に戻して器用にリードしてくれる。私にとっては腰の方がやらしく感じるのだが、前世の世界と基準が違うようだ。
「うーん、それにセリアの危機感の無さすぎも問題だな。私が触っても無関心とは……少し寂しいな」
「まずいですかね?」
「まずい。君に好意を抱く他の男もその隙を狙って触ろうとするから気を付けろよ。過ぎると嫉妬したエルに捕獲されるぞ、危ない意味でセリアも、手を出した男も」
「――――っ!き、肝に命じます」
ヤンデレ疑惑を思い出してすぐに気を引き締め返事をすると、アランフォード殿下は神妙に頷く。他の男性に触られたら睨んで威嚇しよう。
アランフォード殿下の忠告を感謝して別れるとすぐにクラスメイトの男子に誘われて踊り出すが、誰もが紳士的で触れるものはいない。さすがクラスメイトの人達は良い人ばかりだ。
一段落してエルンスト様の元へと戻ると、どこかホッとした表情だ。
「たくさん踊ったのを見せたから、怪しい令息から誘いがあっても疲れを理由に断れるだろう。本当に疲れただろうしな」
「はい、少し疲れました。でもクラスメイトばかりで安心して踊れてラッキーでした」
「それなら良かった。庭園のベンチで休もう」
二人でパーティーの騒々しさから離れ、人気の少ない奥のベンチに座りドリンクを飲む。今の関係なら頼み事しても許されるかな?
「エルンスト様……その……私も愛称で呼んで良いでしょうか?」
「もちろんだ、エルと呼んでくれて」
「ありがとうございます、エル様」
「いや、様はいらない。もう一度」
ずっと様付けに慣れていた私にとって呼び捨ては予定よりハードルが高く、なんだか胸の奥がムズムズする。心の中で『嬉しい』と『恥ずかしい』が同時に騒いでる。
でも彼により近づきたくて、勇気を出して目を合わせながら口にする。
「……エル」
「うん、そうだ」
今日はずっと恥ずかしそうに目を逸らしていたが、久々にエルンスト様が私を愛おしそうな夕焼けの瞳で見つめる。ちょうど日没を迎えており、より彼の瞳のオレンジがより綺麗に映る。
私はその瞳に吸い込まれるように、そっと重ねるだけのエルンスト様の優しいキスを受け入れた。
「…………」
「すまない、我慢できなかった」
「……い、いえ」
「料理でも見に行こう」
私はもう頷くだけで精一杯で、エスコートされるままにエルンスト様についていった。
精一杯になった私とは逆にエルンスト様はどこか余裕を見せはじめ、形勢逆転した気分て悔しい。
でも恋愛偏差値の低い私にとって、通算人生においてファーストキスであって……もう勝てる気がしない。
そうして卒業パーティーは夜遅くまで続き、平和に幕をおろした。




