54 お茶会
「まぁお似合いですこと」
「これで男性ではないのが惜しいですわ」
「なぜ女性なの……っ!」
なんでこうなったのだ。
先日アンネッタ様にお茶会にご招待され、数日後アンネッタ様のご実家ミュラー侯爵家を訪ねた。馬車から降りた途端すぐに部屋に連れ込まれ、侍女たちに脱がされるまま着させられて、状況を確認する前にお茶会に引きずり出された。
今の私は艶のある短い黒髪のカツラをセットされ、顔は化粧を落とされている。首より下は黒い詰め襟の軍服に似た礼服を着させられて、更にシークレットブーツを履かされた。腰には細身の模擬剣をぶら下げて、アンネッタ様に指示されるがまま背筋を伸ばして棒のように立っている。
いわゆる男装というやつだ。
それをアンネッタ様が率いる他16名の令嬢たちに囲まれて、うっとりと観察されているのが冒頭の情況だ。
しかも、令嬢のなかには目をキラキラさせたエミーリア様と先日私を呼び出した令嬢までいて意味が分からない。
「アンネッタ様、なぜ私はこのような姿を?」
「こちらの皆様はエルのファンの方々よ。セリアさんにお聞きしたいことがあるらしいの。折角だからあなたの魅力を私から伝えたくて男装させたのよ」
男装は令嬢らしさから離れており、ファンを納得させるには不似合いなのでは……と思ったけれど、令嬢たちが私の姿に頬を赤く染めているところを見ると正解らしい。
遠い目をしてしていると、ピシッとひとりの令嬢が手をあげた。
「私から宜しいかしら。どちらから告白したのですか」
「エルンスト様からです」
「プロポーズの言葉はありましたの?」
「は、はい。有り難いことに頂きました」
は、恥ずかしい。なんで大勢の前でなれ初めを告白しなきゃいけないのだ。エミーリア様に助けを求めるように見てみるが、全てを知っているはずのエミーリア様までうっとりしながら聞いている。くっ、味方がいないっ!
すると順番が来たのか、先日の呼び出し令嬢がおずおずと気まずそうに質問してくる。
「先日の殺気のこもったオーラは怖くありませんの?」
「怖かったですが、十分に耐えれる程度です」
「別れたいとは?」
「全く思いません。別に命に関わることではございませんので」
「……私が愚かでした。しかも庇って頂けて助かりました。先日は申し訳ないことを……ごめんなさい。そしてありがとう」
性格が変わったように令嬢は謝罪の言葉を口にする。
実はあのあとエルンスト様に私を呼び出したことがバレてしまったらしいのだが、私の意思を尊重してくれたため軽い口頭注意で済んだらしい。
昨年、侯爵家の三女である令嬢はエルンスト様に一目惚れして、グレーザー伯爵家に縁談を申し込んだが断られたらしい。だから侯爵家の自分が断られ、黒猫といえど平民が選ばれたことが許せなかったようだ。他の令嬢も似たような感じだ。
グレーザー家は伯爵位ではあるが実績と影響力を持っているため、格上にも堂々と意見できるらしい。だから縁談も断れるし、制裁も容易い。
本当に私が現場で平気なふりをしていなかったら、危なかったようだ。
あれ?アランフォード殿下やアンネッタ様に報告するとおおごとになるから俺に伝えろと言っていた黒猫狂者は誰だったかな?ははは…………
「これでエルンスト様がセリアさんを選んだ理由がなんとなく分かりましたわ。愛ならともかく殺気も受け止めるなんて私には無理ですもの」
「そうですわね。こんな美少年である黒猫に助けられたのならエルンスト様も惚れてしまうのも納得ですわ」
「というより私はエルンスト様より黒猫様の方が好みだわ。華奢な体つきなのに強くて、暗い過去がある……ふふふ」
最後だけ怪しい発言が聞こえ背中に悪寒を感じたが、エミーリア様も大きく頷いていて相変わらず味方がいない。もはや私は女として見られていないのかも。成長したのにも関わらず、男に見える容姿にちょっぴり悲しくなる。
ようやく質問攻めが落ち着き、私もようやく席についてお茶を口にした。令嬢たちに人気のフルーツが漬け込まれた甘い紅茶が、疲れた心に染み渡る。
精神がガリガリ削られたが、社交界での味方が出来たと思えば悪くないかもしれない。
そのあとは何故かリクエストタイムになった。
令嬢たちは乙女小説で流行りの「胸キュン」というものを体験するために、私に男らしさを求めてきた。言葉遣いを上から目線の男っぽくして欲しいとか、抱き締めて欲しいとか、お姫様抱っこして欲しいとか要望された。
婚約もしていない男性と安易に触れあうなど御法度だが、代わりに少年に見える私を使って恋人の疑似体験をしたい年頃なのかもしれない。令嬢の趣味が分からない。
でもモジモジと可愛らしくおねだりする令嬢の願いを断れず、応えることにした。本当に鍛えていて良かったし、今世のハイスペックな肉体に感謝している。ここまでお姫様抱っこ4人、ハグ8人、忠誠ポーズ2人。
「最後は貴女ですわね。さぁセリアさんの前に」
「では抱き締めて頂きたいわ」
「ほら、オレの近くに来い」
リクエスト通りにスラム時代の男口調に戻して、アンネッタ様の進行に従い順番に叶えていく。令嬢は嬉しそうに胸の中に飛び込んでくるので、優しく抱き締める。
すると、扉の方から視線を感じ令嬢から目線を移動させると彼と目があった。
「どうかしまして?」
「エルンスト様……」
エルンスト様は目を見開いて私の男装した姿を凝視していた。
気付いた令嬢たちはエルンスト様にピンクの視線を送りはじめる。さっきまで私にキャーキャーいってたくせに裏切り者め!いや、最初からエルンスト様のファンか。
表情が戻ったエルンスト様がお茶会を開いている部屋へと入り、ホストのアンネッタ様に挨拶をする。
「あらエル来てたの?」
「あぁ叔母上に呼ばれてな。少しセリアを借りていいか?」
「もちろんよ」
良くない!
でも抵抗する理由もなく、私はガン見するエルンスト様の隣にいく。すると令嬢たちから「絵になるわ」と黄色いため息が漏れる。皆様そういう嗜好をお持ちのようだ。
それよりもエルンスト様だ。私は男装、さっきまで腕の中には可愛らしい令嬢。ヤンデレ疑惑がある彼の発言はおそらく……
「セリア、浮気か?」
「そんなわけないだろ!」
「――――ふ、冗談だ」
予想的中により思わず黒猫口調でツッコミを入れてしまうのは仕方ないだろう。だが前のように冷気は放っておらず、穏やかな顔で笑われた。
「やはりそういう格好も似合うんだな。黒猫が少年だったらそんな姿だったのかもな」
「私は女としての自信を失いそうですが」
「そう言うな、俺はどっちの姿でも好きなのは変わらない」
「──っ!」
なんて事をサラッと人前で言い出すのか!恥ずかしくて赤面してしまうと、エルンスト様も自分の発言に気づいたのか手を口元に当て「すまない」と恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。
バタン
音がした方を見ると、側にいた令嬢が目眩を起こしたのか倒れてしまっていた。
慌てて支え、貧血かと思い顔色をうかがうがどうも赤い。すると少し意識を取り戻した彼女は「と、尊い……」と呟いてまたぐったりしてしまった。
まわりをみるとアンネッタ様とエミーリア様以外はみな熱を持ったようにふらついている。
「あら、もうこんな時間ですわね。本日はお開きとしましょう」
「そ、そうですわね。お邪魔しましたわ」
「はぁ……素敵なお茶会でしたわ」
令嬢たちの異常を無視してアンネッタ様が突然解散の音頭をとるが、誰も文句を言わずに帰ってしまう。
エミーリア様はアンネッタ様とエルンスト様にお話があるようで、私は不思議に思いつつ挨拶をして先に寮へと帰った。




