53.5 回想(リリス①)
私、リリス・アンカーは転生者である。
弟のリストが誘拐されたと知らされた時にショックで倒れ、雪崩に巻き込まれたように前世を思い出した。
私は家電開発の仕事をする工学系オタク女子だったのだが、30代目前で巻き込まれ事故で死んだ。
そして、今世の記憶と前世の記憶を整理して気付いてしまった。この世界は私が死ぬ直前まで夢中になった乙女ゲーム「ショコラマジック~甘い時間を求めて~」の世界そのものだということに。
ハッピーエンドからバッドエンドまで全ステージをコンプリートして、浮かれた私は信号無視の車に気が付かず轢かれそのまま……本当に情けないわ。
ショコラマジックはヒロインが学園や市井に通い、そこで出会うイケメン達を攻略するシナリオ。王道で定番の乙女ゲーム。
攻略者は6人。
一番人気の第三王子アランフォード。宰相の次男ゲイル。副団長の長男ギュンター。魔法研究所所長の三男グレン。ダーミッシュ家養子ルイス。そして私の弟、豪商の息子リスト。
王子とその側近候補は幼い頃に共通の友人が誘拐され殺されたことから人間不信。ルイスは継母からの虐待による人間不信。リストは誘拐された上に犯人に虐待され片目を失明し人間不信。
そんな彼らの心を救い真実の愛に出会うストーリーがショコラマジック。
攻略対象の共通点は人間不信の他に、お菓子が大好きということ。通常イベントの他にお菓子を作るミニゲームを成功させて、渡すことで好感度をあげるイベントもある。
そしてヒロインは3人から選べる選択制というのが珍しかった。ヒロインによって攻略対象者の性格やイベントが異なり、美しいスチルが豊富で集めるのに夢中になった。
1人目は美しさだけで相手を癒し、攻略できるイージーモード『スイート』のダーミッシュ家令嬢エミーリア。ノーマルエンドは全員と親友に、ハッピーエンドは攻略ルートの相手と結婚、バッドエンドはモブ相手と政略結婚という比較的平和なシナリオ。
2人目は平民ならではの大胆な行動力と素直さが相手の心を揺さぶり、攻略するノーマルモード『ミルキー』の平民クレア。彼女は魔力保有者だったため学園から特待生として招待される。ノーマルとハッピーエンドはイージーモードと同じ。バッドエンドは貴族の反感を買って、国外追放という可もなく不可もないシナリオ。
3人目は自らも誘拐された経験を持ち、相手の心に寄り添いながら攻略するハードモード『ビター』の黒曜姫と呼ばれる他国の王女セシリア。ノーマルとハッピーエンドは他と同じだが、たどり着ける確率が低くて苦戦した記憶がある。
しかもバッドエンドは気持ちに上手に寄り添えず依存ヤンデレ化した攻略対象者に殺される殺人エンド。
3人とも逆ハーレムは存在しない。
ちなみに私が記憶の整理で寝込んでいる間に、リストは無傷で帰ってきた。あとで聞いた話によると黒髪黒目の少年に助けてもらったと聞いたが、どう考えても中性的な容姿は黒曜姫セシリアだった。
彼女はゲーム内では母国の争いから逃れ、その途中でグランヴェール王国のスラムに身を隠していたはずだ。その時に誘拐され、オークションに出された後に救出される。
ヤンデレ製造ヒロイン黒曜姫セシリアがいるということは、この世界はハードモードで進んでいる可能性が高いと判断した。もしリストとセシリアが再会し、バッドエンドに進んでリストが殺人犯になるのだけは避けたい。
舞台となる学園のスタートまではまだ6年あるので、祈るばかりではなくできることを考えた。
リストだけは学園の外のイベントでしか会えないので、まずフラグを折ることを決めた。お父さんの出張に付き合い勉強すべきだと提案して、王都にはいないように仕向ける。
そして私が学園に入学してヒロインとリスト以外をくっつける協力者になれば良い。その時は責任をもってバッドエンドは回避してみせるわ。
そう決めてから私は動きまくった。お父さんは価値がないものにはお金を払わない。私が高い学費を払ってもかまわない位の価値のある娘になるべく、前世の知識をフル活用して新商品の提案を行いまくった。
自ら乙女小説の作家になったり、台所便利グッズ、健康器具など提案し、開発が成功したものから発売されたが大儲け!今は小型カメラや掃除機など開発中。
お父さんは「さすが娘!」と言って不審がることもなく王立学園の入学を認めてくれた。
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しかし入学した途端から度肝を抜かれた。
目の前には黒髪で黒目のクールビューティー。まさか黒曜姫が平民として寮部屋のパートナーになっていることは想定外。
信じられず、受け入れがたく「兄弟はいますか?」など聞いてみたが、嘘が下手なのだろう……スチルと同じ顔の黒曜姫がリストの恩人で黒猫だと白状した。
だが誘拐された過去もなく、名前も少し違うし、素直すぎる性格に毒気を抜かれた。
しかもイラストから現実になった彼女は美人度アップしていた。黙っていればクールビューティでお姉様と呼びたくなる感じ。でも性格は少し天然ってところがポイント高め。ダサめの茶髪のカツラがその魅力を消し去っているのに本人は気にしていない。
翌日にはちゃっかり私は攻略された……恐るべしヒロイン。
そのうち言葉に違和感を感じるようになった。乙女小説を紹介してお互いに感想を話した時、興奮してポロポロと前世でしか通じない言葉を私が話してしまった。
「しまった」と思ったがセリアは不思議がることなく、理解している。『ざまぁ』『フラグ』『R指定』など……最初は流れで合わせてるのかと思った。
だが新商品の保温機能付き水筒を渡したとき彼女は「魔法瓶」と言ったのだ。前世を持つ人にしか分からない言葉を自ら発言したのだ。
セリアも転生者だと確信したが、彼女は鈍感すぎて私が転生者とは気付かない。いつになったら気付くか面白くなり、ポロっと前世の言葉を使うがなかなか気付いてくれなくて、ムズムズする。
他にも学園生活を送っていくうちに乙女ゲームと流れが大きく違うことに気づいた。
まず被ることのないヒロインが3人同時に存在。クレアは平民ではなく子爵家の養子になってるし、王女だったはずのセリアは筋肉マニアのメイドだし、正統派なのはエミーリアだけ。
また攻略対象のトラウマの原因となった友人エルンストは、誘拐で殺されることなく元気に王子の騎士をしていた。もちろん王子や側近候補が病んでる様子もない。ルイスはすでに救われてるようだし……
もしかして、エミーリアのルイス攻略で物語終わってる?でもクレアは側近候補にアタック中だし、セリアは攻略対象よりエミーリア様ラブ。
悪役のクリスティーナ王女はツンデレが可愛く、もう一人の悪役アンネッタも清廉で全く悪役感がない。
またセリアは鈍感ヒロインで、一緒にいると面白いことばかり起こる。
セリアはクラスメイトの手助けをして貴族を絆し、アランフォード王子との出会いイベントに遭遇して気に入られ、エルンスト様に身バレに怯えつつお菓子をせっせと作り、本人の自覚なしに出会った人たちの好感度を上げていく。
面白くなったノリで『セリちゃん見守り隊』を結成したが豪華メンバーになって、友達が増えて楽しさでいっぱいだった。
だからシナリオ通りに進んでいないバグのせいかクレアが暴走し、私の大切な友人を傷つけた時は許せなかった。
セリちゃん見守り隊とアンカー家の技術を総動員し、クリスティーナ王女協力のもとパーティーでクレアを暴くことに成功した。
ここでも前世の知識チートを無双して作り上げたビデオテープカメラも『アンカー家だから』と皆に受け入れられる。急いで作ったため音声機能までは間に合わず悔しかったが、この見守り隊で成し遂げたざまぁ感は素晴らしかった。
前世の知識丸出しの魔道具を登場させてもなお、セリアは『アンカー家ってすごーい』と感心するだけで、同じ転生者と気付いてくれない。
え、もしかしてヒロイン補正でプレーヤーの世界の言葉が通じるようになっているだけ?でもエミーリアには通じなかったし……どこまで鈍感なの?わざと?
とにかく秘密にしていたセリアの黒髪が貴族たちの前で露になってしまった。黒猫だとバレてしまい、貴族の政治に利用される可能性が出てきてしまったのだ。
私は急いで手紙や伝達馬を使い、セリちゃん見守り隊のメンバーに学園の休校明けプランを送った。




