53 学園(冬)
早速、次の休みにはアドロフ様が親代わりとして名乗りをあげてくださり、婚約の誓約書にサインしてくれた。ダーミッシュ家にグレーザー家が来て婚約の手続きをしたのだが、アランフォード殿下という王族が立ち合う立派な署名式になってしまった。
「私が立ち会ったのだ。この婚約を反対する生徒がいたら言ってやれ『殿下もお認めになったのに……』ってな、エルの幸せを邪魔するやつは消してあげよう」
アランフォード殿下はキラキラ輝く笑顔で恐ろしいことを言う。
それにしても両思いになって約1ヶ月で婚約……貴族ならば当たり前のスピードでも、その速さに私は落ち着かない。
隠す理由もないので、この婚約はすぐに公表された。思ったよりもまわりに騒がれることなく、最近は食堂でエルンスト様と堂々と食事をとれるようになりランチがより楽しみになった。
まぁそれも短い期間だけだった。
「あなた、自分がエルンスト様に相応しくないのをご自覚なさってないのかしら?あの方は義理堅い人……昔の恩を振りかざしてお心に付け込むだなんて卑劣ね」
「貴族の仲間入りをしたいからエルンスト様を利用するだなんて……だからスラムの娘は賎しいのだわ。エルンスト様を解放しなさい!」
「それとも貴女も怪しい道具をお使いなのでは?例の子爵令嬢のように……そうでなければエルンスト様が婚約などするはずありませんわ」
お昼休みに呼び出され裏庭に行った途端にこれだ。呼び出した令嬢3人は自己紹介もなしに批判を始める。殿下の権力も振りかざせるが、それは最終手段だ。とりあえず普通の反論をしておこう。
「無理に私が押し付けた話ではございません。もし私が悪意をもって利用しようとしていたら、グレーザー伯爵に見抜かれお止めになったはずです。私には権力なんてありませんから、簡単でしょう」
私はあの家族の圧力を忘れてはいない。婚約したからといって傲慢な態度になれば即刻消されると予測している。
しかし反論したものの、令嬢たちは止まるどころか逆上したように勢いが増すばかり。こちらはお腹も空いて、人の幸せ批判されて、遠回しにエルンスト様が平民に流されるような意思の弱い方だと馬鹿にされてるように聞こえイライラしてきた。
「それでは、私からエルンスト様に婚約解消のお話をすれば宜しいのですね?」
少しなげやり風に提案すると、令嬢はパァッと明るい表情になり鼻で笑った。
「そうよ!分かれば良いわ!」
「できるだけ早くするのよ。貴方との婚約期間が長引くほどエルンスト様は苦しむわ」
「さぁ、もう良いわ。戻りなさい」
「わかりました。では今すぐに話に行きますね」
「「―――え?」」
令嬢たちから言質を取った私はすぐさま実行すべく、食堂へと歩き出した。令嬢たちは私の潔すぎる行動に戸惑いつつ、少し離れて着いてくる。
食堂に着くとアランフォード殿下と食事をとるエルンスト様を見つけ、彼の前に私は立った。エルンスト様は私に気が付くと微笑んで挨拶をしてくれるが、浮かれることなく沈んだ声で返事をする。
「エルンスト様にお話がございます」
「急にどうした?」
「私はエルンスト様に相応しくないそうです。婚約解消をした方が宜しいかもしれません」
私の言葉にエルンスト様の表情が一瞬で無になった。すると先程の令嬢たちはチャンスと思ったのか、私を追い詰めようと後ろから聞こえるように騒ぎ立てる。
「やはり黒猫といっても所詮スラムの女、恩情を無下にする酷い人ですわ」
「全くだわ。エルンスト様もお可哀想」
「底辺の人間からの婚約解消の申し入れなんて最低だわ」
だがその瞬間、空気が凍った。エルンスト様は令嬢たちを無視して私を問いただす。
「誰に何を言われた。言え」
声は低く、暖かい色のはずの夕焼け色の瞳が怒りで燃えているように見える。
せっかくこの席に座る人の中で済まそうと思っていたのだが、失敗した。令嬢たちが騒いだせいでまわりの人が注目しているが、もう手遅れだ。
「私は賎しい平民で身分が合わず……エルンスト様は恩を返すために婚約を結んだから勘違いしてはいけないと…………っ」
名前を伏せて素直に理由を切り出したが、言いながら悲しくなりポロっと涙をこぼしてしまった。最近、涙腺がゆるく歳を感じてしまう。今世はまだ17歳のはずなんだけどなぁ。
そんな呑気な事を思っている間に空気がさらに低くなる。その冷気はエルンスト様から放たれており、殺気すら滲み出ており相当お怒りなのが伝わる。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、激おこだ!
この世界には威圧というスキルがあるようだ。隣にいるアランフォード殿下は涼しげな顔でお茶を飲んでいるが、令嬢たちは震えだし、近くにいる無関係の男子生徒はぶつぶつと祈りを捧げだした。
本当はちょこっと報告して、「何を馬鹿なことを、他人のことなど気にするな」程度の返答を期待していたのに、大変なことになった。令嬢たちが騒ぎ立てるから、エルンスト様を煽り、食堂全体が凍りつくおおごとになってしまった。これは早く鎮めなければ!
「エ、エルンスト様!もちろん私の本心ではありませんし、エルンスト様にその気がなければこの話は忘れてください!」
「たが、セリアを泣かせた。誰か言え……どの令嬢だ?」
エルンスト様は騒ぎ立てた令嬢を一瞥し、次は私に穴が開きそうなほど強く見つめ問いただす。溢れ出す殺気に呼び出した令嬢たちは既に腰を抜かし、ベンチに寄りかかっている。もう懲りたよね?私も怖いもん!
この空気を変えるために、精一杯の微笑みで返事をする。
「もう満足です!エルンスト様が私を大切に思っていると分かり、自信を持てました。ありがとうございます」
「それで良いのか?」
「はい!もう先程のような事は言いません」
「…………」
エルンスト様は怪しむように私から目線を外さず見つめ続けてくる。微笑みを保っているものの、私の心臓はバクバク鳴り止まない。
するとエルンスト様は両手で私の顔の横を鷲掴みにして、上を向かされ顔の距離が少し近づく。優しく顔を包み込むようなロマンチックさは一切なく、まさに豪快な鷲掴みだ。
「なら良かった。俺は言ったはずだ……セリアは離さないし、絶対に逃がさないから覚悟しておけと。もし逃げるような事があれば……」
「――――!!」
まわりがエルンスト様の真顔のヤンデレ発言に恐怖するが、私が一番ビビってる。
おかしい。前はこの言葉にきゅんとしたはずなのに今日はなんだか背筋がゾクゾクする。
彼は何年も諦めることなく逃げまくる黒猫を執念で探し続けるような男だった。もし逃げるような事があれば……その続きの言葉は怖くて聞けない。
両手で固定されつつも必死に首を縦にふり頷いた。すると頭は解放され、いつもの穏やかな顔になったエルンスト様に戻りホッとする。
「まだランチ食べてないのだろう?食べ終わるのを待つから一緒に座ろう」
「はい、ありがとうございます」
食堂も殺気と冷気がなくなり、先程の修羅場は無かったように元の騒がしさを取り戻す。私も日替わり定食が絶品で恐怖などすぐに忘れた。我ながら単純だ。
そして、二度と嫌がらせは起こらなかった。
~後日植物園にて~
エル「あれだけ演技すれば懲りて、もう絡まれないだろう」
セリア「そうですね(ほっ、なんだヤンデレは演技だったのか)」
エル「あぁ、怖がらせて悪かった(ふぅ、誤魔化せた。先日の俺はどうしたんだ)」




