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06 屋敷(1年目)

 本当に忘れてた。性別のことも、羞恥心も…。

 育てのオバサンにスラムで女の子だとバレたら、黒目黒髪のコレクター以外にも、幼女趣味の変態にも狙われる。敵は少ない方が良いと教えられ、ずっと「オレ」と言っていたのだ。


 スラムの慣れって恐ろしい。生き抜くためだったし、仕方ないよね?だとしても、ほんの少しも女の子に見られてなかったのはちょっと悲しい。



「旦那様!おっおっ……女の子です!」

「まさか――!スザンナ」

「はい!見てまいります!」



 執務室が騒がしい。テオには逆セクハラをしてしまい、本当に申し訳ない。オレから私に直そう。

 すぐにスザンナさんが入ってくると、驚いた様子で素っ裸のままの私に近寄ってくる。



「まぁまぁまぁ!本当に女の子じゃないの!何ではじめに言わなかったの?お腹の痣も酷いわ」

「自分の性別を気にしたことなかったから……痣も珍しいことじゃなくて。ごめん、な、さい」



 スザンナさんの顔が少し歪むが、すぐに戻る。



「――――代わりにメイドの服を持ってきます。体を拭いてお待ちなさい」

「はい」



 スザンナさんが持ってきてくれたのはメイド服だった。白い襟の紺色のワンピースに、フリルの付いた真っ白なエプロン、襟元には白いリボンを付けてくれた。

 与えられた仕事でリボンの色が違い、新人は白、メイド長のスザンナさんは白い2本線の入った紺色だと教えてもらった。




 確認の続きをしたいからと、執務室に戻るとダニエルさんが紅茶とサンドイッチを用意してくれていた。あまりにも美味しそうでお腹が鳴ってしまう。アドロフ様から許しが出たので確認の前に軽食を口にした瞬間、口の中では楽園が広がった。


「───っ」



 あぁぁあ美味し過ぎる!今世では初めてのサンドイッチだけど、こんなにも美味しい食べ物だっただろうか…



「これをお使いなさい。お口に合いませんでしたか?」

「そんな、美味しすぎます」

「良かったなダニエル」

「えぇ、作った甲斐がありました」



 知らない間に泣いていたらしく、ダニエルさんがハンカチを渡してくれる。恥ずかしくなって、紅茶を口にするがこれも美味しくて涙が止まらない。アドロフ様はニヤニヤして、シーラ様は涙を浮かべており、みんなの視線が生温い。



 でも、本当に美味しいんだ。手が止まらない。

 サンドイッチを味わっていると、ノックもなしに扉が開かれる。



「酷いですわ!私だけ仲間はずれなんて。起こしてくだされば良かったのに……え、誰!?」



 寝ていたエミーリア様も起きて着替えたためか、更に麗しくなっている。彼女もオレを男の子と思っていたようで、メイド姿に驚いている。



「残念だったわねリア、王子様ではなくて。女の子の騎士だったのよ。お母様も皆もびっくりよ」

「驚いた顔も可愛いねリア、さて昨日は逃げるので精一杯できちんとした自己紹介してないのだろう?できるね?」

「もちろんよ」


 エミーリアは私に向き直して、スカートをつかみ少し持ち上げた。


「ダーミッシュ男爵家の娘、エミーリアですわ。昨日は本当にありがとう。貴方は特別だからリアって呼んで欲しいわ。私も黒猫さんの本当の名前を教えてもらっても良いかしら?」

「リア様、実は名前ないんだ」

「え?」



 親も覚えていないんだ。名前も知るはずはない。育てのオバサンに頼んだこともあったけど、あだ名の黒猫で良いだろと言われ、名付けてもらえなかった。

 好きな名前を名乗る人もいるけど、黒猫が定着していたから考えなかった。



「リア様が私の名前つけてよ」

「いいの?一生懸命に考えるわ」

「お願いします」



 リア様が名前を考えている間に、旦那様より決定事項を教えてもらった。



 お世話係りはテオではなく、同性のメイドになること。言葉や数字の読み書きは、最初と変わらずテオから教わること。基本的には直属の上司スザンナの指示を最優先にすること。給料や労働時間、部屋の場所など色々と説明された。


 内容を見ると素晴らしいホワイト企業である。

 話している間にリア様がこちらを見ながらそわそわし始めた。名前が決まったらしい。



「黒猫さん、あなたの新しい名前は『セリア』よ。私の名前からとってお揃いにしたの、どうかしら」

「ありがとうございます、リア様。私には勿体ないくらいだ……です」

「ふふ、良かったわ。聞きたいことがいっぱいあるの。誕生日は?」

「分からない。問題なければ、リア様に名前をもらった今日を10歳の誕生日にしても良い?」

「もちろんよ。ね?お父様」


「いいんじゃないか、名前も誕生日も決まったから早速使おうか。これが雇用契約書だよ。ここに誕生日と名前を書けるかな?セリアの綴りはこうだからね」

「ありがとうございます」



 紙を渡されて言われた通りの名前を書く。

 変に前世を思い出したせいで、どこか毎日に現実感がなかった。確かに自分は存在しているのに、ゲームの世界だとしたら設定のいたずらで消えてしまうんじゃないだろうかという不安が付きまとっていた。

 しかし契約書に自分の名前が書かれることで、ようやくこの世界の住人になれた気がした。



 契約書を書き終えたその日は、ずっとリア様とフォロー役のテオと一緒に過ごした。

 屋敷や庭を案内してもらっている間リア様は、ずっと私の腕を抱いていて可愛くて仕方なかった。スラムでの生活や好きな食べ物など質問攻めで、自分のことが好きというのが伝わってきて顔が緩む。



 テオは数歩後ろをついて来てきて、言葉遣いをその都度教えてくれる。振り返るとすぐ目を逸らされた。顔も少し赤くなっている。

 きっと朝の事を思い出しているのだろう。逆セクハラがトラウマになる前に、あとでちゃんと謝ろう。



 リア様の部屋で特別に夕食を一緒に食べさせてもらった後、スザンナさんに私の部屋を案内してもらった。


 敷地内には使用人専用の寮棟もあり、私が案内された部屋は6畳ほどのスペースにベッドと小さな机、クローゼットが備え付けられていた。


「こんな素敵な部屋使って良いのか、ですか?」

「良いんですか?よ。建物を改装中で部屋に余裕がなくて、予備の一番狭い部屋しかなかったけど良かったわ。必要なものは少しずつ買いそろえましょう。予備のメイド服やシーツなどは明日用意するから」

「はい」

「寝間着はこれを使いなさいね。じゃあ今日は疲れたでしょう、お休みなさい」

「ありがとうございます!おやすみなさい」



 そういってスザンナさんは出ていった。本当に色々ありすぎて今日は疲れた。慣れない部屋にベッドだったけれど、横になるとすぐに意識は沈んでいった。



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