52 伯爵家
今日はエルンスト様のご実家グレーザー伯爵家を訪問している。エルンスト様のご両親が昔のお礼を言いたいからと要望があったのと、エルンスト様がきちんと私を恋人として紹介したいとの事で面談が設けられたのだ。
既にエルンスト様からは私たちのお付き合いは公認と聞いてはいるが、すごく緊張している。先に使用人に応接室に案内され、私は伯爵家の皆様を待っているところだ。
数分もするとエルンスト様は家族を連れて部屋に入ってきた。
「セリア待たせたな」
「いいえ。皆様、お初に御目にかかります。王立学園一年のセリアと申します。どうぞ宜しくお願いいたします」
私はワンピースのスカートを摘まみ、淑女の礼をして挨拶をする。そしてエルンスト様からグレーザー伯爵、伯爵夫人、兄のローランド様を紹介してもらい、伯爵が代表して私と握手をかわす。
「セリアさん、貴女は息子の恩人で唯一の人だと聞いている。ようやく会えて嬉しいよ」
「こちらこそ、お会いできて光栄にございます」
「うむ、所作に言葉遣いもしっかりしている。ダーミッシュ男爵家の教育は素晴らしいようだ」
伯爵は納得したように頷き、ソファを勧めてくれたので私はエルンスト様の隣に座る。第一印象は合格のようでホッとする。
エルンスト様は父親譲りの髪に、母親譲りの瞳の色のようで、兄のローランド様も同じく藍色の髪にオレンジの瞳だ。ローランド様はエルンスト様を細身にして眼鏡をかけたインテリ風で、よく似ている。みんな美形で、息子たちのキリっとした端整な顔は父親である伯爵に似たようだ。
兄ローランド様は第一王子の筆頭秘書官で、次期宰相候補の1人と言われるほどで、若いのに貫禄がある。
お茶を始めながら誘拐事件の話題になり、お礼を言われた。第三王子という王族を狙った犯行であり、跡継ぎではない伯爵家次男のエルンスト様は価値が低いと見なされて、当時は無事に帰ってこれるとは思っていなかったそうだ。
だからほぼ無傷で救ってくれたことを感謝された。
「そうだわエルンスト、あれを持ってきたらどうなの?」
「母上、あれは」
「ほら部屋から取ってこい」
「……セリア、すぐに戻るから待っててくれ」
「はい」
伯爵夫人の提案に渋るエルンスト様だったが、兄ローランド様に促され諦めるように応接室から出ていってしまう。
すると途端に部屋の空気が変わる。伯爵夫妻とローランド様の目付きは鋭くなり、私に突き刺さる。この殺気に似た圧力……普通の令嬢なら失神ものだぞ。と思いながら涼しげに平常を装い、相手の出方を待つとローランド様が口を開く。
「エルと交際を始めたと聞くが、他の令嬢が黙っていないだろう。その覚悟はあるのか?」
「もちろんです。全て受けて立ちます」
「グレーザー家の跡継ぎは私だ。貴族の生活に夢を見てしまっているなら、今のうちだぞ?楽できると思っているなら考え直せ」
「私は自らエルンスト様の隣に立ち、共に鍛えて、彼をお支えするまでです。貴族だから彼に好意を持ったのではありません。身ひとつでも共にいる覚悟であります」
そうスパッと返答し強気に微笑んでみせる。すると伯爵が「うむ」とひとつ頷くと笑いはじめ、夫人もローランド様も微笑み刺々しい空気は霧散する。
「試してすまなかった。これが我が家のやり方でな」
うん、デジャヴ。ローランド様の態度と試すような言い方はアンネッタ様の時と同じだ……グレーザー家の血筋はどうやら圧力をかけて人を見極めるらしく、心臓に悪い。
でもそれだけエルンスト様が家族に愛されている良い証拠だ。
少しするとエルンスト様が黒い布を持って応接室に戻ってくる。
「大丈夫かセリア。うちの家系はすぐに圧力をかけて試そうとするから」
「問題ありません。良いご家族ですね」
私は微笑んで無事を伝えると、伯爵が満足そうに笑った。
「ははは、エルンスト。この通りさすがお前が惚れ込むだけあって、圧力なんぞ意味がなかったわい。涼しい顔して微笑まれたぞ」
「父上……そうだセリア、これ覚えているか?」
エルンスト様は家族の行動を諦め、空気を変えようと先程部屋に取りに行っていた物を見せてくれる。黒い布を広げてみると、それはとても懐かしいものだった。
「私のマントですか?こんなボロボロなのに捨ててないんですか?」
「捨てられるわけないだろう。黒猫との唯一の繋がりだと思っていたんだからな」
指先で触れると質が悪く薄い布地で、当時着ていたもので間違いないと分かる。
「子供の頃からずーっと部屋に飾って眺めてたものね。剣の試合に負けて悔し泣きの時は必ずマントを抱き締めてたのよ。ふふふ、可愛かったわぁ」
「それは小さい頃の……もう母上は話さないでください。恥ずかしい」
エルンスト様は手で赤い顔を覆い隠して下を向いてしまう。見た目はクールなのに、めっちゃピュアボーイで可愛いな!と心の中で悶絶する。
その後はずっと和やかな雰囲気で話が進んだ。
夕方になり寮に戻るため、私とエルンスト様は馬車に乗り込む。お別れの挨拶をしようと窓から顔を出すと、ローランド様からさっと耳元で囁かれる。
「兄上!」
「ははは、エルはもっと余裕をもてよ。セリアさん、またエルと遊びに来て下さい」
エルンスト様が慌てて私の耳を塞ぎ私を引き寄せローランド様に威嚇する。ローランド様は笑ってさらっと流すとニヤリと笑顔を向け、合図をすると馬車は出発してしまった。
「セリア、何を言われた?」
「えっと、エルンスト様と仲良くなと……」
「そうか、変なことでなくて良かった」
本当はローランド様から「あーぁ、捕まったな」って不吉に言われたがそういう事で間違いないはず。本人から逃がさないと宣告済みだ。
外を眺め景色を楽しんでると隣に座っていたエルンスト様が向き直り、私の手に彼は手を重ね握り締める。藍色の前髪から覗く瞳は今の外の空と同じきれいなオレンジ色で、その瞳が私を見据える。
「セリア……兄上の言うとおり今の俺はまだ余裕がない。だが、これだけは今すぐに伝えたいんだ」
「はい」
「セリア、君を誰にも渡したくない。逃がしたくない。愛してるんだ。恋人のままでなくて、俺と婚約してくれませんか?一生側にいてください」
「――――はい!」
返事に迷いはなかった。だってこんなにも愛されていると実感できるひとは他にはいない。私がこんなにも魅力的に思うひとはいない。
そんな想いで見つめ合うが、なんだか関係が急に近づきすぎた感じがしてお互いに恥ずかしくなり、寮まで無言になってしまった。
それでも握られた手は、馬車を降りるまで離されることはなかった。




