51 学園(冬)
「クビ、ですか?」
エミーリア様からの解雇通達に私は世界がくずれる音がした。私は捨てられるの?
なんで……エミーリア様が応援していたテオと両思いじゃないから?もしかして、エミーリア様はエルンスト様が好きだった?それとも黒猫が公になってダーミッシュ家に迷惑をかけてるから?そうじゃなかったら……
「セリア落ち着いて!最後まで聞いて」
「……リアさ……ま」
「もう真っ青な顔に、手も震えてるわ。クビにするわけないのに、伝え方を間違えたわ」
エミーリア様は私を抱き締めて、優しく背中を撫でてくれる。すっと震えが止まり、肺に新鮮な空気が入ってきたことで息も止まっていたことに気が付く。
「本当はねずっと前から考えていたことがあるの。セリアは私の我が儘で連れてきて、侍女にさせて、学園にも入学させて縛り付けてしまっていたわ」
「そんなこと」
「そうなのよ……みんなが遊んだり、親に甘えるような歳から私のために働いてくれたわ。だからセリアには自由に好きなことをして欲しいの。卒業まで侍女をして欲しいというのは結局は私のわがままだけれど」
エミーリア様はニッコリと微笑み、語ってくれる。
テオも小さい頃から働いているけど、長期休暇で領地に帰り子供らしい時間を過ごしていた。しかし私には帰る場所もないため休みも取らずに働き続けてきたので、それを密かに気にしていたらしい。
それにエルンスト様とただの恋人ではなく正式に婚約を結ぶことになれば、まわりは黒猫にも興味があるため一緒に夜会に招待されることもあるかもしれない。つまり侍女をする暇などないらしく、この提案はエミーリア様の優しさだった。
「そんなことまで考えて下さっていたのに、早とちりしてすみません」
「いいのよ、だから侍女を辞めたら次は私と親友になって欲しいの。良いでしょ?というより、ずっと主従関係ではなくセリアとは親友という対等な立場になりたかったの」
「そうだったのですか?」
「えぇ。次は私がセリアを支えたいって、ずっと思っていたの。でも私が主のままでは私はセリアに甘え続けちゃうわ。だから親友になりたいの。よく考えてみて?」
「はい。ありがとうございます」
あぁ、やはり私はエミーリア様が大好きだ。
その後はエミーリア様にエルンスト様のどこが好きなのとか色々聞かれ、部屋に戻る門限まで続いた。
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「やりたいこと?」
「リア様に探せと宿題を出されまして。今までエミーリア様をはじめダーミッシュ家にいかに忠誠を捧げることしか考えてなかったので、考えてるんです」
植物園でエルンスト様にエミーリア様から言われたこと話してみる。もしやりたいことを見つけたら、事によってはエルンスト様にも関わることかもしれないから。
「俺はセリアにやりたいことがあったら応援するから遠慮はいらない。いくらでも協力するぞ」
「ありがとうございます」
植物園から食堂をはじめ学園全体を見渡す。
楽しそうに友人と食事をするエミーリア様とルイス様。身分関係なく気さくに話してくださるアランフォード殿下。いつも支えてくれるリリスにクラスメイト。家族のようなダーミッシュ家の人にテオ。そして私の好きなエルンスト様。
私は多くの人に助けられながら生きている。この人たちの笑顔を守りたい。前世を思い出した時と同じ誰かを守りたい気持ちは変わらない。
「あ……」
「どうした?思い付いたか?」
「この王都には民間の騎士養成所みたいな学校ってありますか?」
「いや、ないな。貴族は現役の騎士を師匠に持ち指南してもらうのが普通だ。平民は退役した騎士と伝があれば教えてもらえるが、たいていは自己流のはずだ」
この世界には格闘道場やジムがないらしい。貴族が雇っている護衛はそれぞれの家で鍛えているか、平民の実力はバラツキも大きくて流派もバラバラだ。そういうものだと思っていたが、そのバラツキは連携の乱れを誘い、隙になるのが気になっていた。
ダーミッシュ家の護衛の人は私が教え込んだのでレベルは低くないが、他家はどうか分からない。
「商人などが使う荷馬車の護衛はどうなんでしょうか?たまに盗賊に襲われたという新聞記事を読みますが」
「ハッキリ言って実力不足は否めない。腕の良い奴は賃金のより高い貴族の護衛につくから、どうしてもな……人手不足が問題になっている」
この世界の治安は前世ほど良くない。荷馬車の護衛も他の職業と比べれば報酬は高いが、盗賊に狙われ命の危険が常に付きまとうため、実力に不安のある人はやらない。常に護衛業界は実力者不足。
「何か思い付いたか?」
「平民でも通える訓練学校があれば良いのになと。安定した実力者を排出できて、卒業できれば平民も高い賃金を得られ、商人も安心できるかなと」
信頼できる実力者が増えれば私が直接守りに行けなくても、代わりに大切なひとを守ってくれる。
しかも私が得意とするのは体術と警棒の扱いで、警棒は相手は殺せないが剣にだって対抗できる。高価な剣を手に入れられない平民にこそピッタリな武具だと思うのだ。それを私なりにエルンスト様に伝えてみる。
「セリアの技が学べる学校か。俺が通いたいくらいだ」
「エルンスト様にはいつでも教えますよ。やはり学校を作るのって無理がありますでしょうか?」
「良い案だと思う。黒猫の名前を出せば自分のところの護衛を鍛えて欲しいと貴族からの出資も望めそうだしな」
どうやらエルンスト様の反応は上々で夢が膨らみはじめる。皆で筋トレして、高め合い、武術について語り合い、大切な人も守れる……素晴らしい。
「ふっ……ははは」
「え、なんで笑われてるんですか私」
「随分と楽しそうに想像の世界へ旅立っていたから面白くてな。守る仕事をしたいか、セリアらしくて応援したくなる」
「エルンスト様……」
「セリア……」
「……コホン」
「「───!?」」
良い雰囲気になり見つめ合っていたら、後ろから咳払いが聞こえる。振り向くとそこには微笑む(目は笑っていない)ルイス様が立っていらっしゃった。
私は失念していた……悪魔のルイス様にエルンスト様との関係を直接報告していないことを。
「セリア、僕の言いたいことわかるよね?テオからもリアからも聞いていたのに、僕に報告がないとは寂しいなぁ。僕は悲しいよセリア……前に僕のこと愛してると言ってくれたのに……」
「な!どういうことだルイス、それにセリア」
「エルンスト様誤解です!ルイス様も申し訳ございません!ですから二人とも殺気を押さえてくださいぃぃ!」
私はすぐさま得意の土下座ポーズを決めて、それぞれ二人に説明する。エルンスト様の誤解はすぐに解けて安堵する。
しかしルイス様は私が説明している間、作ってきたお菓子を私の目の前でその細身の体に全て詰め込んでしまった。
「私のおやつ……」
「何かなセリア」
「……なんでもありません(しゅん)」
「おやつ抜きが効果的な罰なのか……」
私とルイス様の力関係を見たエルンスト様が感心するような呟きを聞いてしまった。




