50 学園(冬)
私は植物園で待っていた。何も約束はしていないけれど、今日ここで待っていれば来てくれる気がしている。
「セリア」
「ごきげんようエルンスト様」
ほら、彼は来てくれた。エルンスト様のお顔は穏やかな表情なのに、瞳だけ不安に揺れている。あんなに強気で告白してくれた彼が、だ。
そんな私は今、どんな顔をしているのか緊張で分からない。
だけど今日こそきちんと聞かなければ。もし彼が黒猫を好きな場合、セリアで彼の好意を受け止めてはいけない。後から彼も私も矛盾で苦しむかもしれないから。
「先日の告白のお返事の前に聞きたいことがあります」
「なんだ」
「エルンスト様はなぜ私を好きなのですか?黒猫だと分かったからですか?ただの憧れと間違っていませんか?」
私は真っ直ぐエルンスト様に向き合い、問う。エルンスト様は一度目を閉じ一考すると、夕焼けのような瞳を私に向けた。あの告白の時と同じ力強い眼差しになり、ドキリとする。
「確かにきっかけは黒猫だった。君がとても似ていたから……でも正体が黒猫だと知る前から俺はセリアに惹かれていたんだ。いや、なんと言ったら良いのか……身軽な動きや笑顔が似ていて見惚れたのも事実なんだが」
エルンスト様はどう伝えようか、一生懸命に真面目に答えようとしてくれている。
「あくまできっかけで、セリアの笑顔は可愛いし、お菓子は美味しいし、君は媚びることなく俺は自然体でいられる。それに普通の令嬢が引くような鍛練の話も聞いてくれて、どの女性よりも一緒にいて楽しくて癒されるんだ」
これは、私がセリアとして会っているときの事ばかりだ。エルンスト様はちゃんとセリアのことも見て好きと言ってくれていると分かり、胸が熱くなる。
「立場上なかなか自分の気持ちを認めることができず蓋をしていたが、黒猫だと分かり我慢できなくなった。すまない、俺は黒猫とセリアを分けて考えられない……でも過去の君も今の君もまとめて好きな──っ!」
「──はい!」
私は嬉しさのあまり、エルンスト様が言葉を言い切る前に彼を抱き締めた。本当に気持ちが押さえられずに、体が勝手に動いてしまうことってあるらしい。それくらい私はエルンスト様への愛しさで溢れてる。
私もどこかでエルンスト様は貴族だからと、気付いて傷付きたくないと恋を知らないふりをしていた。今だから分かる。
「……セ、セリア?」
「私もエルンスト様の事が大好きです!黒猫のことでお気持ちを疑ってすみません……こんな私を好きだなんて信じられなくて」
「でも今は信じてくれるな?」
「はい」
「絶対に離さないし、逃がさないからな。覚悟してくれ」
するとエルンスト様も強く抱き締め返してくれる。鍛え上げられた大きな体に包み込まれ、うっとりとしてしまう。
そして私たちは見つめ合い……
「客がいるな」
「2名ほどいらっしゃいますね」
そうお互いに確認して気配のある方に目線を向けると、植物の間から銀髪の青年と藍色の髪の美人が現れる。
「アランもアンナも何を覗いているんだ」
「やはり二人相手に隠れるのは難しかったか」
「もう少し先を見たかったけれど残念だわ、ふふふ」
アランフォード殿下とアンネッタ様が悪びれる様子もなくニヤニヤした顔で近づいてくる。アンネッタ様もグロテスクな魔界植物は平気のようで、すぐ側まで来る。
「なんで来たんだ……二人とも察してくれ」
「エルこそ察してくださらない?貴女に恋人ができたということは、私とアラン様の婚約が決定的になったのよ」
「そうだ、人生に大きく関わることだから覗くのは当たり前だろう」
二人は似た者同士なのだろうか、同じ王族由来の空色の瞳をエルンスト様に向けて息ピッタリで抗議する。アンネッタ様はミュラー侯爵家の一人娘で婿を探していたのだが、王や親たちの話し合いでアランフォード殿下とエルンスト様の余った方と婚約することになっていたそうだ。
エルンスト様は黒猫と鍛練に夢中で恋とは無縁。アランフォード殿下はモテすぎて女性不信気味。二人とも自分で相手を見つけられなさそうだから政略結婚にちょうど良かったらしい。
でも余った方って……キラキラ王子のアランフォード殿下が余り物とか考えたくない。
「これから宜しくお願いしますわアラン様」
「こちらこそ余り物ですまないが頼む」
アランフォード殿下とアンネッタ様はあっさりとにこやかに婚約宣言し、握手を交わしている。だが正式な発表までは秘密にして欲しいと口止めされ、もちろん頷いた。
一区切り付き、四人でおやつタイムを始める。
「アラン様とエルがお昼に消えていたのは、これを食べるためでしたのね。ずるいわ」
「不定期ですが、これからは是非アンネッタ様もお忍びで来て下さい。素人の用意したものでよければいつでも」
「まぁ嬉しいわ。エルのことで不安なことがあれば相談に乗るわよ」
「ありがとうございます、実はエルンスト様のファンの方たちについてなんですが」
エルンスト様にはそれはもう憧れる令嬢は多い。態度が柔らかくなってからは特に好意を寄せられているように見える。それに男らしいので同性でも憧れてる人は多い。
嫌がらせや罵倒程度は覚悟しているが、爵位を傘に後見のダーミッシュ家に迷惑がかからないかだけが心配だった。
「エルは黒猫信者で有名ですし、ファンなら理解して納得するはずよ。納得しないのはファンを公言しつつ抜け駆けをねらう、卑怯な令嬢だわ。どうしましょうかしら」
「何か仕掛けられたらやり返せば良い。公爵や侯爵が相手でも王子の私が味方だ、堂々とやってしまえ」
「…………ふたりに知られると報復が大事になる。まずは俺に相談しろ」
さらりと怖い発言をするアンネッタ様とアランフォード殿下を止めるようにエルンスト様がフォローしてくれる。
まとめると小さな嫌がらせも我慢しすぎない事が大切らしい。我慢したり、弱味をみせると相手を助長させるかもしれないとアドバイスをもらった。
「お互いに目立つ殿方の相手は大変だけれど、頑張りましょうね、セリア」
「ありがとうございます、アンネッタ様」
「エル、ちゃんとセリアを守るのよ」
「無論だ」
そして私はルンルン気分で教室に帰り、午後の授業はあまり覚えていなかった。
単に浮かれていた訳ではない!今後のことを私なりに考えていたのだ。
その夜、私はエミーリア様の部屋にこの度エルンスト様とお付き合いする事を報告しに行った。エミーリア様は複雑そうな顔をしている。
「そう、テオじゃなくエルンスト様を選んだのね。私はテオ推しだったから少し残念だけど、セリアの恋が成就したのは嬉しいわ、おめでとう」
「ありがとうございます」
「だからねセリア……貴女は学園卒業後、私の侍女を辞めてもらうわ」
「え?」
浮かれていた気分が一気に抜け、私の頭から血が抜けたように冷たくなった。




