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49 学園(冬)+屋敷

 

 本当に昔スラムで泣いていた子供と同じ人なの?

 あまりの視線の強さにエルンスト様から目が離せない。



「信じられない顔をしてるな」

「はい。だって身分は全く違いますし、令嬢のように淑やかではありません」

「俺も伯爵家を継がない次男だ。黒猫だったセリア相手なら身分差なんて大したことない。自分でも止められないくらい俺はセリアに惹かれてる」

「な…………なんで」




 心臓の鼓動が煩くて、苦しい。頭が熱くて爆発しそうだ。



「俺の人生は黒猫との出会いで変わった。あなたに救われたことで強くなろうと頑張れたし、ここまでこれた。誰にも媚びない綺麗な心に、主を守ろうとする強い意思に、その綺麗な黒い髪と瞳、全てが魅力的だ。本気なんだ……俺を選んでくれセリア」



 エルンスト様は私の黒髪にもう一度だけ唇を落とす真似をした。私は口をハクハクとさせ、もう何も言葉を返すことができない。



「よく考えてくれ。返事を待っている」



 エルンスト様はそれだけ言い残し去ってしまった。しばらくしても心臓の鼓動が強く鳴り続けていた。





 たしかにクリスティーナ殿下も黒猫の功績の影響力は大きいから、貴族の身分差は気にしなくて良いと言っていた。



 だけど、エルンスト様はセリアではなく黒猫だから好きなのでは?と思い当たる。



 エルンスト様は幼き頃から黒猫に憧れて追い続けて来たことで有名な人だから、女性だとわかった黒猫(わたし)に好意を抱いてもおかしくないと噂でも聞こえていた。

 好きなのは黒猫で、セリア(わたし)でないと思うとズキリと心が痛む。



 私と黒猫は同じのはずなのに…………




 それから数日、何となく気まずくて植物園に行けていない。でも食堂でご飯を食べているとアランフォード殿下もエルンスト様もいるから、別に行かなくても関係ないんだけど…………もしエルンスト様と二人っきりになると想像しただけで緊張してしまう。



「エルンスト様の雰囲気が柔らかくなりましたわね」

「そうね、前は近づくのが怖い感じでしたのに。話しかけに行ってみましょう」



 可愛らしい声が聞こえてきて、その先を見ると複数の令嬢がエルンスト様のいる席に近づき話しかけ始めた。エルンスト様は以前のように令嬢たちに塩対応することなく、和やかに話をしているように見え、モヤモヤしはじめる。


 いや、私と話すときのエルンスト様の方が優しいし、笑ってくれるし、私の方が仲良いもん!そんな幼稚なことを思ってしまうのは何故だろう。



 私はエルンスト様の友人だけど、平民だから貴族令嬢たちに不満を抱くなんて不相応な気持ちだ。でも、嫌なものは嫌。

 これってテオが女の子にプレゼントもらってるときには感じなかった感情だ。



「…………リリちゃん、私以外の人と仲良くするなんて…………なんだかモヤっとする」

「セリちゃん、お餅は焦げる前にいくべきよ」

「やっぱりヤキモチなのかな師匠?」

「でしょうね」



 ストンと『ヤキモチ』という言葉が心に落ちた。

 リリちゃんに言われて、ようやく認めることができた気がする。



 そうか、私はエルンスト様が好きなのか。



 出会ったことで変わったのはエルンスト様だけではない。私も彼との出会いで人生が変わった。

 前世を思い出して私が(セリア)になったきっかけの人。

 同じ志を持つ人で、クレア様の傍にいたときは悲しくなり、鍛練の話をしているとすごく楽しくて、とても強い人で、真面目なのに時々抜けてて可愛くてキュンとさせてくれる人で、言葉が真っ直ぐで私の心に響く人。



 これが私の恋。



 わーわーわーわーわー!私の脳も花畑か!

 何が貴族に恋するほど咲いてないだ。満開だこの野郎!なんて馬鹿なんだ私は!



 いや……グレーザー家の当主が兄になったら、エルンスト様は貴族の縁戚であって貴族ではない……でも今は貴族だな。面倒だな貴族制度め。


 でも黒猫なら関係ないって……でも黒猫じゃなくて私を好きでいて欲しいし……『でも』ばっかり、こんなこと何度も考えてる私って馬鹿?自覚したとたんパニックとか小学生か私は!

 エルンスト様が好きなのが『黒猫』であることは引っかかるけれど、私が黒猫だからこそ身分の壁が低くなっているのも事実。



 きっと私がこんなにも気になるのは、エルンスト様が初めて助け出した子供だからではなく、今の彼を好きだからだ。なんで今まで気づかなかったんだろう。

 彼がクレア様に傾倒したとき、あんなに苛立ち、寂しくて、悲しくて、返してと思ったのに。それくらい惹かれていたのに。


 自覚した途端に急に今までのエルンスト様とのやりとりを思い出して恥ずかしくなってしまった。




 そしてもう1人私に気持ちを伝えてくれたテオを思い出す。

 返事をしよう。ちょうど明日の休みにテオと屋敷で会うから、正直な気持ちを伝えなきゃ。

 すっと心が落ち着き、冷静さを取り戻す。浮かれてばかりではいけない。私にとってテオとは――――もう一度考えることにした。



 **********



 休日の夜、仕事を終えた私はテオの部屋に訪れた。彼はすぐに部屋に招き入れてくれた。すごい久しぶりに入ったが、前と変わらない整理整頓された綺麗で落ち着く部屋。



 これから言うことでテオを傷つけてしまうと思うと、しっかりとテオの顔が見れない。テオは察しが良い人だ、気付きながらも優しく聞いてくれる。



「……今日はお茶目的じゃなさそうだな。聞かせてくれるか?」

「テオ、私はテオと同じ気持ちになれなかった。ごめんなさい」



 私は頭を下げて正直な答えを伝える。一晩中、色々と考え直した。テオと一緒に過ごした時間はとても長い。たくさんの思い出があるし、たくさん感謝したいことがあって数えきれないほどだ。

 でも私の気持ちは変わらなかった。



 どれくらい沈黙していただろうか、何も反応しないテオが気になり顔をあげると苦笑いをしたテオと目が合う。



「やっと顔をあげたか。ちゃんと罪悪感を持てるほど俺はセリアの大切な人のようだな。望んだ形じゃないが」

「うん、私にとって出会ったときからずっとお兄ちゃんなんだ。尊敬するお兄ちゃんとして好きなんだよ」

「他の理由もあるんだろ?エルンスト様とか」



 テオがお見通しだったことに恥ずかしくなり、顔に熱が集まるのを自覚する。そんなに私は分かりやすい人間なんだろうか。でも、テオには隠したくない。



「うん、私も昨日まで知らなかったけど、エルンスト様の事が好きらしいんだよね。告白されてドキドキして、他の女の子と話す姿見て嫉妬して思い知らされたというか……でもテオに何も話したことなかったよね?」

「エルンスト様がダーミッシュ家に来たときの目が俺と同じ目でセリアを見ていた。それにグレーザー伯爵家に行ったときはもっと強い眼差しで……セリアも何というか、勘だ。前から惹かれていただろう」



 テオは短い髪をガシガシと雑にかき、大きなため息をついてベッドに寝転がってしまった。



「やっぱり動くの遅かったかぁ……まぁ自業自得かな」

「テオ……」

「貴族の、というよりエルンスト様の恋人は大変だと思う。辛くなったらお茶くらいまた淹れてやるから遠慮するなよ」

「うん、ありがとう」



 するとテオがガバッと起き上がり、何故か据わった目で睨まれる。

 え、さっきの社交辞令だった?フッたのにお茶を飲みに行くのは図々しかったとか?



「本当にセリアが心配だ。お前、自分が女という自覚が足りない、というか無いだろう」

「そんなことない!淑女教育をきちんと受けたもん」


「じゃあその格好……寝間着なんだか私服なんだか際どい服装で気軽に男の前に出るな。見慣れた俺だから大丈夫なものの、男は全てケダモノと思え!エルンスト様も堅物で真面目に見えてケダモノだ!」

「ケ……ケダモノ……だと!?」



 私は衝撃の宣告に固まってしまう。その間もテオの指摘は止まらない。



「お前、短パンなら下着じゃないし良いやと思ってるだろうが、ちらっとでも太ももが見える時点でアウトだ!体のシルエットが分かりすぎるピッタリした服装もアウトだ!淑女なら隠すなり、恥じらえ!」

「ア……アウト……私の好みを全否定……動きやすいのに」


「はぁ、兄だとしたら妹が無防備過ぎて心配すぎる……夜に普通に部屋に入るし入れるし」

「お兄ちゃん……何かごめんね」


「全くだ……はぁスッキリした!」



 そう言ってテオはパッと表情を明るくして笑ってくれる。私が望む兄のような対応をしてくれるところが彼の優しさだ。

 本当にいつも助けてくれてありがとう。私も本当に好きだよ。でも同じ好きじゃなくてごめんね。



「テオが困ったらいつでも味方するからね!何でも応援するからね!ということで自覚をもって夜だからもう部屋に帰ります。おやすみなさい」

「あぁ、お茶は今度から淹れ終わったのを渡すさ。おやすみセリア」



 テオは私の頭をひと撫でして見送ってくれた。



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