48 学園(冬)
気温が低くなり冬を迎えた頃、黒猫の話題は沈静化して落ち着いた時間が取れるようになっていた。
質問攻めや無理な縁談が来ないかと心配だったが、アランフォード殿下が食堂のど真ん中で「セリアは私の協力者のひとりだ。彼女に変に手を出されて調査に支障が出たら困るなぁ」と言い放ったことで鎮火した。
見事な消火の手腕である。アランフォード殿下の影響力が凄まじいと改めて感じた。
そういえば、アランフォード殿下に馴れ馴れしく媚を売る令嬢や令息たちの姿も減った気がする。クレア様事件で自分も似た行動をしていたと自覚したのか、家にお叱りをうけたのか。本来のあり方に戻ったことは良いことだ。
そしてある晩、私は知恵熱を出した件の答えが未だに見つからず、リリスに相談していた。
休日に屋敷に帰るとそっけなかったテオは私を甘やかすようになり、なんだか「お、今日の髪型は似合ってるな」と誉められることも多くなった。
むずむずするし、何を企んでるのか分からなくて少し怖い。
エルンスト様は私の扱いが以前よりぐっと丁寧になった。友達からまるで令嬢を相手にしてるような優しい感じに変化。いや……他の令嬢に対して塩対応のエルンスト様だと思ったら私の扱いはVIP対応だ。
ドキドキするし、何か狙われた獲物の気分になって少し怖い。
「ねぇセリちゃんはテオ君とエルンスト様とアンネッタ様の言葉の真意がハッキリしなくて困ってるのね」
「うん。親のような目線なのか、社交辞令なのか……その……本当に好意があっての事なのか。そのまま流しちゃいけない話な気がして」
「そんなに悩んでいるなら第3の男子、私の弟リスト君をおすすめするよ!大富豪の御曹司と仲良くしてみたら分かるかもよ」
「リリちゃん!なんて事を」
そんな急にリスト君をすすめられても考えられないよ!大切な弟なんでしょ?ってあれ、なんで恋愛対象の話として受け取ってるの?友達という線もあるのに……ということは。
「ほら、何となく分かったでしょ?」
そうだ。リリスは弟が恋愛対象でないから他人におすすめできる余裕がある。だからアンネッタ様とエルンスト様はお互いに恋愛対象として見てないし、二人の言葉はエルンスト様を意識しろって事?
じゃあテオは妹とも娘とも思ってなくて……寂しくて他人に取られたくないって言ってて。
二人は私を恋愛対象として優しくしてくれている…………自意識過剰?
「セリちゃん真っ赤!まぁそれを意識しながら一緒にいてみて、比べてみて、相手の反応を確認したらハッキリするわよ。まぁ相手は二人だけではないから、気持ちに素直にね!」
「はい、リリス師匠」
ビシッと敬礼を決めて、その夜の相談会は終わった。
ちょうど次の休みにテオに買い物に誘われていたから、確かめてみるためによく観察することにした。
「テオ君、これ作ってみたの……食べてくれませんか?」
「ん?あぁ……うん。みんなで食べるよ」
「みんなで……そうですね、受け取ってくれてありがとうございます!では!」
そして気付いた現状がこれだ。
テオ様は随分とモテ男のようで、少し離れると街の可愛い女の子からプレゼントされたり、アピールされているのを目撃する。私が隣にいても、関係ないほどの熱烈アピールを受けている。
そう言えば、屋敷に新しく入ってきた若いメイド達もテオの前ではきゃぴきゃぴしていたな。
ふと隣を歩くテオを見上げた。
エミーリア様とルイス様ばかり見てて気にしていなかったが、テオもイケメンだと気付く。そして面倒見がよく優しい……モテる訳だ。
そしてある程度日用品を買い終わり馴染みのカフェに入り、私とテオはお茶を頼んで一息つく。
「凄いなぁ、テオさんがモテモテ過ぎる」
「なんだ急に。セリアも似たようなものだろ。店でおまけを貰ったり、プレゼントされたり」
「…………あ」
テオにため息をつかれ指摘される。
あれ?パン屋や雑貨屋のお兄さんたちはそういう意味で優しかったの?そっか。あれは好意を伝えるためのアピールだったのか。
急にいろんな事が見えはじめ恥ずかしいやら、本気だとしたら勇気が必要なのに話を流してしまった罪悪感やらが襲ってくる。
「他のヤツの事でそんな顔するな」
「私って鈍感?」
「今更だな……でもようやく自覚が出てきたか。今なら俺の気持ちが伝わりそうだな。前に言った意味わかったか?」
「テオの気持ち……」
テオの顔を見ると、慈しむような、でも熱のこもった眼差しで私を見ている。この瞳はずっと私を妹だと思って向けていたのではなかったんだ。自然と顔に熱が集まる。
「ねぇ、いつから?」
「自覚したのはルイス様の手紙事件が解決したときかな。それから真っ直ぐで、強くて、涙もろくて、どんどん綺麗になっていくセリアをずっと見ていた」
「……そんな前から」
「俺はセリアが好きだよ。これからでも良い。俺の事を兄ではなく、ひとりの男としてみてくれないか?」
私はテオの言葉に反応できない。彼は本当に私の事を思ってくれているのが分かったのに、自分の気持ちがわからない。だって私はずっとテオを兄のように思ってたんだ。
「すぐに答えなくて良いから意識して、考えてくれよな。俺は待ってるからさ。……さぁ帰るぞ」
「うん、帰ろう」
察してくれたテオが顔を赤くしながら優しく言ってくれ、自分の気持ちを確かめる猶予ができたことに安堵する。でも、ハッキリと告げられた気持ちにしっかりと向き合って考えなければいけない。
そしてテオはダーミッシュ家の屋敷に、私は学園の寮へと帰った。
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本当に自分の恋愛偏差値の低さに絶望する。
テオに好きと言われたことは嬉しいけど……すぐに返事は出来ないのは何故?エミーリア様に好きと言われている時と似ていて少し違う気持ちはなんで?
「血塗れ枯れ枝さん……私はね、気持ちが迷子なんだよ。君は過去にそういう経験ある?」
「……ないだろう」
植物園で魔界植物と話しているとツッコまれて、後ろを振り向くと苦笑いをしたエルンスト様が立っていた。なんでまた聞かれるのか……
「また魔界植物に話しかけてるのか」
「はい……」
「あの執事に好きとでも言われたか?」
「なんでそれを」
「なんだ、当たりか」
「───!」
かまをかけられ、まんまと引っ掛かった。エルンスト様は私の隣に腰をおろすが、私は潜れる穴はどこかにないかと探したくなる。
私ってそんなに考えていることが分かりやすいのだろうか。
「返事はしたのか?」
「いいえ、自分の気持ちが分からなくて、まだ何も」
「なら、俺の事も考えてくれるか?」
エルンスト様は鋭い眼差しで私を見つめ、なのにその手は優しく私の黒髪を掬い上げその先に口づけの真似をする。まるで騎士の忠誠のような、絵になるような姿で魅入ってしまう。
「俺は君に惹かれている。セリアが愛しい」
彼のストレート過ぎる言葉に私の心臓が止まるかと思った。




