46 学園(秋)
テオは何故あんな事を言ったのだろう。妹と思ってないとしたら……娘と思ってる?だから他の男に取られたくないとか。
父の視点かと思ったけれど、わざわざ『異性』とは言わないだろうし…………
それとも私が学園で変な男に引っ掛からないように、警戒心が芽生えるよう故意にあんな態度を取ったの?
そうではなくて……もしかして私の事を?だって異性としてって……
いやいやいやいや、今までテオに口説かれたことなんて無いような。口説かれるって、どんなことされるんだっけ?
「セリア」
「…………」
「セリア!着いたわよ!」
「ぇ、あ!はい!」
昨日のことが頭から離れず、考えすぎてしまっていた。エミーリア様に声を掛けられハッと頭を上げれば、もう学園の校門の前まで馬車が着こうとしていた。
「もう朝からおかしいわよ。もう話聞いてなかったでしょ?セリアは学園内で今話題の人になってるから気を付けてねって話よ」
「ごめんなさいリア様。考え事をしてて……大丈夫です。気を付けます!」
エミーリア様から疑いの眼差しを受けつつも、馬車が止まったので後続に迷惑がかからないように馬車を降りる。今日から学園の授業が再開されるので、寮には寄らず直接教室へふたりで向かった。
馬車から降りると私たちに視線が集まる。もう黒髪だと周囲にはバレているので、カツラは着けずに地毛で過ごすことにしたのだが思った以上に視線が多い。
逃げるように教室に入れば、すぐにリリスが駆け寄ってきた。
「おはようセリちゃん!スゴい注目度だね」
「おはようリリちゃん……こんなに見られるの疲れるよ。大したことしてないのに」
いつもより教室が遠くに感じるほど視線に疲れた。黒髪を抜きにしても、パーティーでは護衛の仕事をしたまでで特別強いわけでも、私が悪を暴いたわけでもない。
それでも視線が集まってしまい、何かを囁かれるのは慣れてない私にはストレスだ。
「あら、自覚がないのかしら?」
「自覚ですか?」
するとツンデレ姫こと本物のお姫様クリスティーナ殿下から声がかかる。
「仕方ないから教えてあげるわ。あなたは昔、黒猫として多くの貴族や有力者の子供たちを救ったわ。間接的には王族にも貸しを作るほどにね」
クリスティーナ殿下の兄であるアランフォード殿下が狙われた事件では、庇ったエルンスト様が代わりに誘拐された。それを黒猫は救出したのだが、もしかしたらアランフォード殿下だった可能性もあったのだ。
「しかも黒猫は黒髪黒目の『子供』よ。スラムで生きるか死ぬかのような生活をしている子供が無償で誰かを助けるなんて聖人扱い。それが今回、黒髪黒目そして中性的な容姿から黒猫がセリアという女性と判明。そのセリアは学園内では無償で奉仕を行うシスターのような素晴らしい平民だと評判」
誰がシスターだって?何でそんな話が?いつのまに。噂怖い。
「淑女の振る舞いもできて、侍女の仕事もできて、闘っても強くて、性格も悪くなく、過去の功績もあって今回も事件解決に微力ながらも助力……今のあなたは『聖女』のようだと言われてるのよ」
「……はい?」
自分が知らない人物像の話が広まっていることが信じられず、王族を相手に失礼な返事をしてしまう。しかしクリスティーナ殿下は気にすることなく続ける。
「まぁ聖女と言ってしまうと教会との問題があるから、代わりに女神から力を分け与えられた存在『黒き妖精』として注目されてるの。お分かり?」
「……分かりたくありません。数年前までスラムの孤児という底辺だったんですよ」
「諦めなさい、底辺だった孤児だからこそ美化されてるのよ。貴族からの破格の給与で使用人としての引き抜きに、縁談も来てるでしょ?平民相手でも貴方にはそれだけの価値があると見られているのよ」
なんてこった。ようやく静かな学園生活に戻って、エミーリア様とルイス様のウキウキ観察ライフ。そしてエルンスト様との格闘相談会。アランフォード殿下とのおやつタイムも再開できると楽しみにしていたのに大誤算だ。
見知らぬ貴族からの縁談は、過去の黒猫という存在をお家のイメージアップの為に政治利用しようとしている輩だと思った方が良いわけか。
休みの間はアドロフ様が対応してくださったけれど、直接来たら上手く断れるか不安だ。
「まぁ、本当に好みの貴族がいたら受けてもいいと思うわよ。私のお兄様とか」
「……?」
「アランお兄様は随分とセリアを気に入っているわ。特に手作りのお菓子をランチ後に食べるのが好きだと言っていたわね」
「クリスティーナ殿下、それ本当なの?セリアさんがお昼にいなくなってたのって殿下と……!」
私本人が訪ねる前に、クラスメイトのジャン様が椅子から立ち上がった。なるほど。事情を知らないひとはジャン様のように慌ててしまうのか。
「ジャン様、落ち着いてくださいませ。……クリスティーナ殿下、そうやって本人ではなく、他の貴族を使いながら外堀を埋めてくるかもしれないのですね」
「ふふふ、そう言う事よ。鈍いと思っていたけど馬鹿ではないのね。セリア、続きはお昼に話しましょう?それにジャン様……破るおつもり?――――さて、お開きね」
話していると担任が教室に入ってきたため、話は中断された。何故かジャン様は「3ヶ条……」と呟き顔が青くなっていた。
それにしても本当に油断できないな。クリスティーナ殿下は知っていて身を引いてくれたけど、他の貴族は分からない。
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昼休み時間は本当は植物園に行こうと思ったが、視線が多過ぎて行けそうにないので諦めた。
またクリスティーナ殿下のお誘いもあったので、今日はクラスメイトと教室で大人しくランチをすることにした。
アランフォード殿下はよくこの視線の数を振り切って植物園に通っていたな、と改めて感心する。
「セリちゃん、食べながら私達相手に質問の答え方を練習しよう!」
リリスによると、謎に包まれた黒猫時代から今の私生活まで知りたい人が結構いるらしい。休校期間中にクラスメイトが代わりに聞かれたらしく、できる範囲でいいから教えて欲しいとのこと。
確かに何度も別な人から同じ事を聞かれるのは面倒だから、広めてくれると楽かも。
「たとえばどんなこと?」
「いつからスラムにいたのか。家族はいたのか。何故子供たちを助けていたのか。どうやって助けていたのか。何を食べていたのか。どこで寝ていたのか。魔力はあるのか。その体術は誰から学んだのとか。それに」
「待ってリリちゃん!そんなに?」
「そうよ」
おいおい、スラムの生活なんて誰だって同じじゃないか。とりあえず食料探して、寝て、徘徊しての毎日だ。
どうやって答えようかと困っていたら、次期公爵様からも質問される。
「じゃあ好みの男性のタイプは?」
「好みの男性かぁ…………え?それもですか?」
「ほら、困ってる。スラムのでの生活以外ではこういう質問が多いから大変になるだろう。その隙を狙って縁談をまとめるやつも出てくるかも知れない。困らないためにも私達と練習しよう」
そう言われ納得し、答えられる質問に答えていった。回答の対策会議はお昼休みでは終らず、放課後に質問集を渡され翌日までに埋めるという宿題が出された。早く仕上げた方が良いからと、その日の夜はリリスと徹夜だった。
「もう嫌だ……謎のままで許して」
「じゃあ縁談を受けるか養子に入って、正式に誰かの庇護下に入るしかないよ。ただのメイドのままじゃスカウトは止まりませんね~」
「そんな……本末転倒だ」
私は机の上にコツンと額を当て、頭を抱えた。
特に好みの男性という質問が私を悩ませた。これまで恋というものを意識してこなさすぎて、どんな異性も友人としか思ってこなかった。
「異性かぁ…………」
エルンスト様に抱き締められたとき、彼は異性なんだと思った。テオに『異性』という言葉を投げ掛けられ、彼が求めるのはもしかして家族とは違う意味なのかもしれないと思った。
思ったけど、好みの男性像はやはりよくわからない。
私はぐるぐると悩み、答えがでないまま朝焼けをむかえた。




