45 屋敷(テオ)
一瞬、時が止まったかと思った。
セリアがエルンスト様に抱き締められているところを見てしまい、自分があんなにも嫉妬深い人間だと思い知らされた。
エルンスト様は「昔から探していた黒猫を逃がしたくなくて思わず」と言っていたが、半分は嘘だ。あの時の彼の目は、俺と同じ目でセリアを見ていたんだから間違いない。
「お義兄様、テオ、緊急会議です!議題はセリアについてよ!セリアがダーミッシュ家から奪われるかもしれない由々しき事態ですわ」
「お嬢様、それはエルンスト様に……ということで間違いないでしょうか?」
「ちょっと待って……僕はアランフォード殿下も油断できないと思うよ」
「殿下もですか!?」
エミーリア様が議長となってルイス様と俺の3人で話し合いをはじめるが、ライバルはエルンスト様だけではない疑惑が浮上し俺は動揺が隠せない。
ルイス様の話によると学園のとある場所でセリアと殿下はよく二人っきりで会っているらしい。しかも殿下はセリアの手作りのお菓子を食べ、隣で昼寝までしてるという親密具合だそうだ。
王族が護衛も付けずに無防備な姿を見せるとは、普通では考えられない。先日ビジネスライクな関係と言っていたが、鈍感セリアの言葉は鵜呑みにしてはいけなかった。
「それでもまずはエルンスト様が危険だと思うわ。セリアの好きな分野である格闘が専門の彼よ……さっきもまんまとセリアは釣られてしまったわ!なんて幸せそうな顔をしていたの……」
「これで食べ物も出てきたら大変だね。料理長に頑張ってもらわないと……あとテオはセリアの好きな紅茶をどんどん飲ませて」
「分かりました。明日にでもお茶に誘います」
エミーリア様とルイス様から指示を出されるが、エミーリア様はセリアに対してどう着地させたいのか分からない。使用人として取られたくないのか、それとも誰とも恋仲にすらなって欲しくないのか。
ルイス様はただエミーリア様の望み通りにしたいだけの激甘思考なのは分かるのだが……
「お嬢様はセリアに恋人ができることに反対なのでしょうか?」
「そういう訳じゃないわ!むしろ素敵な恋をして欲しいし結ばれるべきだわ。つまり今はお義兄様という存在がいるというのに、横取りはだめよってこと」
「「…………!?」」
俺とルイス様は嫌な予感がして、目を見合せた。
「だって、セリアにもとっても優しいし、プレゼントしてるし……秘密だけどそういう仲なのでしょ?」
久々にルイス様のお顔から笑みが消え、困惑の表情になる。
セリアも鈍いと思っていたが……主に似たのか。ルイス様はあんなにもエミーリア様に愛情を注いでいるというのに、全く気付かれてないどころか勘違いしているとはお可哀想に。
ルイス様がセリアにプレゼントをあげるのは、セリアが喜ぶとエミーリア様はもっと喜ぶほどセリアが好きだからだ。もちろんルイス様はセリアこそ妹のように大切に思ってもいるのだが、それが仇になるとは……
今回の事件だって、アドロフ様にエミーリア様への気持ちを認めてもらおうと頑張って捜査していた。婿入りして次期当主に相応しい姿を見せようとしてるのに伝わっていない。
「リア、僕はセリアには恋愛感情は抱いてないよ。本当の妹のように思っているからの行動だよ」
「そんな!私ったら勘違いしていたのね!不思議だったのよ。なんでライバル同士のお義兄様とテオがこんなに仲が良いのかって」
「俺の気持ちも知ってて、ルイス様の味方だったんですね」
「…………コホン。まぁ、テオだってエルンスト様に取られたくないのでしょ?これからは私はテオの味方よ!」
「期待シナイデ、頼リニシテマスネ」
「テオ、ものすごく棒読みだわ」
ルイス様が疲れている上に精神ダメージを受け、会議は早々に解散となった。
結局、『セリアの好きなもので気を引く作戦』を決行するという曖昧な感じで終わってしまった。
仕事が終わり食事を済ませ、セリアをお茶に誘うためにティーセットを準備する。その間はずっと心の奥が黒く濁るような気分になる。
きっと学園にはエルンスト様以外にもセリアに好意を抱いている奴はいるはずだ。先日から届いている熱烈な恋文を見れば、それは明らかで嫌になる。ライバルは俺よりも身分も権力もお金もあるやつらばかりだ。俺がセリアに与えられるのは手にしている紅茶だけ。
王立学園には貴族ばかりで、平民のセリアには見向きもしないと勝手に油断していた自分に一番の嫌気がさす。
トントン
「テオだ、少し話をしないか?お茶を持ってきた」
「はーい!今開けるね!」
セリアの部屋の扉をノックすると、彼女はすぐに俺を招きいれてくれる。相変わらず無防備な格好で、無警戒に男の俺を部屋に入れるなんて……心配すぎる。学園の寮がリリスさんと相部屋で良かった。
すでに紅茶は淹れて保温してあるので、カップに注いでセリアに渡す。彼女は相変わらず美味しそうな顔で飲んでくれて、俺の心も少し穏やかになる。
「テオから来てくれるなんて珍しいね」
「駄目だったか?もう明日には会えなくなるだろ」
「もしかして寂しいのかなぁ?なぁんて」
「あぁ、寂しいし心配だ」
俺の答えが意外だったのかキョトンとした顔で見つめてくる。もちろん3人が帰ってきてて賑やかだったのに、急に静かになるのは毎回寂しい。でも今は一番はこうやってセリアに会えなくなることが寂しくて、怖い。
「テオ?」
「セリア……」
俺はそっと隣に座るセリアを抱き締める。俺の心臓はこんなにもうるさく脈打っているのに、セリアはまだ俺を兄と思っているのかすんなり受け入れる。
エルンスト様のときは顔を赤くしていたのに、俺のときは自然体だ。それがまた悔しい。
「テオも甘える時があるんだね~ふふふ、よしよし。それとも昼間のリア様のふりのせい?」
「……違う。異性として意識して欲しいからだ」
「え?……テオ?」
「セリアに会えなくて寂しいし、俺は心配してる……セリアが他の男のものになるんじゃないかって」
そう言うとセリアの体が少し強ばったのが伝わってくる。少しは理解できただろうか。抱き締めていた腕を緩め体を離すと、困惑気味で少し顔を赤くしたセリアを見つめる。
「学園では気を付けろ。セリアが気付いていないだけで俺のように思っている男がいるんだ」
「テオのように……?」
「あとは自分で考えてみろ。セリアは俺を兄のようだと思っていても、俺は妹のようには思ってない…………じゃあ帰る。おやすみセリア」
「あ、うん。おやすみ」
セリアはベッドに腰掛けたまま放心状態だが、俺は立ち上がりセリアの頭を少し撫でて部屋を出た。
「……はぁ」
あぁー俺のヘタレ!途中までちゃんと告白するつもりだったのに言えなかった。今から戻って言うのも格好悪いし。
俺は静かに部屋に帰って、ひとり反省した。




