44 屋敷(臨時休校)
うわぁぁぁぁあ!なんなのこの包み込まれる感じ!なんか良い香りがするし!イケメンのハグだぁぁあ!は、恥ずかしいっ!
って黒猫の件が無ければ良い思い出なのだが、今はヤバい!牢獄行きのカウントダウンが始まった……でも諦めてはいけない。どうにかして距離を取らなければ。
「エ、エルンスト様……離してくれませんか?」
「答え次第だ。セリア、いや――――黒猫、なぜ逃げる」
いや、なんで抱き締める!ってこれは捕獲のための拘束か。どうしよう、どうしよう、どうしよう!少しでも腕の力が緩んでくれれば、スルリと抜け出す自信はあるのに!
「エルンスト様!当家の使用人に何をなさっているのです!今すぐにお離しください」
拘束から逃れられず困っていたら、聞いたこともない怒りが込められたテオの声が聞こえ、二人が睨み合う。
するとエルンスト様の力が緩み、その隙に腕から抜け出すとすぐさま例の体勢にはいる。
「正体を隠していて大変申し訳ございません!当時の所業の罪は償いますのでどうか、どうか!私をお許しくださいませ!」
「なんのことだ!地に頭をつけるなセリア!」
許しを乞うために過去最高に綺麗な土下座をきめるが、エルンスト様に止められてしまう。
「……え?私を捕縛しにきたのでは」
「俺がセリアを犯罪者扱いした覚えはないぞ」
「へ?」
「…………お二人ともまずは応接室へどうぞ」
何やら、勘違いだったらしい。何かを察したテオに誘導されて応接室に行くとアランフォード殿下、ルイス様、エミーリア様が待っていた。
王城には内通者がいるかもしれないので、ダーミッシュ家で打合せするために密かに昼過ぎからお忍びで来ていたようだ。
「あははははは!あぁエルが暴走するその現場を見たかったなぁ。セリアも相変わらず土下座が好きだし、まったく恩人を捕縛する訳がないのにとんだ勘違いをしてたな。なぁルイス」
「ふふっ、確かに。しかしセリアならその状況でも『イケメンのハグだぁ』と喜ぶと僕は予想してたけど、まさか土下座するとはね」
テオがさっと状況を説明したらアランフォード殿下は大爆笑だ。ルイス様に関しては私の思考がバレバレで、エミーリア様にジト目で見られいたたまれない。
「はい……黒猫時代に言うことを聞かすためとはいえ貴族の子供に手をあげたので重罪で捕まるのかと思って……すぐに我に返りました」
「一瞬は喜んだんだね」
「だってルイス様……男性の方からギュッとされたの初めてだったんです」
今回は逃走防止のためだとはいえ貴重な体験をした。ルイス様やテオには嬉しいときに思わず一方的に私から飛び付いたことはあるが、されたことはない。
それに前世でも今世でも色恋沙汰には疎くて、彼氏なんていた記憶がないから、もちろん異性とハグしあう事なんてしたことない。今さら経験の乏しさに恥ずかしくして顔に熱が集まる。
チラっとエルンスト様を窺うと、こちらを見つめていらっしゃる。先程の温もりを思い出してしまい、視線を泳がせば他の人も私を注視している。ハグされた程度で恥ずかしくなる私が珍しいのだろうか。
するとエミーリア様は私の腕に強く抱きつき、何故かエルンスト様を睨み付ける。
「ねぇセリア、男性からのハグが嬉しいのならいつでもお義兄様がしてくれるわ!」
「そうだね、でもまずはテオがしてくれるよ!テオもけっこうイケメンだと僕は思うんだけど」
「ルイス様まで……殿下の前で悪ふざけ過ぎますよ」
エミーリア様はエルンスト様に対抗するかのようにハグを勧めはじめ、便乗したルイス様のとばっちりを受けたテオが焦り真っ赤になりながら諫めようとする。
「へぇ4人とも仲が良いんだね、では私からもハグをしようか」
「アランは何を言っているんだ」
「私も顔面偏差値は高い方だと思うんだが?」
「そういう問題じゃないだろう……セリア、気にするな」
アランフォード殿下も悪のりをはじめカオス状態だったが、エルンスト様が治めてくれる。先程は暴走したらしいが、何だかんだエルンスト様が一番真面目さんだと思う。
ようやく落ち着いて先程の行動の説明をしてもらった。
当時、使用人を使ってスラムに私を保護しに行ったが一切捕まらず、それでも諦めきれずに探していた。
で、ようやく見つけたと思ったら事件勃発中のパーティー会場で話ができず。気付いたら帰宅してて話ができず。忙しくて屋敷を訪ねることもできず。ルイス様には質問を躱され……と積み重なった結果が先程の捕縛だったようだ。
暴走してしまうほどエルンスト様は黒猫を求めていたんだなと思うと、申し訳なさと嬉しさが入り交じった。
「セリアには誘拐事件だけでなく、魔道具の洗脳からも助けてもらったのに、無体をしてすまなかった」
「いいえ、私こそエルンスト様に昔も先日も暴挙をした上に逃げてしまい申し訳ございませんでした。むしろハグは貴重な経験になったので、ありがとうございました」
「そうか、許してくれてありがとう。今度きちんとお礼がしたい。何か希望があれば教えてくれ。本当はグレーザー家で雇い、不自由のない生活を与えようと思ったが必要なさそうだしな」
エルンスト様は優しい顔で話してくれる。クレア様と一緒にいたときとは違い、本当に私の知っている元のエルンスト様に戻ったようで良かった。私も自然と笑みがこぼれる。
一方でエミーリア様の抱きつく力はますます強くなり、エルンスト様への警戒が強くなる。やはり呼び出し事件でエルンスト様の印象が地に落ちてるのだろうか……うーん。
それにテオのエルンスト様への視線もどこか冷たい。みんなで仲良くしたいんだけどなぁ。
「くすっ、エミーリア嬢も執事も随分とセリアを気に入ってるのだな……ルイスもか?」
「アランフォード殿下は何をおっしゃりたいのか……僕たちは4兄妹のように育ってきただけですよ」
「兄妹ね……おや、そんなに笑顔で冷気をださないでくれよ。ルイスは怖いなぁ」
「殿下、ご冗談を。僕は普通ですよ」
「あははは」
私の知らない間にアランフォード殿下とルイス様はかなり仲良くなったようだ。しかし、お礼かぁ……生活が満たされている今は特に思い付かない。
「セリア、もし良かったらグレーザー伯爵家の屋敷に来ないか?最新の魔道具でできたトレーニング器具もあるし、使いたければいつでも屋敷に来れるよう使用人に伝えておく。一緒に鍛練しようという約束も果たしたいんだ」
「え!良いんですか!最新の……トレーニング……!」
エルンスト様がキラキラ笑顔で魅力的な提案してくれる。なんと素晴らしい!私に迷いはなかった。
「喜んでお邪魔します!」
「いつでも待ってる」
私とエルンスト様はニコニコと微笑み合う。トレーニングはいつも1人だったから、今から楽しみで仕方がない。
「アランフォード殿下、エルンスト様そろそろお時間ではございませんか?エントランスまでお見送りいたします」
「もうそんな時間か。行くぞエル」
「あぁ、みなまた会おう」
テオが促したことによって、アランフォード殿下とエルンスト様はさっと帰ってしまった。馬に跨がり並走する二人の姿を見て、私は平和が戻ってきたのだと嬉しくなった。
そうして休日が終わり、明後日からまた学園がはじまる。




