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43.5 回想(エルンスト②)

 

 我がグレーザー家は伯爵位だ。親には結婚相手は優秀であれば身分は問わないと表向きは言われている。それでも実際は貴族に所属、または同格の力を持つ人物でなければ認めてはもらえないだろう。


 男爵家の侍女で優秀であってもセリアはただの平民。富豪でも貴重な魔法師でもない。だから想いを寄せてはいけない。もしセリアが黒猫だったら?きっと俺の恩人で、王家も認める功績を持つ存在だからきっと認めてくれる。



 あぁ、やめようと思っていたのに、何をまたセリアと黒猫を同一視しているのか、馬鹿馬鹿しい。




 **********



 学園のパーティーでは同じ誘拐事件の被害者でセリアの主であるエミーリア嬢をダンスに誘い、久々に黒猫の話ができた。



「黒猫様は素晴らしいわ。私の初恋の相手と言っても過言ではないほどに、漆黒に見惚れましたわ」

「そうだな。あの子は俺の恩人で憧れでもある。しかし君が救出されたのを最後に黒猫は姿を消した。それと同時にセリアが働き始めたようだが」

「えぇ、黒猫様を彷彿とさせるような見事な黒い瞳だったので採用しましたの。似ていますでしょ?」

「そうだな、よく似ていたから疑ってしまった」



 エミーリア嬢に隠すような動揺が見られないことから、やはり他人の空似のようだ。

 これからはセリアを友達として見なければと思っていたのに……未だに俺の心は揺れている。




 ルイスとダンスをするセリアを見て、胸の奥が重くなる。なぜ、こんな気持ちになるのか。ひたすら気付かないふりをした。




 **********




「私前からずぅーっとエル様とお話ししたかったんです」

「…………」



 誰かこの女を黙らせろ。



 社交シーズンが始まり、観察対象のマンハイム嬢がやたらと絡むようになってきた。話しかけられない微妙な距離を保っていたというに……彼女は空気を読むことを知らないらしい。

 苛立ちが止まらなかったが、主のエミーリア嬢を支えるために変装までして会場に来ていたセリアの姿を見て冷静を保つ。


 主のために尽くすその姿に尊敬の念を抱き、元側近候補の異変の原因を探るためマンハイム嬢の態度を我慢する。だがマンハイム嬢の魅力が一切分からず難航していた。



 そして夜会のない日はストレス発散のために、許される時間全てを鍛練に費やした。



 **********




 学園生活が再開し、植物園でセリアに会うとすぐに彼女は鍛練の成果に気づいてくれた。誰もが俺の家柄や顔ばかりしか見ていないのに、セリアだけは俺の努力に気が付いてくれて嬉しくなる。

 他の令嬢が聞きたがらないような、様々な鍛練の話もセリアは楽しそうに聞いてくれて、彼女なりのアドバイスもくれて話が弾んだ。



 先程のまでマンハイム嬢のしつこさと、セリアが他の男に口説かれている姿を見て苛立っていた気持ちも軽くなる。

 そしてセリアの笑顔を見て、もう自分の気持ちに嘘がつけないことを自覚した。




 俺は彼女が好きなんだ。

 この身分差が辛い。なぜ俺の家は伯爵家で、彼女は平民なのか――――




「身分差って大変ですよね?エル様も思いませんか?気になる方に限って差があるんですもの……私も辛いんです」



 だから弱っていた俺はマンハイム嬢のその言葉に隙を作り、知らぬ間に洗脳に堕ちてしまった。



 それから数日の記憶は全て霞んでいてあまり覚えていない。ただセリアが俺を軽蔑する眼差しを受け、そのショックで霞が薄くなる。気付いたときには何故か腕の中には濡れたマンハイム嬢がいたが、それよりも去っていくセリアが気になって追いかけた。



 追い付いたもののセリアの言葉が突き刺さり、怒りがコントロールできずに声を荒げていた。しかしセリアは臆することなく、あっという間に俺を制圧した。セリアは強くなった…………いや、俺が弱くなったのか。

 状況が飲み込めず、唖然としていると背から悲しげな彼女の声が降ってくる。



「私は同じ主を守る志を尊敬していたのに、もう私の憧れるエルンスト様はいないのですね」



 セリアの悲しそうな声を聞いて、酷い頭痛はするものの夢が覚めたように意識が戻っていった。再び何か分からぬ力に意識を引き摺られそうになるが、悔しい気持ちを奮い立たせ必死で振り払う。すると手首が焼けるように熱くなり、これはただの腕輪でないと感じる。



 俺はセリアの拘束から解放されると、曖昧な記憶を確かめた。自分の意思とは違う行動をとっていたことを悔いていると、その間に彼女はアランを大切にしろと言い残し立ち去った。そうだ……アランの元へ帰らねば。すぐに学園内の執務室へと向かった。



「アラン……」

「エル!どうしたんだ……制服は汚れてるし、少し濡れて……お前ほどのヤツが」


指摘の通り、俺の姿は酷かった。マンハイム嬢を支えたため制服が濡れた状態で、地面に押さえつけられたせいで制服は土でドロドロだ。まさに敗者の姿。でも心は軽い。


「セリアにやられた。目を覚ませと。アランが頼んだのだろ?すっかりやられてしまった」

「──!」

「お陰で目が覚めた。……アランフォード殿下、この度の失態大変申し訳ございません。俺に挽回の機会を下さいませ。必ずやお役にたちます」



 俺はアランに跪いて忠誠の姿勢を示し、アランの返事を待つ。もう絶対に主を裏切らないという決意を込めて。



「相変わらずエルは真面目すぎるなぁ。では早速仕事をしてもらおう。マンハイム子爵家クレアの報告を」



 アランはまるで何ともないと笑ってくれた。元側近候補のように見限られる前に間に合って良かったと、心の底から安堵した。

 マンハイム嬢がくれた腕輪が怪しく、他のやつらも何かしらの術をかけられている可能性を伝えると、アランは「やはりか」とすぐに納得する。



「アランは知っていたのか」

「あぁ、クリスティーナがセリアから呪いのブローチを預かったらしくてな。調べたら精神操作の魔道具だった」



 セリアには精神操作の魔法は効かず、証拠品としてマンハイムの弱味を手に入れることができた。証拠を確固たるものにするために、アランは怪しい腕輪を外すよう俺に指示したが今日まで無視されたようだ。


 しかし素人が無理に外すと呪詛返しに合うようで、取り上げられず困っていたようだ。アランはそんな俺が魔法師の力無しで自力で正気に戻ったことに驚いていた。



 自力ではない。アランの騎士に相応しくないと言われたことが悔しく、彼女の悲しげな声が辛くて…………俺は元に戻れた。



「腕輪は証拠品にするために預かる。エルは今まで通り術にかけられている演技をして、マンハイムの情報を流してくれ。セリア曰く、ヒロインと信じ込んでいるマンハイムは今度の誕生パーティーで断罪の()()()をしてくるだろうと予想している。クリスティーナもどうせ誕生日をめちゃくちゃにされるなら、いっそ利用して返り討ちにしてやると意気込んでいたな」


「大勢の前で断罪できればマンハイム嬢の犯行の余罪調査に便乗して、子爵の黒い噂の調査も堂々とできるわけか。そこで他にも魔道具が見つかれば……」


「あぁ。それにルイスも妹エミーリア嬢を狙われて随分とご立腹なのか、既にマンハイム子爵の黒い証言を揃えてきてる。子爵以外にも疑わしい貴族がいるようだ。あれは裏で当主のアドロフ殿も動いてるな……私たちも準備するぞ」



 そうしてクリスティーナ殿下のパーティーでは予想通りマンハイムと取り巻きによる断罪が行われ、セリアとリリスによって返り討ちにした。それを糸口に犯罪に荷担している可能性のある貴族を調べる口実が出来上がる。


 そこまでは順調だったが、ギュンターの洗脳の力が想定より強く操られてエミーリア嬢へと襲いかかった。

 セリアが庇うが彼女の頭が掴まれ、床に叩きつけられそうになる。最悪の光景を予想してしまうが、その光景はやってこなかった。カツラだったのだろう。茶色い髪だけが床に叩きつけられ、代わりに漆黒の長く綺麗な髪が踊るように舞った。そしてあっという間にギュンターを押さえつけていた。



 見つけた。追い求めていた黒髪黒目の妖精が再び現れた瞬間だった。




 俺の思い込みではなかった。セリアは黒猫だった。

 早く話したい。騒動を落ち着かせてすぐにでも!と思っていたのに、会場の騒ぎを収束させる前にセリアは帰ってしまった。



 その後は後処理が忙しくて本人と会うことができなかった。その上に、惹かれていたセリアと憧れの黒猫が同一人物だと確信してから俺の想いは募るばかりだ。



 会いたい。会いたい。会いたい――――



 きちんと仕事をしつつルイスにセリアのことを聞くが「僕が引き取られた時には既にセリアはいたから知らないよ。僕こそ早く屋敷に帰ってリアとセリアに癒されたいのに……さ、仕事しますよ!」と取りつく島もない。




 だから止まらなかった。

 ダーミッシュ家に寄ってセリアを見たとき、もう逃がしたくなくて、手に入れたくて、その思いが溢れ抱き締めてしまった。


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