43 屋敷(臨時休校)
朝からエミーリア様と私はそわそわして過ごしていた。
「リリスさん早く来ないかしら、待ち遠しいわ」
「そうですね!会えるの久々ですからね!」
「それと私と同じく誘拐されて、セリアに助けられた弟さんもくるのよね?」
「はい、リリちゃんには以前から会わせたいと言われていたので必ず来るかと」
今日はエミーリア様の疑いを晴らすために協力してくれたリリスとアンカー家の皆様にお礼をするべく、ダーミッシュ家主催のランチにご招待したのだ。
ようやくリリスの弟に会うという約束も果たせる。先週の王女様の誕生日会でリリスの両親には挨拶したが、弟は来ていなかったので会うのは誘拐事件以来だ。
「でもリリスさんもイタズラ好きね。カツラをつけてセリアを他メイドに紛れ込ませて、弟さんを驚かそうだなんて」
「アンカー家は『驚きのある生活を』を社訓にも掲げてるので、そういうのが好きなようですね」
どんな風に成長したのかな?助けた時は少女と見間違えるほどの可愛らしい少年だった。エルンスト様とは違う系統の美少年だったので、成長した姿に会えるのが楽しみだ!
「お嬢様、セリア、本日のお客様がまもなくお着きになりますよ」
「ニーナさんありがとうございます!リア様行きましょう」
私たちは玄関に移動してエミーリア様はエントランスホールの中央にいるご夫妻の隣へ、私は他のメイドと同じく列に加わりアンカー家をお出迎えする。ルイス様は捜査が忙しく不参加だ。
馬車からアンカー家の皆様がおりてくると、アドロフ様が代表して歓迎する。
「よく来てくれました、アンカー家の皆さん。私たちダーミッシュ家一同は楽しみにしていました」
「これはこれは、ご当主様自らお出迎えしていただいて誠に恐縮でございます」
「いいえ、あなたたちは大切な娘の恩人だ。アンカー商会の素晴らしい商品に助けられた。どうか私のことはアドロフと気軽に呼んでください」
「ではアドロフ様、私のことはジョージとお呼びくださいませ」
父親同士が挨拶している間、リリスは挨拶代わりに私にさりげなくウィンクしてくれる。
彼女の後ろにいるのは弟リスト君だろうか。リリスのひとつ年下の14歳で同じ赤茶髪にピンクの瞳で姉に似た可愛らしい男の子だ。
リスト君は失礼がない程度に目だけで誰かを探している。きっと私だ……リリスとご両親はそんなリスト君をニヤニヤと見ている。
にこやかに食事会が始まり、エミーリア様が当時の誘拐された話を始める。するとリスト君も当時の事を話しはじめ、私も話を聞きながら懐かしい気持ちになった。
「当時は最初はすごく怖かったんですが、それ以上に危険を省みず僕を助けてくれたところが格好よくて、怖さは吹っ飛びました」
「分かりますわ!小さな体なのに大きな存在感で」
そして物凄く恥ずかしい気持ちにもなる。私は自分の贖罪で動いていたのに、なんだか美化されていて申し訳ない気持ちもあって、いたたまれない。
「だから、その……少年かと思っていた黒猫様は本当は女性と聞いたのですが、セリアさんと言うんですよね?今日は会えると聞いてたんですが、急用でもできたのでしょうか?お礼を伝えたかったんですが」
我慢が出来なくなったのか、リスト君は落ち着かない様子で黒猫の所在を聞いてくる。可愛い弟の反応に、リリスが肩を震わせた。
「あら、話すのに夢中で気が付いてないのね」
「ふふふ、リリスさん駄目よ。早いわ」
「何だよリリス姉さん!エミーリア様まで……どこにもいないじゃないです……か……え?」
「ようやく見つけたわね!自分が誉められ過ぎて恥ずかしくて真っ赤になってる人よ、ね?セリちゃん」
黒目の私にようやく気が付いた彼は、ポカンと固まった。すぐに私はカツラを外して正体を明らかにする。リスト君は黒猫本人の前であれこれ話したことにも気が付き、私に負けないくらい顔が赤くなる。
「久しぶりだね、リスト君。その……憧れてくれててありがとうございます」
「あ、は、はい!そんな本人の前で僕は……恥ずかしい。お綺麗になったんですね」
「そんな!昔が男っぽかったから、今そう見えるだけだよ」
私たちの反応を見てアンカー家の3人はイタズラが成功した子供のような得意気な顔になり、ダーミッシュ家の3人からは生温い視線が送られる。
食事のあとは大人と子供で分かれてお茶会になった。今日は私も侍女ではなく、ゲストと同じテーブルに座ってお話をした。お茶はテオが美味しく淹れてくれている。
リスト君は私が女性でも変わらず、ヒーローとして尊敬してくれてるそうだ。来年の志望校を商業専門か王立学園に行くかで悩んでいたようだが、王立学園に決めたらしい。
「セリアさん、必ず合格して見せるので僕とも仲良くしてくれませんか?もっとお話したいんです」
「もちろんだよ、可愛い後輩は大歓迎!宜しくね。受験頑張ってね!」
「可愛い後輩ですか……格好いい後輩になって会いに行きますよ」
なんと頼もしい!さすがリリスの弟だ。
終始楽しいお茶会も夕方前には終わりをむかえ、門の所までアンカー家の皆さんを見送る。
「エミーリア様、セリちゃん!また明後日、学園で会いましょうね」
「はい、お気を付けてリリスさん」
「またねリリちゃん、リスト君も!」
私たちは馬車が見えなくなるまで、手をふった。
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……27、28、29、30!
「ふぅっ!……はぁ、はぁ、はぁ、あぁ苦しい」
今日は料理長が気合いをいれて作ったお菓子が美味しすぎて、お茶会で食べすぎてしまった。すっかり体が重くなったので、誰もいない裏庭で運動をしていた。
明後日からまた学園の寮なので激しい訓練は出来ないので、体が忘れないように武術の型通りに動く。集中して、丁寧に……そう集中し直そうとしたとき、ふと視界に影が入り込んだ。
「黒猫」
「──え?」
集中していたせいで近くまで人が来ていたのにも気づかず、背後から突然腕を捕まれてしまう。
あぁ、忘れてた。
私はエミーリア様の悪役阻止をして、すっかり浮かれていた。あんなにも以前は気を付けていたはずなのに……先日黒髪黒目がバレたというのに失念していた。
振り向くと彼の鋭い視線と目が合う。
その夕焼け色の瞳には見たこともないほどの熱が含まれ、未知の視線に驚いた私の体は抵抗できなかった。
「捕まえた……もう逃がさない」
そう言われた私はエルンスト様の大きな体に抱き締められ、捕まった。




