41 王女誕生パーティー
カツラで良かった。それにアランフォード殿下から送られた細工されたドレスのお陰で動きやすい。あの勢いのまま床に頭を打ち付けていたら無事では済まなかっただろう。それほどまでにギュンター様の敵意に躊躇いがなかった。
私がギュンター様を押さえ込むと、会場全体が静寂に包まれる。誰かが「黒猫」と呟く声が聞こえた。
しかし静寂はわずかの間だけでクレア様の叫びは止まらない。その異様な光景に誰もが動けずにいる。
「なんでよ!早く消して!!消して消して消して消して消して消して」
その叫びに反応するように他の取り巻きたちの様子にも異変が起きる。彼らから敵意の視線が生まれ、エミーリア様へと向けられ私は危険を察知する。
「リア様こちらに!」
「セリア!」
クレア様の味方になるメリットなど何一つないのに、取り巻きたちは彼女のためにエミーリア様を排除しようと動き出した。人が多くいるため衛兵も素早く動けず、こちらに間に合いそうもない。
ギュンター様の肩を外して戦闘不能にさせ、すぐにエミーリア様を背に庇う。私ひとりでは人数が多い。何故か衛兵以外は持ち込み禁止の刃物を持つ者もいる。だけど逃げる気はない。エミーリア様は絶対に守ってみせる。今度こそ…………前世のように誰かを守れずに後悔してたまるか!
対処しきれないと判断した私はエミーリア様を抱き締めて、敵に背を向け盾になる覚悟を決めた。
「――――?」
しかし痛みは襲って来なかった。私の背には彼がいて、取り巻きたちに対して剣を鞘に収めたまま倒していく。その強さは見惚れるほど圧倒的だ。
「エルンスト様―――っ!」
「セリア大丈夫か?アランに帯剣許可を取っておいて良かった」
夕焼け色の瞳に光を宿したエルンスト様は、暴走した取り巻きをどんどん倒していく。
私は彼に心で感謝を捧げながら、エミーリア様を守るように後退した。
「衛兵!アランフォードの命によりマンハイム嬢と暴れる者を今すぐ拘束せよ!エルばかりに任せて遅れをとるな!」
アランフォード殿下の指示によって、クレア様と主要3名をはじめ取り巻きたち全員がロープで拘束されていく。一部は洗脳されたかのように未だに抵抗してエミーリア様へと動こうとしている。
クレア様の叫びもまだ続いていた。
「な……なんでよ!エル様は私の味方でしょ。何で言うことを聞かないのよ!今なら許してあげるから助けなさいよ!命令よ!」
「何故俺がお前の味方をしなきゃならないんだ。俺は貴様を見張るために側にいたまでだ」
「だってお守りあげたじゃない……だから皆も私を大切にして、お願いを聞いてくれて……なんでよ!」
「やはりな。あれは魔道具だ。衛兵の方は拘束者の装飾品を調べてください。でもまだ魔法師の確認が取れるまで外さずにお願いします」
エルンスト様が衛兵に指示を出ししらべさせると、全員から石のついた装飾品が見つかった。ローブを着た魔法師によって何かの魔道具だと確認された。
アランフォード殿下は溜め息をひとつすると次の行動に出る。
「ダーミッシュ男爵家ルイス、少し早いがこの機会に例の件を公表する。やってくれ!」
「承りました」
ルイス様がすぐに鑑定書を掲げながら、説明にはいる。
「皆様!この魔道具は禁術の精神操作を応用した洗脳アイテムかと思われます。学園でのマナーを欠いた行動や今回の暴動はマンハイム嬢から渡されたアイテムによってもたらさせたものです」
「嘘よ!それはお守りだって本には書いてあったもの!願いを込めれば叶うって」
「マンハイム嬢……これはあなたの養父が用意したものです。あなたには予言書と信じこんでいる小説があるはず。それを送ったのは貴方で間違いありませんね?マンハイム子爵!」
急に話をふられマンハイム子爵は顔を青くするが、転じてすぐに赤くなり反論しはじめる。
「私は知らない!娘がこんな馬鹿げたことしてるとは知らない!」
「使用人から証言はとれていますよ?他にも随分と宝石類を買い込んでいるようですね」
「男爵家の養子ごときが勝手な真似を……!殿下の指示と言えど憶測で禁術の魔道具と決めつけられては困るな、わかっているのか?偶然、一点だけ見つかっただけだ。商人が怪しいのかもしれぬぞ」
疑惑の魔道具はこの会場で押収したばかりで、まだ正式な調べはついていない。だからこそ子爵は強気に出てきた。すると、凛とした女性の声が響き渡る。
「クレア様が洗脳の魔道具を複数持っていたと、わたくしグランヴェール王国第一王女クリスティーナが証明いたしますわ!」
王女は混乱の間に現れ、国王陛下の隣に立ち状況を見据えていた。その王女と名乗る少女はよく知っている人で、同じ事を思った人がいたのだろう「ツンデレ姫……」という呟きが聞こえた。
伯爵家の令嬢と聞いていたが、学園に秘密裏に潜入するための嘘の身分だったらしい。
「クレア様、これに見覚えは?」
「それは私がセリアさんに渡した……!」
「そうです。わたくしの手元にはクレア様がクラスメイトのセリアさんに渡したブローチがございます。調べたところブローチには禁術の仕掛けが施され、クレア様の魔力によって発動された形跡が確認されてますわ……つまり故意に発動させてます。ルイス様、いかがですか?」
クリスティーナ殿下の手には、以前私がクレア様からもらったブローチがあった。既に透明な封印箱に入れられているが、封印と反発していて不気味に発光している。
ルイス様がクリスティーナ王女に一礼すると、彼はニヤリと口元に弧を描きマンハイム子爵へと向き直った。
「クリスティーナ殿下、ご協力感謝いたします。さて、クレア嬢がお守りというエルンスト様に渡した魔道具も同じく魔力の形跡が確認されてます。マンハイム子爵家……2つも偶然があるでしょうか?今頃、余罪を調べるために屋敷には騎士団が家宅捜索に入っている頃でしょう」
「き、貴様……男爵家の養子の癖に!」
追い詰められ激高したマンハイム子爵はルイス様に襲いかかろうとするが、衛兵によって簡単に拘束されてしまい力なく膝をついた。
会場は騒動によって完全に華やかさを失っていた。アランフォード殿下は国王陛下と目を合わせ頷き合うとパーティーの中止を宣言した。
「本日は急な事件によりパーティーは中止とする。すまないクリスティーナ」
「アランお兄様、当然のことですわ。事件の真相解明を優先なさって」
「ありがとうティナ……衛兵!魔法師によって魔道具を外され正気を取り戻したものは魔法師団の治療室へ。それでも魔道具に惑わされている重傷者は幽閉棟に一時的に勾留。マンハイム子爵家の親子は騎士団の尋問室へ連行せよ」
アランフォード殿下の指示によって、拘束された者たちが会場から連れ出されていく。ほとんどの者が素直に従っているが、彼女だけは最後まで狂っていた。
「私は物語の主人公よ!ピンチの時こそ王子様が助けに来るはずなのになんで助けないのよ!アラン様が私の王子様じゃなければ、第二王子のマインハート様ね!……なんでそんな冷たい目でみるの?あら、じゃあ第一王子のレオンハルト様だったのね!……ねぇ!なんで助けないのよ!私がピンチなのよ!ねぇ!」
王族相手に叫び続けながら、クレア様は引き摺られ会場を去った。




