40 王女誕生パーティー
「ダーミッシュ男爵家令嬢エミーリア!貴様が今日までクレアにしてきた悪事と、学園に混乱を招いた所業は許されない!」
「エミーリアさん!お願い……罪を認めて償って」
ルイス様にエスコートされているエミーリア様の前には、声を張り上げ糾弾する集団がいた。先頭に立っているのはゲイル様。その後ろには大きな瞳に涙をためながら震える――――今回も豪華に着飾ったクレア様。その彼女を挟み支えるのがギュンター様とグレン様を筆頭に、他複数の男性の集団がエミーリア様を睨んでいる。
その集団の中にはエルンスト様も立っていた。
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今夜は第一王女殿下の15歳の誕生日とデビュタントのお祝いを兼ねた、王家主催の国内向けのパーティーが行われている。今まで行事があっても表に現れなかった王女の姿が見れると話題になっていた。
貴族はもちろん、国内の有力商会も参加する大きな夜会で、アンカー商会のリリスもいる。
私は第一王女から直々に招待状を頂き、「気まぐれで招待した人枠」で参加していた。アランフォード殿下に会場に入る手段はないか相談したので、協力してくれたのかもしれない。
王城の使用人として潜入かと思っていたので急なドレスの用意に慌てたが、数日後アランフォード殿下からドレスが送られてきたので頭が上がらない。嬉しいことに、戦闘になっても支障のない動きやすい細工がされていた。
話を戻すが、その夜会でまもなくクリスティーナ王女殿下の登場の直前というところで事件は起きた。
「貴様!なぜ参加している。王女殿下の素晴らしいパーティーに相応しくない貴様は立ち去れ!」
「いや、立ち去るだけではぬるい。悪事を暴き、貴族から追放すべきだ!」
そう言って王家の許可もとらずに糾弾が始まり、クレア様が受けた被害はエミーリア様の所業だと宣言し追い詰めようとしている。その糾弾に対してエミーリア様は堂々と反論する。
「私はクレア様に対して何もしておりません!そして、王家主催の夜会で話すことではないでしょう。お止めにならないのであれば、別室に移動なさいませんか?」
「この期に及んで認めず逃げる気か。貴様の手によって池に突き落とされ、溺れ死ぬところだったのだぞ」
ゲイル様はエミーリア様の配慮を無視して、先日の件の糾弾をはじめる。彼は更に罪状を連ねようとしたが、叶わない。
「静粛に!学園の生徒同士の問題を晒すな。しかし公の場でこのままでは名誉に関わるだろう。父上……いえ陛下、このアランフォードに問題を解決するお時間を頂けないでしょうか?」
「かまわん、その手腕を見せてみよ」
騒ぎ声に会場全体がざわめいていたが、アランフォード殿下の登場で会場内は静まり返った。アランフォード殿下の提案に国王が頷き、全員が事の行方を見守る体制に入った。
しかし一人だけ場違いな発言をしはじめる。
「アラン様、私のために嬉しい。助けてくれるって信じてました」
「ここは学園の外だ、発言に気を付けろ。助けるかどうかは証拠次第だ。ではエミーリア嬢の犯行という証拠をあげよ」
「そんな!私の事を信じてください!」
クレア様が言い募るがアランフォード殿下は耳にもかけず、元側近候補へと視線を移した。
「まさか、お前たちも同じ事を言うじゃないんだろうな?」
「殿下!クレアの言うとおりなんだ。俺たちは彼女が泣き、エミーリア嬢に怯えているのを知っている」
「ゲイル、本人の証言以外の証拠は?事後ではなく、まさに犯行の瞬間の目撃者はいるのか?」
「くっ……しかしクレアが。そうだ、エミーリア嬢が上手いこと隠してるんだ」
やはり物理的証拠はないようでクレア様の証言だけ。
犯人と決めつけるためには複数の証拠が必要になる。犯行現場の目撃者なり、指紋なり、落とし物であったり……彼らにはそれが一切無い。
この流れは私たちの狙い通り。アランフォード殿下は次にエミーリア様の方を向いた。
「エミーリア嬢から何か言いたいことはあるか」
「はい、私には無実の証明ができます。私の友人にお聞きください」
「その友人の証言だけでは、証拠にならないぞ!」
ゲイル様が噛みつくが、エミーリア様は涼しい顔をしてホールの中央近くへと歩み出て私とリリスを横に呼ぶ。これからは私たちの茶番劇に付き合ってもらおう。
「王立学園一年セリアでございます!私はエミーリア様の行動記録表とアリバイ証言者の署名を提出いたします。クレア様の私物被害の犯行時間と思われる時間帯ですが、第三者におけるエミーリア様の複数の目撃証言があり、全てアリバイがございます」
クレア様と取り巻きたちが「でっち上げだ」と騒ぐが、証言の一覧を見てすぐに黙る。証言者の中には有力貴族が多く、尚且つ署名までしており証拠としての価値が高い。
次はリリスがひとりホールの真ん中に進みで演説のように話しはじめる。
「アンカー家の娘リリスにございます。今回は皆様に我が社の技術を用いてエミーリア様の無実を決定的なものにいたしましょう!」
リリスの指示によって大きな箱形の魔道具と大量の魔石が会場に運ばれてくる。アンカー商会の社員によって起動させられた箱から放たれる光を受け、大きな白い幕には映像が流れ出した。
まるでプロジェクターのような仕掛け。
そこには音声は無いものの、取り巻きが教科書を破いたり、クレア様自ら机に落書きをする姿がはっきりと写っていた。次はクレア様が封筒の束を男性に渡し、その男性が机へと入れていく映像……多くの令嬢を不安にした不幸の手紙だ。
最後は先週エミーリア様を呼び出し、自らの池に飛び込むクレア様の映像が写し出され、スクリーンの光は消える。すると貴族たちの鋭い視線はクレア様へと向けられた。
「違うわ!皆様、こんな怪しい魔道具のこと信じちゃいけません!リリスさんはお金儲けのために私を嵌めようとしているのよ!酷いわリリスさん!」
「では、この映像が事実であると証明しましょう」
クレア様は足掻くように否定するが、リリスは余裕の態度を崩さない。
映像が切り替わると、先程の陛下の開会宣言の様子が流れ出す。それは先程の会場全員が見た陛下の動きそのままで、偽造などできない。映像が本物であると示されたことで、クレア様と取り巻きたちは青ざめはじめる。
アリバイ証明も犯行現場の映像も全てクラスメイトの全面協力があって集められたもので、確固たる証拠となった。
権威と人脈とお金も時間も惜しみ無くかけたもので、私たちがいかにクレア様の所業で怒っているかが伝わり、会場全体が私たちの味方になる。
最新の魔道具の用意も、クラスメイトの指揮も全てリリスのお陰で頭が上がらない。リリスに相談して正解だった。エミーリア様は自信に満ちた表情で、締めくくる。
「この連日の嫌がらせは本人の自作自演であり、不幸の手紙もクレア様に関わるものだと明白ですわ。いかがでしょうか、アランフォード殿下」
「確かにダーミッシュ嬢の無実を認め、マンハイム嬢が罪を被せようとしていたことも明らか……マンハイム嬢、申し開きはあるか?」
アランフォード殿下に問われるクレア様だが、目を見開いたまま何かを呟いていた。その呟きは次第に大きくなり、取り巻き主要人物の3人へと向けられる。
取り巻きの中でもお気に入り令息たちはクレア様の所業を知らなかったようで、狼狽えるように距離を取り始めていた。
「こんなの嘘よ!嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘なんだから!ねぇ、エミーリアさんが悪者だという証拠を作ってよ……ねぇゲイル様」
「む、無理だ……君がこんなことしてたなんて」
「使えないわね!グレン様は私の味方でしょ?魔法が得意ならあの映像を嘘にしてよ」
「できないよ……アンカー家の力は本物だ」
「なんで私がこんな思いをしなきゃダメなのよ!全てエミーリアがいるせいよ!やっぱりあの女が私の物語を邪魔してるのよ!ギュンター様、彼女を消してよ!!!得意の剣であの女を殺してよ!剣がなくても殺して!」
「な……なっ……け、消す……」
可愛らしい顔は今はなく、クレア様は髪を振り乱して叫ぶとギュンター様に異変が起きた。彼は頭を押さえはじめ苦しみだし、整った顔が歪み、次第にその視線はエミーリア様に向けられた。
その瞬間ギュンター様は苦しむように叫びながら踏み込み、拳を振り上げた。
「あ"ぁぁぁあ!」
「リア様!!!」
「きぁぁぁあ!」
私はギュンター様に体当たりをして二人で床に転がることで、エミーリア様を庇う。しかしギュンター様も騎士候補のため反応が早く、すぐに体制を戻して私の髪を鷲掴みし床へと頭を打ち付けようとした。
でも私の髪は地毛ではない。茶髪のカツラは外れ、長い黒髪が背中に広がった。
茶髪のカツラだけが床に叩きつけられ、ギュンター様は何が起きたか分かっておらず、一瞬だけ動きが止まった。
私は見逃さず彼の腕を捻りあげ床に押さえ込んだ。




