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39 学園(秋)

 

「エミーリア嬢、どういうことだ?」

「エルンスト様、私は何もしておりません。クレア様は自ら飛び込んだのです」

「そんな馬鹿なことをするはずないだろう!」

「───ひっ!」



 エルンスト様はエミーリア様の言葉を信じず突き飛ばしたと決めつけ、鋭い目付きで睨む。エミーリア様は恐怖で言葉が出なくなってしった。

 私たちよりも近くまで来ていたエルンスト様は、エミーリア様の手をわざと無視するクレア様が見えていたはずなのに。



「否定しないのか」

「エル様、私は大丈夫ですわ。私が我慢すれば良いだけなんです。養子のくせに貴族の仲間入りしている私が気に入らないのは仕方ないの」

「そうだったのか。クレア嬢……君は……」



 クレア様はまるで自分が被害者でヒロインのような台詞を言い出し、エルンスト様はエミーリア様の怯えを無視してクレア様を支える。同じ養子のルイス様と仲の良いエミーリア様が言うはずもない言葉を、彼はさらりと信じるというのか。



 なんだこの人たちは。エミーリア様を何だと思っているんだ。エルンスト様はこんな馬鹿げた話を鵜呑みにするような人ではないと信じていたのに……。

 あまりにも酷い茶番に吐き気がし、飛び出した私とリリスに未だに気付かない彼女らの話をぶった切る。



「取り込み中、失礼しまーす!エミーリア様がご無事で良かったです。私たちと一緒に寮へと帰りましょう」

「エミーリア様、私とセリちゃんは分かってます。大丈夫ですよ」



 話をしても通じなさそうなクレア様と、今は関わりたくないエルンスト様を無視して今にも倒れそうなエミーリア様を支える。



「待ってよ!あなたセリアさんでしょ!まだエミーリアさんの味方をしているの?」

「申し遅れました。私はダーミッシュ男爵家の使用人であり、エミーリア様付きの侍女にございます。私たちは()()()から見ておりましたよ?」

「さ、クレア様はお気に入りの男性コレクションに任せて帰りましょうね?花畑ヒロインごっこに付き合う必要はありません。行きましょうエミーリア様、セリちゃん」



 リリスも貴族相手になかなか辛辣で気が強い。

 私たちは「待ちなさいよ」「待つんだ」というクレア様とエルンスト様の言葉を無視して寮へと向かう。アランフォード殿下には悪いが、私はエルンスト様を信じれない。



 平民の私に対しても「友達になろう」と言ってくれる、あんなにも優しい人だったのに。とても嬉しかったのに。彼が変わってしまったことが悲しくなり視界が少し滲む。涙を溢さないように奥歯を食い縛り、エミーリア様を連れていった。



 放課後なので人通りは少ないが、酷く狼狽したエミーリア様を人目には晒したくなくて、より人気のいない所を通って寮を目指す。



「待つんだ!……待ってくれセリア!」



 もう少しで寮のエリアに入るという手前で、後ろから追いかけてきたエルンスト様が大声で私の名を呼んだ。何を今更待てというのだ。私はずっと植物園で待っていたのに……なんて我が儘な男なのか。



「リリちゃん、リア様を頼める?私は少しエルンスト様にお仕置きしてくる」

「ちょっと!……はぁ、分かったわ!任せて」

「ぁ……セリア……」

「エミーリア様、行きましょう」



 私は戸惑うエミーリア様とリリスをそのまま見送り、エルンスト様と対峙した。彼の息は切れており、焦って追いかけてきたのが分かるが私の悲しみと苛立ちは治まらない。



「あら、エルンスト様。愛しいクレア様のこと放っておいて宜しいのですか?他の男性を出し抜くチャンスでしたのに」

「……あの後すぐに来た他の男に任せてきた。セリア、何故すぐに立ち去った。エミーリア嬢にはまだ聞きたいことがあったんだ」


「何を今更、リア様をすぐに否定して威圧したのは誰でしたっけ?本当は聞く気などないくせに……今回のことなら私が答えますけど?」

「……セリアは怒ってるのか?」


 苛立ちが先行して喧嘩腰のような話し方になるがここは私にも引けない気持ちがある。

 エルンスト様は私の口調で怒りはじめると思っていたが、彼はどこか辛そうな迷子のような顔で私の機嫌を聞いてくる。だから遠慮はしない。



「それはもう過去にないくらい腹の底から怒り狂いそうですよ。あまりの馬鹿馬鹿しさに……あなたは本当にエルンスト様ですか?今の腑抜けたあなたはアランフォード殿下の騎士に相応しくない」

「なっ、失礼だぞ!」

「では、試させてもらいます……ね!」



 私は2歩でエルンスト様との距離を詰め、彼の顎をめがけて腕を振り抜く。ギリギリでかわされるが、動揺している人間に私は負けない。


 彼のブレスレットを狙い足を蹴り上げ、痛みで動きが鈍ったところですぐに姿勢を変えて彼の足を払いバランスを崩させる。スカートが翻っても気にしない。うつ伏せにさせた彼の上に私は乗り、腕を拘束して押さえつける。



 その腕にはクレア様からもらった忌々しいブレスレットがあり、それを捻りエルンスト様の手首に食い込ませる。


「――――っ!痛い……離すんだ」

「騎士たるものがこんな弱点になるような装飾品を着けているから、狙われるんですよ。だから単なるそこらへんの侍女に負けるんです」

「それはクレア嬢がいつも着けてくれと……」

「ではアランフォード殿下を守る力よりも、クレア様を優先するのですね。残念です……私は同じく主人を守る志を尊敬していたのに。もう私の憧れるエルンスト様はいないのですね」



 本当に尊敬していた。アランフォード殿下のために辛い訓練や修行をして、現役騎士との試合で怪我をしながらも鍛え続けているエルンスト様の強さを尊敬していた。



 それに黒猫に憧れて誰かを守る騎士を目指してくれたことも嬉しかったのに……なのに……。



 エルンスト様が抵抗しなくなったので、私は上から降りて解放するが彼が動かない。動けなくなるような打撃は加えていないはずなのに、エルンスト様の目は焦点が合っておらず様子がおかしい。



 少し様子を見てるとようやく起き上がり、ブレスレットを見つめながら問われる。



「俺は……何で……アランは俺の……セリア、俺は最近どうしてた?」

「殿下を放置してクレア様とずーっとご一緒でしたが?」

「そうか、なんてことを」



 エルンスト様の目に光が戻り、眉間にシワを寄せ後悔の言葉を呟く。何故だか、以前のエルンスト様が戻ってきたような感覚になる。


 今なら届くだろうか。



「クレア様は自ら池に飛び込んだのは事実です。私とリリス・アンカーが証人です。冷静なご判断を……ちなみに惑わされているだけなら早く目を覚ましてくださいね」


「どういうことだ」

「未だにアランフォード殿下は信じておられます。先日、殴ってでも良いからエルンスト様の目を覚まして欲しいとお願いされまして……あの方だけは裏切っては駄目ですよ」

「アランが…………」



 エルンスト様の纏う空気が以前と同じようにピンとしたものになる。あぁ、きっと彼は戻ってきたのだ。


「エルンスト様、殿下をお願いしますね」


 それだけ言い残し、立ち尽くしたままのエルンスト様を置いて私は寮へと帰った。


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