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38 学園(秋)

 

 学園の不穏な空気はまだ晴れていない。


 エミーリア様はおひとりで過ごすようになっていた。決して友人たちはエミーリア様を見捨てたわけではない。

 不幸の手紙が届き、エミーリア様は友人の安全を思って自ら離れたのだ。絆は強く、友人たちは一緒にはいないものの誰かは必ずエミーリア様を見守ってくれている。



 そうやって嫌がらせを受けた人たちは回りを警戒して、目立たぬよう静かに過ごしているのにクレア様だけは変わっていない。

 あれだけ被害を受けてエミーリア様に怯えているのにも関わらず、未だにお気に入りの男性を侍りながら尚且つルイス様を含む新しい獲物を狙ってる。自分が広げた噂は完全に棚上げ状態。



 この一連の事件はクレア様がエミーリア様を悪役に仕立てるために起こしているようにしか思えない。周囲も気づき始めているが、私も含め誰もクレア様に対してできることはない。




 ただでさえ機嫌が悪い私は更に心が荒れている。

 最近エルンスト様が以前とは違って拒絶することなくクレア様と一緒にいることだ。取り巻きのようにクレア様を愛でることは一切ないが、あの集団の中にいるところを見てモヤモヤが止まらない。


 また筋肉談義の続きをしようと約束したのに、あれからエルンスト様が植物園に来ないのも裏切られた気分になる。大切なものを取られた子供みたいと言われても否定はしない。そんな気持ちに似ている。彼の笑顔が少し恋しい。



『クレアにうんざりだ』とか言っていたくせに、エルンスト様の手首にはブレスレットがつけられたままだ。クールな見た目の彼には全く似合わないし、お洒落用の石のついたタイプは戦闘中の怪我の元となる。

 真面目な彼は、アランフォード殿下を守るために今まで無駄な装飾品は一切身に付けていなかった。今のエルンスト様は、彼らしくない。



 最近はひとりで植物園で余ったお菓子をやけ食いしながら、魔界植物に愚痴り続けてる。



「あぁぁぁ、エルンスト様の嘘つきっ!モヤモヤするよー。君も分かってくれるかい?ハッキョウグマの木さん」


「……その気持ち分かる」

「え?喋った……ってアランフォード殿下!」

「やぁ、久しぶりセリア」



 驚きつつ振り向けば、少し疲れた顔のアランフォード殿下が久々に現れた。あまり寝れてないのか、色素の薄い彼の空色の瞳に赤い充血が目立つ。

 それが、更に私のモヤモヤを加速させイライラに変わる。こんな殿下を放っておいてエルンスト様は何をしているのか。



「随分お疲れですね」

「あぁ、セリアは随分ご機嫌斜めだな……エミーリア嬢の事だけではなく、エルの事もか?」


「はい!殿下に心労をかけているエルンスト様に苛立ちを隠せません!私との約束も守ってくれませんし」

「……ハッキリ言うなぁ。エルだけは違うと信じたいんだが。本来のあいつは自分より俺を常に優先してくれるヤツなんだ。きっと考えがあるはずなんだ」



 殿下は複雑そうな顔をしたまま私の隣に寝転がり、最近の愚痴を話しはじめた。

 お二人は幼き頃から信じ合っていた仲だからこそ、まだ信じたいのだろう。でも堕落していくパターンは他の側近候補たちと同じだという。



「殿下、私にできることはありませんか?」

「セリア……そうだな。あいつが何かに惑わされているならエルの目を覚まさせてくれ……叩いても殴っても水を掛けてでもいいから、私が許すから……」

「殿下……」

「はは、なぁんてな!セリアでもエルは強いから無理か。私も何を言ってるのか……忘れてくれ」



 あまりにもアランフォード殿下の悲痛な思いが伝わり、私も辛くなる。エルンスト様の馬鹿野郎……それでも殿下の騎士なのか。



「殴れそうだったら、殴っておきますね。殿下を困らす悪い子にはお仕置きです!」

「エルはセリアの子供か!」


「いや、せめて弟にしてくださいよ」

「あははは、悪い悪い。ありがとう……少し寝る」

「はい、おやすみなさいませ」


 そういってすぐに寝息が聞こえ始め、疲れの酷さが窺える。いつもは自然と起きるアランフォード殿下も今日だけは私が起こすまで目を覚まさなかった。



 **********



 放課後、エミーリア様はクレア様に呼び出された。エミーリア様の友人が心配して、エミーリア様のファンを公言している私にも『念のため』と教えてくれた。


 クレア様は誤解を謝りたいと言っていたらしいが、あまりの手の平返しが不気味だ。一緒にその話を聞いていたリリスも信じられなかったようで、私と共にエミーリア様を内緒で影から見守ることになった。




 エミーリア様は呼び出し場所の庭の池の前に立ち、私たちは少し離れた校舎の影から見守っていると、クレア様がひとりで現れた。

 いつもの男性を侍らせておらず、それが健全な姿のはずなのに、クレア様の場合は不気味に見える。



「エミーリアさん、来てくれてありがとう」

「いいえ、誤解だとようやく伝わったようでしたのでお話しできるのかと思いまして」



 謝罪したいと言っていたクレア様の顔はうっとりとした笑顔で、反省の色が全く見えない。



「そうなの、私は誤解してたの!あなたの排除方法を……本当に邪魔だわ。長引かせて、苦しませてごめんね」

「え……嘘を仰っていたのですか!クレア様、私は何もしていないではないですか!」


「存在が邪魔なのよ。この物語では地位が低くて可愛い人間は私だけで良いの。貴女がいるから、なかなか愛して欲しい人に愛されないの」



 エミーリア様を憎むような目で見つめているのに、クレア様の口元は未だに笑っていた。エミーリア様は怯えて逃げ道のある校舎側へ一歩うしろに下がるが、何故か対面しているクレア様もうしろへと下がる。



「何をおっしゃってるのですか?……ルイスお義兄様のことであれば渡しません!大切な家族を玩具にされたくないわ」

「あらやだ怖ぁ~い。でも、ルイス様も素敵だけど本命じゃないのよね。じゃあそろそろ時間ね、貴女を終わらせてあげるわ」

「……お待ちになって!そっちは!」



 そういうとエミーリア様の制止の手も届かず、クレア様は自ら庭の池に飛び込んだ。彼女の足は池の底につかず、制服も水を吸収したせいか苦しそうにもがいている。



「クレア様!私の手を掴んで!クレア様!」

「助けて!誰か助けて!」



 エミーリア様が助けようと手を出すが、届く距離にあるのにも関わらずクレア様は手を伸ばそうとしない。

 私とリリスも助けようと飛び出していたが、先に別の人物によってクレア様は池から助け出された。



「クレア嬢大丈夫か?」

「はい!怖かったわ!突き飛ばされるなんて……思ってもいなくて……でもあなたが来てくれて良かった」



 クレア様はカタカタと震え、現れた人物にすがりつくように体を傾ける。

 そこには今私の苛立ちの原因のひとり、エルンスト様がいた。

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