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36 学園(秋)

 

 本格的な社交シーズンが終わり、学園の授業が再開された。夜会でクラスメイトを一方的に見かけ、お茶会のあと文通はしていたものの話すのは久しぶりだ。



 今日のお昼ご飯は食堂ではなく、お茶会メンバー水入らずで教室でランチをとることにしている。皆で食堂や購買のテイクアウトランチを購入して集合するのだが、いつも食堂で目立っているクレア様が見当たらない。



 不思議に思いつつリリスと購買から教室に戻る途中、一人で教室から出てきただろうクレア様と出くわした。目が合うと彼女がこちらに気づき駆け寄ってくる。



「ごきげんよう、あなた学園パーティーで制服参加してた平民よね?ふふふ、ねぇあんな男爵家の子じゃなくて私のお友達にならない?」

「はい?」


 エミーリア様を『あんな』と言われて、思わず低い声が出る。しかもリリスの存在は無いかのように、彼女は私だけを見つめて話を続ける。


「私と一緒にいたら幸せになれるわ。お金もあって格好いい男子が恋人になるのよ。身分なんて関係なく紹介してあげるわ」

「なぜですか?」

「平民って可哀想じゃない?私も元平民だったから気持ちがわかるの。でね!男子も私が話せば、貴女に夢中になってくれるのよ。嘘じゃないわ、私の回りには素敵な男性がいっぱいでしょ?わけてあげるわ」



 怖い。


 まるで宝石のような深く青い瞳に上目遣い……もし彼女のことをよく知らなければ女性でもうっとりするような可愛らしさなのに、恐怖を感じた。



 それは何を言っているのか意味が分からないクレア様の発言内容のせいだ。まるでクレア様は『男性の意思は無視して、自由に操れる』と平然と考えているようだ。



「そ、それはどの男性でもということですか?」

「私のお気に入り以外は誰でもいいわ。今日はご挨拶としてこれをあげる。肌身離さず持っていれば私の素晴らしい考えが分かるわ、ふふふ」



 クレア様は私の手に大きな宝石のブローチを握らせ、青い瞳を真っ直ぐに見つめてきた。

 その瞬間、背筋がゾッとして一瞬だけ何かに引きずり込まれるように目眩がした。ハッとして一歩後退りをすると、すぐ治まった。



 今のは、何?



「あら、おかしいわね……大丈夫?まぁ、今日はいいわ。また話しましょう」



 そう言いたいことだけ言ったクレア様は、唖然としたままの私とリリスを置いて校舎から出ていった。私の心臓はドクドクと脈を打ち、鳥肌がたっていた。

 まさか、本当にシナリオ強制力?クレア様がヒロインで……この世界はエミーリア様を悪役にしようとしてた?



「セリアさんもリリスさんも顔色が酷いよ。大丈夫?」



 後ろからクラスメイトに声をかけられ私たちはやっと我に帰り、なんとか頷いて教室へ戻った。そしてランチを食べながら先程のことを皆様に相談する。



「というわけなんですが、子爵家にもなるとこの高そうなブローチも簡単にプレゼントできるものなのでしょうか?本物の宝石だとしたら怖くて……」

「私に見せてごらんなさい!うーん……セリア、少しだけ貸してくださる?仕方ないから調べてあげるわ」

「ありがとうございます」



 ツンデレ姫が名乗りをあげて調べてくれることになり、ブローチをハンカチに包んで渡す。最近ツンツン度が低くて物足りない。普通に優しい。



 とにかくブローチが安価な色ガラスなら捨てれば良いが、本物の宝石だったら即お返ししよう。クレア様と変な繋がりは持ちたくない。


 気を取り直して、私は机にカバンを乗せた。


「それと皆様、日頃から平民でしかない私に対して善くしてくださり誠にありがとうございます。高価なものは用意できませんが、お礼の品を受け取っていただけないでしょうか?」


 私はカバンから包みを取り出してみんなに渡していく。寮部屋でも内緒にしていてずっと気にしていたリリスが真っ先にラッピングを開封した。



「可愛い……あ、良い香りだわ!アロマキャンドルね!セリちゃん」

「はい。皆様の疲れを癒せればと思いまして、素人ながら作らせていただきました」

「あろまきゃんどる?グラスに入ってるけどロウソクなのか?綺麗だな」



 私が作ったのは香りつきのフラワーキャンドルだ。小さな耐熱グラスに、ダーミッシュ家の庭の花を乾燥させたドライフラワーを敷き詰めて、溶かしたロウに香油を混ぜてから流し込んだ物だ。

 女性にはピンクや赤い花にバニラの甘い香り、男性には白い花や緑の葉に柑橘系の爽やかな香りを選んでみた。



 この世界でもロウソクは身近な物のはずなのに全部真っ白な物ばかりで、装飾されたり、香りのついたものはない。

 

「素敵ねこれ。疲れたときに使わせてもらうわ」

「俺も!それにしても美味しそうな香りだなぁ」

「ジャン、食べるなよ」


 明るい性格のジャン様によって教室は笑いに包まれる。

 平民の手作りの品を受け取ってもらえるか心配だったが、おおむね好評で良かった。

 そう言って皆で笑いながら楽しいお昼休みを過ごし、他の生徒も教室に戻ってくる時間になった。



「きゃー!誰がこんなことを!」



 突然、クレア様と思われる声が廊下に響き渡った。私は先程のこともあり、クレア様の行動が気になり教室を飛び出して現場の教室に向かう。



 そこには破られた教科書を抱き締めて、泣いているクレア様がいた。クラスの取り巻きに慰められているが、取り巻き以外の誰もが『今までの行いの報いを受けた』と思ったに違いなく、冷めた目で見ている。


 私もそう思ってしまっていた。



「どうかしましたの?」



 背後からエミーリア様の声が聞こえ私は振り向くが、同時にクレア様が騒ぎ出す。



「ごめんなさいエミーリアさん!貴女がこんなに怒ってるとは思わなくて!ぁっ、違うのよ。何でもないの、疑ってごめんなさい」

 

 と男性の胸でギャンギャンと泣き始めた。

 この流れはクレア様の罠だとすぐに気が付いた。それか彼女の取り巻きの仕業だ。



 クレア様の行動による被害者は、令息の婚約者や元恋人など不特定多数いる。しかし最近狙われているのはエミーリア様だ。


 学園パーティでの事故に社交界での悪い噂……憎んでいてもおかしくはないし、仕返しをする理由がある。だから今の発言から、犯人は自然とエミーリア様に見えるよう印象操作をされたのだ。



 エミーリア様がそんなことするような人ではないと分かっていても、『我慢の限界で、もしかしたら』という小さな思いがまわりの噂を動かす。



 悪夢の始まりだった。




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