35 社交界+お茶会
しばらくは平和な夜会や舞踏会が続いたが、やがて若い貴族の間で学園と同じ噂が流れるようになってきた。そのせいで使用人の交流を通して、遠回しに真偽を聞かれるようになった。
「エミーリアは養子という立場の低いルイスに無理矢理エスコートさせている」
「嫉妬深い女性で、気に入った男性の婚約者や恋人に隠れて嫌がらせをする」
「使用人を虐げている」
以上のような噂だが、私もテオもいかに自分の主人が素晴らしいかを語り、噂を否定し続けたが効果は薄かった。
内容が悪いだけに詳しく夜会でのできごとを聞くことはできなかった。次第にエミーリア様は噂の中で悪役へと仕立てられていき、夜会へ行くときに顔に陰りが出始めた。
「リア様、一度くらい体調不良を理由にお休みしませんか?」
「駄目よ。参加すると返事はしてしまったし、休んでしまったら……私の目が無いからと、どんどん噂は広がるわ。セリア、噂は真実ではないと私自身の行動で示さなきゃいけないの」
「リア様……」
「大丈夫よ!お父様、お母様、お義兄様も側にいてくれるわ。隣の待機室にはセリアもテオもいてくれて、私には味方がこんなにいるんですもの、大丈夫」
そう言って、エミーリア様はいつも夜会や舞踏会へと戦いに行く。
私に出来ることが本当に少なくて、お守りできなくて、悔しくて堪らなかった。アドロフ様には「まだ動くな」と言われているけど、もどかしくて堪らなかった。
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社交シーズンが折り返しを迎えた頃、私はクラスメイトのお茶会に誘われて指定されたカフェに来ていた。
ここは貴族御用達のカフェで店舗の入口前には警備員や案内人もいるし、建物はおしゃれで立派だ。本日はリリスのご厚意で貸し切りとなっている。
「いらっしゃいませ、セリちゃん!久しぶりね~会えて嬉しいわ」
「リリちゃん!私も会いたかった~1か月ぶり!」
建物に入ると外観から想像できないほどの植物が広がり、まるでオアシスだった。仕切りは無いものの木が仕切りになり、隣の席が気にならないように配慮されている。
貴族の予約もあるだろうに、こんなに立派なカフェを貸し切れるアンカー家の力の大きさに驚かされる。
すぐに他のクラスメイトが集まり席を囲んだ。会わない間に何をしていたかを話すが、私とリリス以外はみな貴族。夜会や舞踏会、女性からはお茶会で広がっている噂が自然と話題に上る。
「エミーリア様はいかがしているかしら?クレア様が随分とありもしない噂を流しているわ」
「そうね、あくまで噂だから抗議もできないわ。しかも学園と同じように複数の男性を侍らせて……見た目麗しい方ばかり」
やはり噂の発生源はクレア様のようだ。どうしてそこまでエミーリア様に執着するのか……昨夜の疲れたエミーリア様を思い出して涙が出そうになるが、なんとか堪える。
「エミーリア様は大変傷ついておられます。それでも自身の行動で噂の影を払おうと頑張っていて……見てるこちらが辛いです」
「セリアさん、学園のほとんどの生徒は噂を信じていない。派手な交遊関係のクレア嬢と、主に義兄といるエミーリア嬢を見ていれば明らかだ。他の貴族も少しずつ気付いているから、彼女の努力は正しいし、安心しなさいと伝えてくれ」
「ありがとうございます!」
次期公爵様にお墨付きをもらい、少し肩の力が抜けた。
学園外の人は初め噂を信じたが、ほぼ毎日夜会で様々な男性と参加するクレア様を見て疑問を持ち始めたようだ。
クレア様は今回のドレスは誰に貰った、アクセサリーは誰から送られたなど自慢して、取り巻き男性を煽っているところを多数目撃されていた。ベタベタと令嬢から殿方にボディタッチするなどもご法度。なのにクレア様は人目を気にせず体を令息に寄せているようだ。
「次期公爵様もクレア様に話しかけられてたけど一刀両断してたのにしつこかったですよね。公爵家に喧嘩を売ってるんですかね」
「ジャン……嫌なことを思い出させるな。まぁ私は爵位が格上だからハッキリ断ることができて良いが、身分的に微妙な立場の男爵家の養子ルイス殿は苦労しているな」
「ルイス様が!?」
それは初耳だった。クレア様はどんどん新しい男性にアピールをしているのは知っていたがルイス様が含まれているのは初耳だった。ルイス様やエミーリア様からは一切聞いていない。
「クレア嬢には恐怖の感情がないのか?ルイス殿のあの凍りそうな笑顔にも気付いていない。もう一人集中して狙われているエルンスト殿の殺気すら分かっていない……」
「思い出しただけで寒気がしますね!クレア親衛隊っていうの?Gのつく3人はあんな花畑のどこに惹かれてるのか、俺は理解できないっすよ」
「顔と体じゃないのかしら?クレア様の行動は娼婦みたいですしね」
ルイス様もエルンスト様も彼女のアピールに影響を受けていなくて心から良かったと安心する。
そして皆様がボロクソに言っていて、なんだかスッキリした……私もたいがい性格悪いなぁ、なぁんてクレア様相手だし思わないんだから!
取り巻きたちの実家は何故静観しているのか不思議だった。疑問を投げ掛けると、「今だけの気の迷いだから様子見」「少し痛い目にあう良い勉強」らしいのだが、平民から見たら贈り物の値段も高そうなので、貴族との価値観の違いに目眩がしそうだ。
それでも、クレア様はどの家の親から見ても悪女なのは間違いないらしい。
「クレア様はお立場を悪くしてまで最終的に何をしたいのかしら?随分、とある乙女小説を予言書と言いながら大切にしてるらしいのだけれど」
「私も聞きましたわ。乙女小説といえば王子とのハッピーエンドが定番。まさかアランフォード殿下まで狙っている?有り得ませんわね」
普通ではあり得ない。
でもクレア様はこれまで王族の元側近候補を落とした実績があるので油断は出来ない。ルイス様だけでなく、今やアランフォード殿下もエルンスト様も私にとって大切な人たちだ。守りたい。
クラスメイトはクレア様に何か裏があると睨んでるようで、何か分かったら私に教えてくれる事となり、皆様の優しさに感動して結局いつも通り泣いてしまった。
次期公爵から平民まで集まった普通では考えられないメンバーのお茶会は夕方に解散した。
それからも夜会や舞踏会は続いたが、お茶会で皆様が言われた通りにクレア様の悪評が増え、エミーリア様が正しく認識されるようになった。
エミーリア様にも自然な笑顔が増えて。シーズンの終わりには、爵位が低いものの彼女は社交界の花と言われるようになっていた。




