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04 スラム

 この笑顔が守れただけで、十分なお礼だった。

 なんとか陸へ上がりすぐに警備隊を探したいところだが、疲れで体が動かなかった。少女は濡れた体が冷えないようにオレに乾いているマントを返してくれたので、近くの茂みに身を隠して警備隊が通るのを待つことにした。しばらくすると声が聞こえてくる。




「エミーリア様ぁー!どこですかー!」

「──!」


「エミーリア様ぁ」

「護衛のカールの声よ。助かったわ!カール!ここよ!」



 この少女はエミーリアと言うらしい。彼女の声を聞き、護衛の青年カールがこちらを見つけ近づいてくる。「今回も間に合った」と肩の荷が降りて、気を抜いてしまった。



「貴様がお嬢様をそそのかし連れ去ったのだな!スラムの餓鬼め!」

「――――がっ……はっ……ぁ!」



 気づいたら、腹を蹴られ吹っ飛ばされていた。無防備だったため肺から空気が抜けて、息ができずに蹲ることしかできない。



「やめてカール!この人は恩人よ!」

「賎しいスラムの子供が他人を助けるはずがありません!騙されているのです!」



 エミーリアがカールを止めてくれる。スラムの子供というだけで、この偏見だ。ふたりが言い争っている間に姿を消しても良かったのだが、今回こそは文句を言うと決めてるのだ!無理矢理息を吸い言い放つ。



「護衛が無能だから連れ去られるんだ!自分の失敗をオレに押し付けるな!」

「なんだと!」

「この子はスラムの子供に騙されて付いていくような馬鹿じゃない。どこで、どんな風にいなくなったんだ?スラムの近くだったか?護衛に声もかけずに離れるような子か?そうだとしても目を離さず守るのが護衛だ!他人のせいにするような奴が威張るな!」


「うるさい!」

「カールやめて!」



 カールが逆上して剣を抜いて振り上げる。オレの体はもう動かない。



「待ちなさい!」


 言い争っている間に、馬に乗った身なりの良い男性とカールと同じ服を着た護衛数名がそばに来ていた。


「お父様!」

「だ……旦那様!」



 父親が馬から降りるとエミーリアは父親に抱きつき、カールは剣を収めた。父親はエミーリアを抱きしめ返したあと、少し身を離し声をかける。その顔は愛しい娘が戻ってきて嬉しそうな、優しい父親の顔だ。



「リア、無事で良かった」

「黒猫さんが助けてくれたの」

「黒猫?」

「あのマントを着てる子よ。敵を倒してここまで連れてきてくれたの。私と変わらない年なのに、大人の人を投げ飛ばしてカッコ良かったんだから!」

「そうだったんだね、お礼をしなきゃね」

「うん!なのにカールったら酷いのよ!話も聞かずに黒猫さんを蹴って、切ろうとしたわ!最低よ!」


「お嬢様!そんなつもりは!本当のことを話していないと思い、脅そうとしただけです」

「蹴ったのは事実でしょ」


 カールは反論できずに言葉に詰まる。ふたりを止めるように旦那様が声をかける。


「リアとカールの話は後で聞こう。ここで言い合いをしては住民の迷惑になるからね。黒猫くん、君からも聞かせてもらうよ。カールは他の護衛隊たちと先に屋敷に戻ってなさい」

「ですが旦那様」

「今日は探し回って疲れただろう?戻って休みなさい」

「……はい」



 納得がいかなそうにしつつも、カールは先に帰っていった。それを見送ると旦那様はこちらへ向き、視線の高さを合わせお礼を言ってくれた。こんなオレに対しても、優しく話しかけてくれる。



「君のお陰でリアが助かったみたいだね。ありがとう。お礼がしたいんだが、希望はあるかな?」

「……」

「急には思い付かないな?なければこちらで考えさせてもらうよ」

「じゃあ、それで」



 こんなオレの希望を聞いてもらって良いか分からず、答えられなかった。だけどお礼をしないのは貴族の恥らしいから、面子を潰さないように相手に任せることにした。


「お父様、お礼の内容にお願いがありますわ。黒猫さんを屋敷で住み込みで雇って欲しいの!」

「は?」

「どうしてだい?リア」


 想定外の大きな願いに変な声が出た。貴族の屋敷で雇うに当たり、戸籍もなく素性も知らぬ人間は駄目だろう。優しそうな旦那様もさすがに却下すると思いきや、エミーリアの話を聞こうとしている。



「黒猫さんは、自分の身を危険に晒してでも、見知らぬ私を助けてくれたわ!そして、今日は色々学びましたの。スラムは勉強した以上に悪い環境でしたわ。空気も悪く臭いも強い。道や壁はよく分からないもので汚れ、まともな家はなく、道端でみな寝ていたわ。恩人をそんなところで暮らせさせられません!屋敷で雇ってあげてお父様!」

「オレはそんなお礼は受け取れない!」

「足りないかしら?」

「そうじゃない」



 本当は雇ってもらって、スラムから出たい。でもオレは駄目なんだ。スラムで生き、子供たちの救出を続けることが前世の贖罪だから、本当はお礼すら受け取っては駄目なんだとずっと思っている。償いにならないからと……


 言いよどむオレをエミーリアは不満顔で見つめ、旦那様は静かに見守ってくれている。


「じゃあなんでよ」

「オレはスラムから出られない。他の子供も助けなきゃ、助けなきゃ出られない」


「なんで助けようとしてるの?」

「命を救えなかった子供がいるんだ。だからせめて他の子を助けなきゃ」


「それはいつまで?」

「分からない」


「黒猫さん自体も狙われてるのよね?」

「……うん」



 自分で言いながら、終わりの無い償いに悲しくなってきた。次も罠を張られたら、自分もどうなるか分からないし怖い。本当は抜け出したい、でも……でも……



「子供を救うことが使命なら、まず自分自身を助けなさいよ!あなたも子供でしょう?」

「……っ!」


 

 エミーリアの言葉に心が大きく揺らぎ、涙が出そうになる。覚悟していたはずなのに、思ったより限界だったらしい。オレも助かって良いのかと…………本当は助かりたいと願ってしまった。



「でも、スラムのオレなんかが」

「お父様!お願いよ!」



 優しい顔だった旦那様が真顔になり問うてくる。



「黒猫くん、君ならエミーリアを守れるかい?」



 オレは力強く頷くと、旦那様は穏やかな顔に戻り頷いてオレを認めた。そしてエミーリアはオレを抱きしめてくれた。


 彼女の頑張りに報いよう。


 オレは跪いて、彼女の手の甲を額に当てる。難しい言葉は知らなかった。


「守ってみせる。優しいあなたに忠誠を」

「受けとるわ」


 見上げるとエミーリアは輝くような笑顔で、この笑顔を守り抜こうと誓った。


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