33 学園(夏)
「まぁ!大変だわ。エミーリアさんの作品が壊れているわ。可哀想に」
「クレア様?」
私がエミーリア様に近づく前に、自分もショックを受けたようなクレア様がわざとらしく声をあげた。
「大変ねエミーリアさん!前からアンネッタ様が怖いとおっしゃられてたけど、現実になったのね。貴女の言うとおり、アンネッタ様の嫌がらせね」
「ちょっとお待ちになって、私は何も」
「エルンスト様とダンスもして、食事もして、嫉妬したアンネッタ様を怒らせたのよ。でも恨んでは駄目だわ、謝りましょう?」
エミーリア様が話そうにも、クレア様の発言が止まらない。クレア様はいかにもアンネッタ様の犯行だと決めつけ、それをエミーリア様が発言したような言い回しをする。
「謝りませんわ!私は何も悪いことはしてませんし、アンネッタ様がやったとは一切」
「まぁ!アンネッタ様の怒りより、エル様をとるのね!私も気持ちは分かるわ。気を付けてね、心配してるわ」
「……クレア様、もう良いです。お騒がせしましたわ」
クレア様はエミーリア様の話を遮り、話にならない。エミーリア様は諦めて、話を終わらせて教室へ向かってしまった。
クレア様もまわりの生徒もそれぞれ動き出したが、私は彼女の口元の動きを見逃さなかった。
後日には『アンネッタ様がエミーリア嬢に嫌がらせをした』『エミーリア嬢はその警告を無視』という噂が流れた。クレア様の発言のせいだ。おそらく作品の破壊も……と言いたいが私にも証拠がないため決めつけられない。
それに噂は流れるものの、内容を信じている人が学園でほぼいないのが救いだ。それはアンネッタ様の人望によるものだろう。
アンネッタ様はミュラー侯爵家の一人娘で、藍色の髪に空色の瞳のゴージャス美女で、今はルイス様と同じ3年生。
彼女の祖母は前王の妹、母がグレーザー家当主の姉君で、アランフォード殿下ともエルンスト様とも親戚だ。3人は幼馴染み同士で仲は非常に良い。完璧な血筋を持つ高位貴族、圧倒的な美人、成績優秀と無敵の令嬢である。
そんな令嬢が、作品を壊すような姑息な真似はしないというのが周囲の見解だ。
しかし、数日すると『エミーリア嬢がアンネッタ様を陥れるため、自作自演をした』と別の噂が流れるようになる。これも、学園の人はあまり信じてはいないが、執拗に狙われたエミーリア様は噂に傷ついている。
「酷い。エミーリア様が可哀想です」
「セリちゃん、私はエミーリア様の事を信じてるわ!エミーリア様の普段の行いを見れば、噂は嘘だってすぐバレるわよ」
「例の子爵令嬢の仕業よね……なんと醜い女なのでしょう。でも証拠がないのが残念ね」
教室でその話題が出て、悔しがっているとリリスとツンデレ姫が慰めてくれる。エミーリア様をよく知らない他のクラスは噂の真贋に迷っているのとは違い、このクラスの人たちはエミーリア様に同情的だ。
「残念だが簡単に噂は消えないと思う。花畑令嬢たちは自分より美しいエミーリア嬢の登場で焦っているようだぞ。自分達の獲物が、彼女に目を奪われているのが悔しいようだし、なぁジャン」
「そうですね、自分達の普段の行いのせいで男子は避けてるのに。特にクレアさん取り巻きの令嬢がエミーリア様を排除しようと、頑張って男子に吹聴してますよ」
男子からも情報をもらい、背筋が凍る。
エミーリア様とクレア様のことも知らない学園外の人が聞いたらどう思う?私がエミーリア様の侍女と公表しても、お守りできる内容ではない。私は何事からも主を守りたいのに……と悔しさが募る。
「セリアさん、顔色が悪いわ。隣のクラスの令嬢にそんなに同情なさるとは、なんてお優しいの」
「貴女のためじゃないわよ!貴重な正当派令嬢の数が減らないために、私が社交界では見守っていてあげるわ!」
「俺も見てるよ」
クラスメイトの言葉がありがたく、心強い。何故、何も持たない平民の私に対してこんなにも良くしてくれるのか。アドロフ様にも素敵なクラスメイトの事を報告しておこう。
「それよりセリアさんはテスト明けの長期休暇はどうしてるの?ご実家にでも?」
「えっと、ダーミッシュ男爵家のバイトに入ることになりました。住み込みですので、王都にいます。何かあれば、男爵家までご連絡下さい」
「まぁ、だからエミーリア様のご心配をしていたのね。休みの間も働くなんて偉いわ」
寮にずっといるのも不自然で、実家もないため、エミーリア様とルイス様と考えた嘘だ。これで堂々とダーミッシュ家を出入りできるし、エミーリア様と一緒にいれる。
休みの間に情報交換の為、一部のクラスメイトと会うことになった。貴族なので簡単に市井のカフェに行けないので、どこで会うかは連絡をくれるそうだ。
なんだかちゃんとした友達同士のようで、今から楽しみだ。
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「旦那様、私が見た状況と情報は以上です」
「あぁ、ありがとう。本当にセリアを入学させて良かった。デビュタント以降の社交界は学園内とは違うから、誰も庇えないほどの失態を犯して自滅してくれると楽なんだけどね」
学園が長期休暇に入り、私たちはダーミッシュ家の屋敷に帰って来た。私は学園の様子をアドロフ様に報告し、ルイス様がフォローしてくれる。
「義父様、クレア嬢にはあの3人をはじめ有力貴族の息子がついてます。致命的なミスをする前にフォローしてるようだから簡単ではないかと」
「わかってるよルイス。高位貴族の相手は難しい。二人も辛いかもしれないが、今はまだ手は出さずに我慢して欲しい。ただ情報を集めることに尽力してくれるね?リアには私から伝える」
「「はい」」
エミーリア様の心労が増えないよう、アドロフ様とルイス様と私の3人だけで作戦会議を開いたが、今できることは無いようだ。
ルイス様と私は報告を終えて執務室を出る。
「セリア、一緒にリアを支えよう」
「もちろんでございます」
「でも、リアを守りたいが為に君が傷つくのも僕は辛い。無茶はしないでね」
「はい、ルイス様もですよ!」
二人でエミーリア様の味方でいることを誓い合った。
明後日の王宮主催のパーティーにはクレア様や取り巻きもいる。アランフォード殿下とエルンスト様もいるだろうが、あの人たちはあの人たちで苦労している。頼ってはいけない。
こうして不安を抱えたままエミーリア様のデビュタントを迎えることになった。




