32 学園(夏)
連休が終わり、学園の授業が再開された。1か月後には学期末修了試験が待っている。ルイス様の話によると1年生はテストよりも課題の提出が多いため、よほど不真面目でない限り大丈夫と聞いている。
他の1年生も知っているのか、試験よりもデビュタントに意識が向いているようだ。
学園パーティーの一件以来クレア様はエミーリア様をとても意識しているようで、このまま平和にデビュタントと社交シーズンに入れる気がしない。
他には婚約者との絆が深まった者、泥沼化した者、泥沼とは関係なく恋愛を謳歌する者、傍観する者と多種多様な恋模様。学園内はまさに昼ドラ状態。
エミーリア様は1年生以外にも美しき令嬢として浸透しはじめ、上級生の令息からも声がかかるようになった。
しかし相変わらず真に受けず謙虚スルーしており、『令息が勝手に騒いでるだけで、エミーリアは立場をわきまえている』と見なされ、他の令嬢からの反発はない。さすが我が主、マイエンジェル。
まぁエルンスト様は黒猫の話題でエミーリア様に話しかけているので反発するも何もないのだが……先日食堂でエミーリア様は楽しそうに黒猫の話をしていた。エルンスト様にバレないかドキドキしたが、エミーリア様が楽しそうに当時の私の話をしていると思うと嬉しくて仕方がなかった。
クレア様は相変わらず見た目麗しい令息に精力的にアピールし続けている。いつも従姉妹のアンネッタ様としかダンスをしないエルンスト様が、エミーリア様と踊ったことで自分にもチャンスがあると考えたらしい。G3を使ってエルンスト様へのアタックを開始した。
「エル様はとてもお強いと聞いたんです!私、強い人に憧れますぅ」
「……貴女に愛称を呼ばれることを許した覚えはないのだが」
「そう言うなエル。クレアが可哀想だろ」
「そうそう、クレアちゃんがエルンストと仲良くしたいって言ってるのに」
「エルンストはもっとクレアに優しくしなよ」
エルンスト様はスッパリと拒絶しているのに、G3には伝わらない。そのG3に対してエルンスト様は眉間に皺を寄せているのに、クレア様もぶれない。
「ゲイル様、ギュンター様、グレン様に皆様もありがとう!でも大丈夫です。エル様は照れてるだけなんですよ、ふふふ」
「………」
「エル、わたくしは落ち着ける所へ移動しますわ。ここは騒がしくて堪りません」
「食堂だから騒がしいのは当たり前なのにぃ~変なアンネッタ様!ね、エル様?」
この短い時間に何度もエルンスト様はクレア様を拒否したのに、G3は一方的にクレア様を庇う。
エルンスト様との食事を邪魔された従姉妹のアンネッタ様も、苦言だけ残して席を離れていくのだが、クレア様には一切通じていない。
私がなぜここまで会話を把握しているというと、食堂でランチをとっているからだ。
植物園からでは食堂との距離が遠く、パーティーの時のようにエミーリア様が誰かに絡まれたときにフォローできない。やはり側に居たくなってしまった。リリスに相談したところ、クラスメイトがランチに誘ってくれたので、ご一緒させてもらうようになった。
しかしパーティーで制服参加した私本人に興味を持ったのか、食べてる間に話しかけてくる人が結構いるのは困った。
「今度一緒にお茶しない?」とか、ドレスも用意できないことに同情してるのか「ドレスの広告モデルにならない?そのまま試作品あげるから」などと言う冷やかしの男子が多い。
勘弁して欲しいが、学食のランチ定食が美味しすぎるので、クラスメイトのフォローもあり曖昧に微笑みながら我慢する。
その間もエルンスト様の機嫌は底辺で、彼が周囲が怯えるほどの冷気を発しているに何故クレア様とG3は気づかないのか、のほほんとランチを食べている。
「マンハイム嬢、もっとまわりを見るべきだ。忠告したぞ」
ついに我慢しきれなくなったエルンスト様が急に席を立つ。クレア様たちは「もっと一緒にいたいですぅ」と言っているが、彼は無視して立ち去った。
タイミングを見て私もクラスメイトに断りを入れて、誰にも気づかれないように植物園へと向かう。いつもの場所にはすでにエルンスト様がいらっしゃった。
私は食事だけしていつも植物園で休んでいるが、彼がここに来るのは1週間ぶりだ。彼はかなり不機嫌なようで、私はすぐにお茶とお菓子を用意する。
「セリア、誘われてただろう。商会の息子とのランチはもう良いのか?」
「冷やかしですよ。 真に受けるほど頭は花畑ではありません」
そう話すとエルンスト様の纏う空気が柔らかくなった。私も男性に誘われて浮かれるような問題令嬢と同じと思ったのだろうか、心外である。
「そういえば、踊っていたな……ルイスと。彼ならドレスの用意くらいしてくれたのでは?」
なぜか柔らかくなったエルンスト様の空気がまた鋭くなる。クレア様の精神攻撃で情緒不安定なのか!?慌てて返答する。
「ドレスはダーミッシュ家から打診はありましたが、高価すぎて私から断ったんです。ダンスはエミーリア様の期待の圧力があったからです」
「そうか、そうだよな」
エルンスト様は何かひとりで納得して、お菓子を食べはじめると機嫌が直る。やはり、クレア様の精神攻撃は凄まじいらしい。恐るべし花畑代表クレア様。このあと殿下も合流し、二人でエルンスト様の愚痴を聞いた。
連休明けからアランフォード殿下もクレア様の視線が感じられるようになり、廊下でも遭遇することが増えて怖いと苦笑していた。
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更に数日後、今日もリリスと共に寮の部屋を出て教室へ向かう。すると早い時間にも関わらず1年生の展示ホールが騒がしいので、リリスと一緒に見に行くことにした。
展示ホールには授業の課題で先生から優秀だと認められた作品が飾ってあるが、誰かの作品が壊されたらしい。
その作品が置かれていただろう場所に見覚えのある髪色の少女が壊された刺繍入りのキャンバスを持ち、立ち尽くしていた。
あれはエミーリア様だ。彼女の作品は引き裂かれ、何か液体もかけられシミもできて酷い状態だった。エミーリア様はポロポロと静かに涙を流していた。




