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30 学園の夜会

「リア!」

「お義兄様!お待たせいたしました」


 エミーリア様が会場に入ると同時に、ダンスの一曲目が終わり義兄妹の声が通る。会場の視線が集まるが、エミーリア様は気にすることなくルイス様の所へと歩いていく。



 濃いブルーだった生地に、薄いレースを何枚も重ねて作り直したチュールドレスが、歩くことで羽根のようにふんわりと揺れる。少しずつ重ねるレースの色を変えたことでスカートにはグラデーションができ、まるでオーロラのような動きだ。

 腰には本来のドレスと同じブルーのリボンを巻いて、後ろで結び床スレスレまで流した。色が淡くなったドレスに濃いリボンが、より腰を細く見せる。

 髪は編み込みを増やしてアップにまとめ、よく伸びた背筋が綺麗に映ている。集める視線は羨望の眼差しだ。



「可愛い妹エミーリア、僕と一曲いかがですか?」

「お義兄様。はい、喜んで!」



 ちょうど二曲目が始まり、エミーリア様はルイス様のエスコートでダンスの輪に入る。美しいお二人は注目の的だ。エミーリア様がダンスで回る度に軽いチュールは、まるで蕾が開花したように広がり、存在感が増す。



「あぁ、さすが我が主。お美しい」

「セリちゃん。顔が放送禁止直前よ!それにしても綺麗ね。エミーリア様のドレスだけど、よくあのデザインを思い付いたわね。新しい商品の参考にしようかしら」

「え、あ、うん。侍女の先輩と話をしてて偶然にね、えへへ」



 この世界にはまだチュールドレスが存在していない。前世のドレスの真似とも言えずに誤魔化す。



「どこのデザイナーのかしら、不思議な色合いが綺麗だわ」

「彼女の可愛らしさを引き立てるドレスね」

「次にドレスを仕立てたらあのようなドレスを着てみたいけど、私は大丈夫かしら」



 新しすぎるデザインは受け入れられないことがあるが、渾身のチュールドレスは比較的好感触なようだ。高位の令嬢からの反感もない。むしろ新しい物好きの彼女たちは、ドレスが気になって仕方ないらしい。私はエミーリア様の評価が下がらず、内心ほっとした。




 ダンスが終わり、二人ともこちらに戻ってくる。するとルイス様がリリスに手を差し出す。


「話を聞きました。妹を助けていただきありがとうございます。お礼になるかどうかわかりませんが、僕と一曲踊っていただけませんか?」

「…………ぁ、は、はい。喜んで!」



 ルイス様の天使の微笑みでリリスが一瞬でフリーズするが、エミーリア様が背中にポンと手を添えたことでやっと返事をする。いつも大胆なリリスの可愛い一面を見れて、くすぐったくなる。



「リリスさん真っ赤ね。可愛らしいわ」

「ですね。エミーリア様とルイス様のダンスも大変素敵でした。でもこんなに綺麗なエミーリア様に、次のダンスの申し込みが無いなんて不思議です」



 エミーリア様は踊らずにいるのに、どの令息もダンスに誘わず、どの令嬢もドレスが気になるのに話しかけてくることなく、視線だけ寄越している。出方を観察されているようだ。



 それより「可愛い顔が魔女のように歪んでますよ、クレア様」と言いたい。高位貴族の麗しい令息に囲まれ注目の視線を集めたい彼女のプライドが、この状況を許せないのだろう。クレア様の眉間には皺が寄り、目はつり上がり、血が滲みそうなほど唇を噛んでこちらを睨み付けている。ダンスをしながら器用なものだと感心しつつ、なぜ取り巻きはその顔に気付かないのか不思議で堪らない。



「次の曲で俺と踊っていただけませんか?ダーミッシュ家令嬢エミーリア様」


 エミーリア様と二人でダンスの輪を眺めていると、ダンスを申し込む青年が現れる。彼の顔は未だに無表情だが、あの寄せ付けない冷たい雰囲気はなくなり柔らかい。


「グレーザー様」

「俺をご存じでしたか。エルンストと呼んでください」

「嬉しいですわエルンスト様。でもなぜ私に?」


 エルンスト様のまわりがざわつく。「従姉妹のアンネッタ様としか踊らないと聞いていたのに」「なんで彼女が?確かにお綺麗だけれど」彼のファンの小さな悲鳴が聞こえ、エルンスト様の答えに令嬢は聞き耳を立てる。



「約6年前の誘拐事件の同じ被害者として、以前よりお話したかったからです。ある人物を探しておりまして」

「黒猫ですわね。分かりましたわ。覚えている範囲でお話ししましょう」


 そう言って、二人は3曲目が始まるタイミングで、ダンスの輪に向かっていった。全く恋愛感のない内容に、令嬢一同は安堵する。


 逆に私は黒猫の事を聞かれるのが分かり、心臓の音が激しく鳴る。でも楽しそうに話しながら踊るエミーリア様を見て癒され、怯えを忘れた。



 エルンスト様とのダンスが終わったあとは、途切れなく他の令息からのお誘いがありエミーリア様は踊り続けていた。疲れは見えるものの、楽しそうだ。

 クレア様の取り巻きだったはずの令息も申し込んでおり、クレア様の顔はますます歪んでいく。



 私は知らぬ貴族数名に囲まれて、エミーリア様のドレスや髪型について聞かれたが「ドレスは男爵夫人のおさがりのアレンジと聞いていますが、それ以上は分かりません」「ヘアアレンジは趣味でして、同室のリリスさんにしたことのある髪型なんです」と答えるにとどめた。



 貴族に囲まれて、会場内の人間観察ができずに困っている私を見ながら、ルイス様とリリスは楽しそうに話をしていた。事情を知っている二人なら助けてくれると信じていたのに……無念である。ダンスの休憩でエミーリア様が戻ってくるまで続いた。


 遂にラストダンスの時間が来た。すると、まさかのルイス様が私にダンスを申し込んできた。もちろんダーミッシュ家の侍女とはバレないように、よそ行きの微笑みだ。



「あなたも妹を助けてくださり、ありがとう。最後に踊りませんか?」



 ルイス様は三つ編み制服姿の私になんというむちゃなお誘いをするのか。私はパーティー開始前の不躾な視線を思い出し、断る方法を探した。

 しかし貴族の申し出を平民が断れる理由はただひとつ、『不可能=踊れない』という事だけ。周りの人も私のような平民は踊れないと思っているはずで、それを言い訳に使おうとしたが――――


「まぁ、素敵ねお義兄様!セリアさん、下手でも構わないわ。ぜひお義兄様と踊ってあげて」

「セリアさん、エミーリア様の仰有るとおりです。たとえ踊れなくても、ルイス様がリードしてくださいますよ」


 と期待の眼差しのエミーリア様とリリスに逃げ道を塞がれた上に、『僕はこんなにもセリアと踊りたいのに』という念が込められたルイス様の上目使いは反則だ。尊すぎる。他の不躾な目線など知るか!と腹を括った。



「コウエイニゴザイマス」

「嬉しいな、さぁ行こう」



 そうしてルイス様の足を踏まない事だけに集中したダンスを終えて、私は燃え尽きた。

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