29 学園の夜会
「私にお任せください」
「あら、追いかけちゃうの?もう参加できないのに……ふふふ、頑張ってね~」
私はルイス様にフォローの声をかけ、クレア様の言葉を無視してすぐにエミーリア様を追いかけた。
エミーリア様が近づいてるのを知っていて、クレア様は故意に足をかけていたのは間違いない。ドレスで隠れた足元での事で、私以外に気がついた人はいないかも知れない。クレア様を責める証拠がない。
あのわざとらしい大きな声での発言も酷い。エミーリア様の声は震えて小さく、クレア様の発言しか聞こえなかった者たちは『男爵令嬢が子爵家にお怒りだ』と変な誤解を与えかねない。
彼女は明らかにエミーリア様を悪役に仕立てようとしていた。
あのG3ことゲイルもギュンターもグレンも顔面が良くても頭が腐っている。あんな奴等に敬意を示す様など付けなくて良いだろう。あの優しいアランフォード殿下の側近候補という自覚もない阿呆どもめ。
あの場でのあからさまなクレア贔屓は、彼女の行動を更に助長させ学園内の風紀を乱す。何より、自分達の権威をちらつかせ、事故とはいえ本来守るべき被害者のエミーリア様の立場を揺るがそうとした。
あぁっ!腹が立つ!
クレアの先ほどの怯えは演技だったのか、最後は勝ち誇った顔をして……エミーリア様が何をしたというのか。あの小娘、許すまじ……!
私の頭は煮えたぎるように沸騰しているが、『今は私の怒りよりエミーリア様の事だ』と言い聞かせて冷静を装う。エミーリア様は重いドレスと高いヒールのせいか走っても遅く、すぐに追い付いた。
「エミーリア様!まずは控え室で落ち着きましょう」
「セリア……」
私はエミーリア様を支えながら、控え室のソファに座らせる。パーティー中の化粧直しなどに使う部屋には私達しかいない。エミーリア様は今にも泣きそうな顔だが、涙を我慢しているようだ。
「私は一人で部屋に帰れるわ。セリアは会場に戻ってちょうだい。料理も食べ足りてないでしょう?それに、お義兄様とダンスを見せてあげれなくてごめんね」
パーティー前にあんなにダンスを楽しみにしていたエミーリア様。酷い仕打ちを受けたのに、自分よりも侍女の私を思いやるエミーリア様。
あぁ……なぜこんなにも優しい主が悲しい思いをしなければならないのだ。私はそっとエミーリア様の手を握り、意志を確認するように見つめた。
「リア様……ルイス様と踊りたいですか」
「もちろんよ!」
「あの方たちがいてもですか?」
「関係ないわ。私は悪いことはしていないし、本当は今すぐにでも戻りたいわ。……でもドレスが」
学園内は広く、遠い寮部屋に予備のドレスに着替えに帰っていては短いダンスタイム中に戻って来れない。本来であれば……でも運は私に味方した。
「リア様はドレスがあれば戻るということですね。用意しております」
「え?どういうこと?」
「実はクロークに預けてあるんです。私が縫ったもので良ければですが」
「着替えるわ!すぐに持ってきて!」
どんなドレスかも聞かずに、エミーリア様に迷いはなく言い切った。気弱になっていたが、本来の自信に満ちた主に復活し、私は嬉しくなる。急いでドレスを取りに戻ろうとすると、大袋を持ったリリスが休憩室に現れた。
「セリちゃん、使うんでしょ?ドレス姿の貴方を見れないのは残念だけど」
「相変わらずナイスタイミングだね!元々エミーリア様に着てもらうために作ってたのよ」
「あら、そうなの?とにかく、貴女の大切な主がピンチなんだもの。次は私が助ける番よ」
リリスは胸を張り、お茶目にウィンクしてくる。そしてエミーリア様に向き直り、淑女の礼をする。
「セリアさんを通じてご存じかと思いますが、改めまして……私はアンカー商会の娘リリスでございます」
「ダーミッシュ男爵家の娘エミーリアよ。いつも貴女の楽しい話を聞いているわ。ご挨拶できて良かったわ」
和やかに挨拶をするが今は時間が惜しい。
「お二人とも、話は後です。エミーリア様はドレスを脱いでください。リリちゃんはそれを手伝ってあげて」
「了解よ!」
そう指示して私は大袋からドレスを取り出して、形を整える。これはシーラ様から譲ってもらったドレスをアレンジしたものだ。
最初はただの裁縫の練習のつもりだったが、思い浮かぶのはエミーリア様のドレス姿で……このドレスに出番が来るとは、本気だして良かった。アレンジの相談に乗ってくれたニーナさんにも見せたい自信作。
「不思議な色ね。とても綺麗だわ。全部これをセリアが?」
「ずーっとセリちゃんは夜な夜な縫っていたんです。すごい完成度ですよね」
「さてリア様、変身のお時間ですよ!」
リリスに手伝ってもらいドレスを着させるが、サイズもピッタリで良かった。ドレスを変えたため髪型と相性が変わってしまったので、次にヘアセットの手直しに取りかかる。リリスはどこから出したのか謎だが、ドレスに合う新しい髪飾りを提供してくれる。
スピードと完成度を求めるこの感じ、結婚式のお色直しもこんな感じなのだろうか。最後にロンググローブに腕を通してもらい、完成だ。
「リア様、このドレスは昔、旦那様が奥様に贈られたものだそうです。それをニーナさんと相談して、私が縫い直しました」
「そうなの」
「このドレスには関わった皆の想いが込められ、あなた様をお守りするでしょう。そして、この髪飾りにはリリスさんの優しさが……自信をお持ちください。お綺麗です、リア様」
「セリア、リリスさんもありがとう」
「エミーリア様、セリちゃん急ぎましょう!一曲目が始まってるわ」
背筋を伸ばしたエミーリア様を先頭に、リリスと私はすぐ後ろに付いて廊下を進む。廊下にはダンスに参加していない生徒たちの視線がこちらに集まる。
「ふふ、こんなに注目されて、なんだか私まで貴族になった気分だわ」
「何をおっしゃるのですリリスさん。アンカー商会は国内屈指の豪商……一部の貴族よりも格上ではありませんか」
「エミーリア様、それは父だけですよ。私はまだまだですわ」
「まぁ、そういうことにしておきますわ」
たったひと時ですっかり二人は打ち解けたようで、話が弾んでいる。おかげでエミーリア様はリラックスし、歩みに優雅さが戻っていく。もう彼女は大丈夫だろう。
「さぁエミーリア様、ルイス様がお待ちです」
私とリリスは入口で立ち止まり、会場に入るエミーリア様の背中を見送った。




