27 学園の夜会
蜂蜜色の髪を掬いカーラーで巻き、一部をレースリボンを巻き込みながら結って、ハーフアップにまとめる。
派手になりすぎないように、でも華やかに可愛らしくを心がけ、最後にアイスグリーンのドレスと全体の雰囲気に合わせたチークを頬に乗せ完成だ。
「リア様、如何でしょうか?」
「打合せ通りだわ!また腕をあげたわねセリア。しかも移動も少なくて楽って最高ね」
「それは良かったです」
「私は贅沢だわ。上位のお姉様方になんだか申し訳ないくらいよ。皆様は大丈夫かしら?」
私はエミーリア様の寮部屋でパーティーの支度を整えている。パーティーの時でも生徒は使用人を呼び寄せることはできず、他家の者は屋敷に帰るか、近くのホテルで部屋を取り侍女を呼び寄せて支度しなければならない。
例年であれば高学年あるいは高位の令嬢は、王宮や上位貴族の侍女や女官を目指す後輩・下位貴族の令嬢を指名して支度を整える。
そのあと下位の令嬢は仲間たちで交代をしながら支度をするのだが、今年はその関係が築けておらず、学園の外にまで出掛けなければならない。残念なことに午前に短縮とはいえ授業があるため、外出組は夜のパーティーまであまり時間に余裕がない。
「皆様、お時間に間に合うと宜しいですね。それよりも!パーティーには強引な男性もいると聞きます。表だってリア様をお守りできないので気を付けてくださいね」
「そうね。できるだけルイスお義兄様といるようにするわ。それに、久しぶりのダンスがとても楽しみ!頑張って踊るから見ててねセリア」
「はい!私も楽しみにしております!今、お茶を淹れますね。ルイス様が迎えに来るお時間までゆっくりお待ち下さい」
「ありがとう」
予め時間に余裕は見ていたが、思ったよりも早く終わってしまった。同室のリリスのヘアメイクも頼まれているため、エミーリア様にお茶を淹れて退出し、私は部屋へと戻った。
「リリちゃんお待たせ!頑張って可愛くするよー!」
「セリちゃん!良かった!お願いがあるの」
「お願い?」
入り口で待ち構えていたリリスに急かされて部屋の中へいくと見知らぬ3名の令嬢が待っていた。
みな気品に溢れ身分が高いことがうかがい知れる。ただごとではなさそうで、3名のうちゴージャス美人が代表して平民の私を相手に淑女の礼をした。
「待っていましたわ。貴女がセリアさんですわね。無理を承知でお願いがございますの」
「……はい」
「今からパーティーに間に合うように私達の身なりの手直しをして欲しいの」
部屋にいたのは侯爵令嬢2名、伯爵令嬢1名。リリスの補足によると下位令嬢の方から急に侍女候補として名乗りでたため、それを許し支度を手伝ってもらった。
しかし出来が甘く手直しをお願いしたものの逃げられて、困っていたらしい。そこで贔屓にしているアンカー商会の娘であるリリスの話を頼って部屋に来たそうだ。
「リリスさんから寮のパートナーにメイクもヘアセットも依頼していると聞いておりましたわ。豪商のリリスさんが信頼する貴女になら助けてもらえると……勝手で申し訳ないのだけれど、お願いできないかしら」
「セリちゃん、私は遅れても構わないから皆様をお願いできない?」
ゴージャス美人は身分を傘にせず、切な気に平民の私に頭をまた下げた。後ろにいる二人の令嬢も同じく腰を折った。こんなに素晴らしい令嬢をほったらかしにするなんて信じられない。
「お聞きしても宜しいでしょうか?侍女候補の皆様はどうしてお逃げに?」
「自分の支度をするからと……私の侍女候補は子爵家の者で、格上の伯爵家の殿方との約束があるから間に合わせないと、と慌てて帰っていったわ」
なんと無責任な。
貴族の令嬢でも跡継ぎに関係がない場合、学園卒業後は花嫁修行として王宮か貴族の侍女を目指す者が多い。学生時代のパーティーでの指名はいわば実力のお試しで、認められれば上位貴族の屋敷で働くことができ、お家の繋がりが作れる。
今回の下位令嬢はその事に気付き申し出たものの、男性との事も捨てきれず、最後は男性を選んだのだろう。それが3名もいたとは残念すぎる。
しかも私を頼ってきた令嬢は侯爵家のお方であり、男性の爵位よりも格上だ。子爵令嬢は阿呆なんだろうか。男性がまともであれば、更に格上の侯爵家を蔑ろにした子爵令嬢を切り捨てるはずだ。
「左様でしたか。私で宜しければ助力致します」
「助かるわ。お願いするわ」
「本当にありがとう」
「これでパーティーに出れるわ」
令嬢の化粧と髪型を簡単に確認するが、化粧は悪くない。問題は髪型で、一見きれいに仕上がっていて通常のパーティーでは問題はない。しかし今回のパーティーではダンスタイムが設けられている。これではターンを数回するだけで簡単に崩れてしまう。令嬢もその事に気が付いており、私の元に来たのだろう。
「皆様を間に合わすには、最初からヘアセットをしていると間に合いません。今の髪をベースに、全て私にお任せいただけませんか?必ず、今よりは良いものに致します」
「もちろんよ!」
こんな美人で素敵な令嬢たちに恥をかかせてはならない。エミーリア様の時とは違い、高位の方たちなので、より華やかに目立つように意識する。他の令嬢と髪型が被ってもいけないので、前世の記憶のデザインを少し混ぜるが、髪飾りが悪くないが最良ではなくなってしまった。
「セリちゃん、この髪飾り使って!うちの商品なの、特別に貸し出すわ」
「ありがとう。お姉様方、素敵に仕上げますね」
タイミングの良さに『リリちゃん最高!』と心の中で踊り叫びながら髪型を仕上げ、最後に落ちかけていたチークとハイライトを入れ完成だ。3名とも時間に間に合わすため急いだが、皆様に好評でホッとした。
令嬢たちを見送り、すぐにリリスの支度に取りかかる。リリスも豪商の娘で、お姉様方の会話を聞く限り下手したら貴族よりも影響力があると知った。リリスにも輝いてもらうため気合いが入る。
「リリちゃん間に合わせるよ!ベースメークは終わってるね?」
「任せるわセリちゃん!ヘアセットと、化粧の仕上げだけ頼むわね」
そうしてリリスの支度も一気に仕上げて完成させる。ウェルカムドリンクには間に合わないが、開会宣言までには間に合いそうだ。
「セリちゃん大活躍ね!」
「リリちゃんに日頃の恩返しができて良かったよ」
「ねぇ、セリちゃんはドレス着ないの?夜な夜なドレス縫ってたじゃない」
「うーん。縫ってみたけど、あのドレスは私向けじゃないから、制服で行くよ」
「もったいなーい。持っていくだけ持っていって、会場の控え室に預けておこうよ。気が向いたらいつでも着れるように!ね!」
「う、うん……」
私はリリスの押しに負けて、ドレスを大袋に入れて一緒に会場へと急ぎ向かった。




