26 学園(夏)
私は今日も植物園でランチを食べながら人間観察だ。少し前から学園には雨が降らないので、どうしてか気になっていたが魔石結界が張ってあるらしい。魔法学の授業で先日知り、異世界ファンタジーらしくて感動した。
さて、下位貴族でも良識のある令嬢たちは上位貴族の注意できちんと夢から覚めたようだ。
しかし平民出身の令嬢や一部の下位貴族の令嬢たちは何が悪いかイマイチわかってないのが今の状況だ。『好きになるのに身分は関係ないでしょ』ってどこ吹く風だ。
確かに関係ないけど、略奪はいただけない。盗難と同じだ。いや略奪したその先を考えて欲しい。婚約者の令嬢の家が格上だったら潰される可能性もあるのに、その覚悟まであるとは思えない。
「まぁ私はエミーリア様とルイス様に害がでなければ、ぶっちゃけ他家の恋愛事情はどうでも良いんだけどね~噛みつき薔薇様もそうでしょ?」
盛大な独り言を魔界植物にぶつけて、もやもやを解消するのがマイブーム。植物も風に揺れて、頷いてくれるように見えてくる。
「恋愛ばかりでなくて高い学費払ってるなら、もっと勉強すれば良いのにって思うんだ~ねぇ虫食いサボテンちゃん」
「……」
「分かってくれるかい?今夜の寮ご飯は何かなぁ~そろそろお魚が良いよなぁ?ミスター・ネズミ殺し草」
「くくくっ」
急に声が聞こえて、そちらを向くとエルンスト様が口を押さえて笑いに耐えていた。気配を消さないで欲しい。見られていたことが恥ずかしくて顔が沸騰するように熱くなる。
「エルンスト様!い、いつからそこに!?今のは見なかったことに!」
「おい、すぐに土下座しようとするな!勝手に聞いて悪かった」
「は、はい」
エルンスト様は笑顔で制止しながら同じシートに座り、手慣れたようにランチボックスからお菓子を取り食べ始める。最近の彼は気配を消しながら近づくから、なかなか気付けない。黒猫に関する独り言は厳禁だ。
「セリアの普段はあんな感じなんだな」
「お恥ずかしいところをお見せ致しました」
「いや。殿下も言っていたが、セリアも先ほどのように気を抜いてかまわないと思うぞ」
「努力します」
アランフォード殿下もエルンスト様もお優しい人なのはこの数ヵ月でよく知っている。しかし、彼らは格上の貴族様であって平民の立場の私にはどこかハードルが高く感じるのだ。王子と伯爵令息なんて、スラム出身者からみたら雲の上の人だ。
そんな雲の上のエルンスト様は隣で、クッキーを摘まんでいる。
「やはり固いな」
「クッキー焦げてましたか?」
「菓子のことじゃない。うーん。ここは平等を謳う学園だ。その生徒が同じシートに座り、同じ景色を眺め、同じお菓子を分け合う。そして楽しい話でもしてれば、貴族も平民も関係なくここでは友達だろう?」
「――――!」
「だから、もっと気楽に……顔赤いぞ」
「はい……その……なんと言いますか」
こんなにも若者らしい、真っ直ぐな言葉を向けられたことがない私は恥ずかしくなり、隠しきれなかった。冷めたはずの顔はますます熱くなり、真っ赤になっている自覚がある。エルンスト様は私の顔を見て自分の言った内容に気付き、彼の顔も真っ赤になってしまった。
しまった!純粋な彼は真面目に言ってくれていたのに、きちんと応えなければ。
「エルンスト様、私は学園で友達と呼べる人は相部屋のリリスしかおりません。とても嬉しいです」
「そうか、では俺たちは友達だな」
「はい!ありがとうございます!」
「ああ、良かった」
エルンスト様は出会ったときと変わらぬ、眩しい笑顔を返してくれた。本当に救ってよかったと思える、私の心を温める特別な笑顔だ。雲の上の人だとか何だとか思っていたが、彼が望むなら私も友達になりたい。
「では友達らしく楽しい話でもしますか。へへへ」
「その言葉を拾い直すな。恥ずかしいな。セリアだって魔界植物と会話してただろ」
「それは見なかったことにしてと……!」
「思い出しても、あれは面白かった!くっ……はははは」
「もう!エルンスト様ったら!笑いすぎですって……あははは」
エルンスト様があまりにも笑うから、私にも笑いがうつって止まらなくなってしまった。
すると、エルンスト様の笑いは止まり、以前のようにポカーンと私を見つめてる。笑いすぎて引かれてしまっただろうか。
「エルンスト様?」
「セリア、君は……」
「おまえたち入り口まで聞こえてるぞ!せっかくのオアシスが他者にバレたらどうするんだ」
エルンスト様が何か言いかけていたが、アランフォード殿下の登場で遮られてしまった。後ろにはルイス様もいて、イケメン勢揃いである。
この世にスマホがあれば、面食い同盟のエミーリア様に撮って送れたら喜んでくれただろう。実に惜しい!
「ルイス様もいらしたのですね。今日はルイス様の好きなチョコチップ入りのクッキーなんです」
「本当?嬉しいな」
「相変わらず、セリアはダーミッシュ家に忠実だな。なぁエル?」
「……そうだな」
私はせっせとクッキーとお茶を分ける。水筒も大きくなって、重さが筋トレにちょうど良い。アンカー商会提供の最新の保温機能付きで、温かいお茶を渡せる。リリス様々である。
「皆様が揃うのは珍しいですね。何がございましたか?」
「あぁ、学園主催のパーティーが来週に行われるのは知っているな?」
「はい、殿下。私も制服ではありますが参加いたします」
「なら良かった。最近の動向を考えると、生徒同士の喧嘩や修羅場が予想される。可能であれば目撃した事実を報告してほしい。エルもルイスも頼む」
「かしこまりました」
「承知した。アラン、例の三人にも頼んだのか?」
「……あいつらは今回は外す」
殿下の歯切れが悪い。他にも仲間がいたらしいが、何かトラブルでもあったのだろうか。
「殿下、セリアにお話ししても?」
「かまわない」
「セリア、実は殿下の側近候補がとある令嬢に熱中していてね、協力が難しいんだ」
殿下の代わりにルイス様が教えてくれる。説明によると将来側近になるべく、殿下に合わせて数名の高位貴族が入学を果たしたそうだ。入学1年目は成績上位を収め、順調だったが今年の春から変わってしまった。
その筆頭が宰相(侯爵家)の次男ゲイル様、騎士団(伯爵家)の副団長の長男ギュンター様、魔法研究所所長(侯爵家)の三男グレン様の3名である。
頭文字からまとめてG3(ジースリー※じーさんではない)と呼ぶことにしたが、彼らはある令嬢の気を引くことばかり考えるようになってしまったらしい。
学園内の風紀を正す立場の人間が乱しまくっていて、殿下が注意しても「クレアは特別なんだ」と言って聞かないそうだ。恋は盲目というが、アランフォード殿下の信頼を裏切り将来を捨てるほどなのか……
今はルイス様が殿下のフォローを少し手伝っているらしい。
そして彼らが夢中の令嬢は、話題のクレア様だった。先日、エミーリア様が言っていた夢見るヒロイン。
「私の人望よりも令嬢の魅力が上だったのか、それとも裏があるのか……それを知りたい」
いつも爽やかで余裕のあるアランフォード殿下に元気がない。こうして私たちは不安を抱えたまま、学園主催のパーティーを迎えるのであった。




