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25 学園(夏)

 今回の休日はエミーリア様の新しいドレスの補正で始まり終わってしまった。まもなく学園主催のパーティーが行われるため、その最終準備をしていたのだ。



 貴族の紳士淑女は15歳になると秋の社交界からデビューする者が多い。

 学園のパーティーは夏に行われ、社交界の予行練習の意味合いが強く、参加自由だが貴族たちには気合いが入っている。社交界と違うのは貴族の他に、ドレスコードに制服も含まれており平民でも参加が可能ということだ。



 可能とされながら、ドレスを用意できる大商会の子供でない限り平民の参加は皆無だ。貴族の見栄の見せ合いの場に、仲間も無しに制服で参加する勇気はないらしい。



 しかし私は単独で制服参加してみせる!

 エミーリア様とルイス様の夜会の美しいお姿をゆっくり見れる機会は、学園のパーティー以外ないのだ。通常の社交界は急用や呼び出しがない限り、侍女は控え室で待つしかない。私はお二人のダンスを見たくて仕方がなかったので、周りの視線などどうでもいい。




 以前シーラ様からドレスのおさがりをどうかと打診されたが、制服参加の勇気は出ても高価なものを着る勇気の方が出ずに辞退した。でもシーラ様は「もうデザインも古くて捨てるだけだから、裁縫の練習に使って」と数着もらい、ニーナさんと分けた。




 夕方にはダーミッシュ家から寮に帰ってきており、私は平民向けの厨房でお菓子を作っていた。部屋に戻るとリリスがお菓子の香りに反応する。



「セリちゃん、相変わらず良い香りね。今回は何作ったの?」

「はい!リリちゃんにもあげるね。今回はビターなチョコマドレーヌだよ。きっと明日も誰か来そうだから、いっぱい作ったんだ」


「相変わらず、殿下とルイス様が来てるの?今はエルンスト様もだっけ?まだ黒猫だってバレてないんだね」

「もちろんだよ!バレたらここには居ないよ」



 あれからエルンスト様も殿下に負けないペースで来る。エルンスト様は真面目なお方で、最近の生徒の動向の報告書を受取に来たり、自ら人間観察を始めたようだ。

 そして彼もちゃっかりお菓子を食べていく。リリスにアドバイスを貰ってはいるが、いつ黒猫とバレないか冷や冷やしている。



 念のため、エミーリア様とルイス様にもこの事を伝えて、改めて私の素性を話さないようにお願いした。「私からセリアは奪わせないわ!ね?お義兄様」「もちろん、セリアは守るよ」と言っていただき、二人の成長に感動して私は泣いた。最近涙腺が緩い。



「そうそう、セリちゃんも花畑令嬢のことは気をつけて見ていた方が良いわ。遂に上位貴族の令嬢たちが警告に動き出したの。これ私のメモ、殿下やエルンスト様への報告に役立てて」

「ありがとうリリちゃん。そう……これで下級貴族の令嬢たちも落ち着けば良いけど」



 学園パーティーが近づくにつれて、誰がエスコートするかされるかで、学生たちの恋愛活動はますます熱が入っている。女子生徒はより身分が高い令息を狙い、男子生徒はより美しい女子生徒を狙って争奪戦が始まっている。



 その中でも問題視されているのは上位貴族の令息と、下級貴族の令嬢との恋愛だ。身分差があっても恋愛自体に問題はない。

 問題なのは上位貴族の令息には既に婚約者がいるのにも関わらず、令嬢たちは積極的にアプローチし、令息も満更でもない者がいるということだ。今まで婚約者や婚約者候補の令嬢が黙っていた方がおかしかったくらいだ。



「でもみんな乙女小説のヒロインの気分よ。むしろ『これを乗り越えてこそ愛よ』ってお花畑の令嬢は思ってて、まわりは影響を受けちゃっているわ。忠告することで更に燃え上がるのを分かってて、今まで上位のお姉様たちは黙ってたらしいけれど……」

「それが逆に恋愛活動を助長させてしまったわけかぁ。夢と現実の区別がつかないのかな?」


「平民上がりの令嬢は駄目ね。急に貴族の生活になって、上位貴族と同じ学園に入り、本物のカッコいい王子様もいる。もう、ずーっと夢の中の気分なのよ」

「うわぁ……」

「せめて婚約者のいない令息にすればいいものを」



 リリスは商会売り込みで関わった令嬢たちから、嫌というほど直接その気分を聞かされたのだろう。「胸焼けよ」とうんざりした顔で教えてくれる。そして話題は今一番の上位キラーの令嬢の事に。



「セリちゃん、クレア様がまた1人攻略したみたいよ。本当にすごいわよね」

「またクレア様かぁ、来るもの拒まずって感じなの?」

「あれは違うわね。狙ってやってるわ」

「もう、才能だね」



 その中でもマンハイム子爵家の当主と愛人の間に生まれた、庶子クレア様は注目の的だ。

 イチゴミルクのような淡い桃色の髪に、深い青い瞳、絶世の美女ではないが守りたくなるような可愛らしい少女。天真爛漫な性格で明るく、平民の恋愛のように多いスキンシップが令息たちにはウケているようだ。



 まるで逆ハーヒロイン……まさかね。



「というよりセリちゃんも殿下たちとの現場を見られないように更に気をつけてね!」

「分かってる!ビジネスライクな関係でも、無駄な嫉妬は買いたくないからね……あ、そろそろ寮の食堂が開くね。食べに行こう」

「あら、そうね。今日のメニューは何かしら」

「楽しみだね~じゅるり」



 話を切り上げて二人で寮の食堂に向かう。入寮者には日替わり定食に限り無料なのだが、貴族向けの料理も作るシェフのお手製なので絶品なのだ。

 今日はチキンソテーセットで、皮がパリパリで美味しい。マナーが気になる人は自分で運べば部屋でも食べれるが、人間観察のために私も今は食堂で食べている。



 リリスは情報収集の協力もしてくれて、食堂にも付き合ってくれて心遣いが嬉しい。モニター商品の提供で、日々の生活をとっても楽におくることもできている。リリスは私の大切な友達だ。

 テーブルの正面に座る彼女に、改めてこの気持ちを言葉にした。 


「リリちゃん、いつもありがとう!大好き」

「急に何言ってるのよ、友達じゃない!なんだか恥ずかしいわね」

「ちゃんと伝えれる時に伝えたくて」



 少しは感謝の気持ちは伝わっただろうか。前世では恥ずかしくて、大切な人たちに言えずに死んでしまったから……。今世では伝えようと決めたのだ。


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