23 学園(夏)
入学式から3ヶ月半。あれからアランフォード殿下の存在には随分と慣れた。ルイス様もたまにランチに参加するようになり、彼も殿下との距離を縮めたように感じる。
こうしてお昼の時間も落ち着く時間となってきたと思った矢先、別件で私は落ち着かなくなってきた。
生徒同士の探り合いが終わったようで、新入生たちの恋愛活動が活発になってきたのだ。いよいよエミーリア様にアプローチする令息も現れ、変なことをされないか常に目を光らせている。
私のヒロインは守り抜く!と気合いは入れたものの、エミーリア様は男性のアピールに本気にならず、母親のシーラ様直伝の言葉で上手に避けまくっていた。
ひとつ問題点をあげるとすればエミーリア様は鈍いお方のようで、本気の男性のアピールも社交辞令と思っているようだ。可哀想に。
しかし油断はできない。婚約者がいるのにも関わらず、近づく輩は要注意だ。そういう輩に限って友達目的ではなく、下心満載の垂れ流しのチャラ男さんで女の敵にしか見えない。
放置すればエミーリア様に非がないのに、男性の婚約者から不興を買う恐れがある。
という事で命令通りアドロフ様に害虫のご報告すると、数日後にはエミーリア様への態度も交友の常識範囲になり、ちょっかいが激減しているのだ。
アドロフ様、裏で何をしているのか……恐るべし。
とにかくエミーリア様の周囲以外でも色々と勃発しており、私は学園内の恋愛活動の盛んさに驚きを隠せない。下では上手く隠れていても、植物園の上からは丸見えで、イチャイチャを繰り広げるカップルにオバサンは恥ずかしくてたまらない。
「お、いるな!セリアは今日もよく見てるな」
「ごきげんよう殿下。近頃この学園は学舎ではなく、集団お見合い会場にしか見えません」
「セリアにもそう見えるか…」
「はい、それに紳士淑女らしからぬ態度も目立ちます……例年とは違うとルイス様から聞いておりますが、そうなんですか?」
「あぁ。昨年は少し気になった程度だが、今年は異常だ」
アランフォード殿下は眉間に皺を寄せ、珍しく深い溜め息をついた。すかさず今日のお菓子とお茶を渡して、少しでもリラックスしてもらう。
「セリア、今後も人間観察で気になることがあれば教えてくれ。エミーリア嬢の周囲の事でも良い。頼めるか?」
「かしこまりました。この時間に簡単に報告書として書くので、後でお読みください。お疲れのようですので、今はお休みになられた方が良いかと」
「あぁ、少し横になる」
「おやすみなさいませ」
そう言って報告書を書き始める私の隣で殿下は寝転がるが、考え事をしているようで目は閉じていても寝ていないようだ。
少しすると植物園にひとつの気配を感じた。
しかも真っ直ぐにこちらに向かってくる。はじめは「ルイス様かな?」と思ったが、植物の壁を挟むところまで近づいたところで、気配にかなりの怒気が混ざっていることに気づく。
しかもそれはアランフォード殿下に向けられている。その者は既に植物の壁から姿を表そうとしており、声をかけ逃げる余裕はないが、殿下に傷が付くようなこともあってはならない。
「見つけたぞ!」
相手の声が聞こえたと同時に私はすぐにスカートの裾を掴み、足を振り上げてそのまま相手の顎を目掛けて蹴りの動きに入る。
「っ!貴様!」
「──っ!」
相手が制服だったため関係者と察し寸止めにしようとしたが、その前に足首を掴まれてしまった。
不意打ちに対応できる反射神経、足をつかむ握力、相手は只者ではない。すぐにもう片方の足で地面を蹴って体を捻り、相手の手から逃れ殿下を背に庇いながら威圧した。
「何者です。殿下を傷つけるものは許しません」
相手から怒気がすっかり消えてしまい、ポカーンと私を見つめている。私も相手から目線を離さず、出方を窺っていると殿下が突然相手を指差して笑い始める。
「あはははは!久々にエルの間抜けな顔が見れるとはな!くくくっ……面白い」
「ア、アラン!彼女のことは聞いていたが、戦えるとは知らないぞ」
「あぁ!私も今初めて知ったからな。見事な蹴りだったセリア!誉めてつかわす!」
次は私がポカーンと立ち尽くす番だった。アランフォード殿下とエルと呼ばれる彼とのやり取りは、親しい間柄を感じさせる。もしや、私は殿下の側近を攻撃したことに……!
私の体は反射的に動いた。
「セリア!私は誉めたんだぞ?何故土下座する?」
「牽制とはいえ殿下のご学友に蹴りを出してしまい申し訳ございません」
エルと呼ばれる彼に対して、一瞬にして全力の土下座を披露する。膝と手を揃え、額は芝生につけた。
「エル!おまえの殺気のせいだぞ」
「そ、そうですね。あなたの行動は殿下を守ろうとした故の行動だろう?気にしないでくれ。それより強く掴んでしまった……足首は平気か?それに……その……」
「はい、痛みはありません」
そう言って、私を起こし心配までしてくれるエルという男子は紳士だ。改めて彼を見ると藍色の短髪にオレンジの瞳、そのコントラストは瞳が夕焼けのように神秘的で見とれそうになる。
身長はテオよりも高いかもしれない。どこかで見かけたことのあるような、体育会系イケメン様だ。
「セリア、エルの馬鹿力がすまない。彼はグレーザー伯爵家の次男エルンストだ。私の幼馴染みで、学外では護衛もしてくれる騎士なんだ。彼にはセリアがダーミッシュ男爵家の侍女ということは伝えてあるよ」
「エルンストだ。いつも殿下が世話になっている」
「セリアにございます。宜しくお願い致します」
アランフォード殿下に紹介され、礼ではなく自然とお互いに握手を交わすが、少し長い。手を離してくれたと思ったら、次にエルンスト様は自分の手を確認し始めた。
そんなに強く握った覚えはないけど、痛かったのかしら?心配が顔に出ていたのだろう、エルンスト様が笑顔で否定してくれる。どこか彼の笑顔は私には印象的で……
「どうかなさいましたか?」
「少し昔を思い出しただけだ、大丈夫だ」
エルンスト様の瞳が少し寂しげに揺れた。アランフォード殿下は事情を知っているようで、苦笑する。
「エルは黒を見ると時が止まってしまうな。セリアの黒目を見て懐かしくなったか」
「黒、ですか?」
「あぁ。エルは五年前に誘拐事件に巻き込まれた際、黒髪黒目の少年に会ってからずっと探してるらしいんだ」
藍色の髪、夕焼けのような瞳、その笑顔、誘拐事件……。
まさか!まさか!また会えるとは!
昔の記憶が鮮明に頭のなかを駆け巡る。エルンスト様は私が前世を思い出したきっかけで、助け出した子供1号だった。




